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第19話 ロミオとラブコメとサヨナラの告白

 白雪一族――おそらくここ、社畜の国ジャパンで生活している人間ならば1度は聞いたことがある名前だろう。


 モンタギュー家に名をつらねるほどの名家中の名家にして、絶大な権力を握り、日本社会の頂点に君臨する家系、それは白雪一族だ。


『富』『名声』『権力』とまるでどこぞの海賊王の如く全てを手に入れている白雪家。


 そんな日本の心臓と呼ぶべき一族と、顔面以外さしたる長所もない小市民なる俺とでは生きる世界がまるで違うのは言うまでもないことだろう。


 普通に生きていれば一生関わり合うことなどない一族だが、どういうワケは俺、ロミオ・アンドウは現在生活しているこの桜屋敷でそんな白雪家の御令嬢と一緒に生活することになってしまった……。


 すでに女の子となかば同棲のような形で生活しているのに、そこにさらにもう1人女の子が加わるだなんて……これはもはやラブコメの始まりだと言っても過言ではない。


 朝起きたら全裸で添い寝はもちろんのこと、つまづいたら股間へダイブ、最終的には2人の美少女が俺を取り合って可愛く喧嘩をしてしまうのだ。


 そこにいつものクール&タフネスな俺が颯爽と登場して、




『んもぅっ! みんな喧嘩しないで? 順番順番♪』




 とか口ずさみながら、偶然脱げたズボンとパンツをその場に放置し、2人を夜の舞踏会場なるベッドの上へとエスコートしつつ、3人で夜な夜な腰という腰を打ちつけるワルツを……おっとぉ、今、俺の好感度は著しく下がった気がしたぞぉ?


 も、もちろん紳士の俺がそんなことをするワケがないだろう? ハハッ!


 あ、アレ?


 何の話をしてたんだっけ……?


 ……あぁそうだ。俺とジュリエット様の愛の巣にハーレム要員――違う、白雪家の御令嬢がやってくるって話だったわな。


 そんなワケで今日1日、桜屋敷に彼女の私物と思しき荷物が積みこまれていったのだが……もう凄いぞ?


 エメラルドをふんだんに装飾したソファーに、黒曜石で作ったと思われる黒光りした長机、ダイヤが散りばめられた趣味の悪そうな化粧台など、もはや宝石の万国博覧会と言わんばかりの部屋が完成したからね?


 なんだこの妙にキラキラしたお部屋は?


 ここだけで国家予算並みのお金が使われていそうだ。


 なんだよ、あのサファイヤの塊は?


 絶対いらねぇだろ?


 インテリアのつもりか?


 これだから金持ちの考えていることは分かんねぇんだよ……。


 一体明日はどんなケバケバしい女がやってくるんだ?


 と、戦々恐々としている間に今日の業務は終了。


 屋敷を見回り、異常が無いことを確信し終え、自室へと帰還し、お湯で濡らしたタオルで身体を拭いていると、ベッドの上に放り投げていたスマホが鳴った。


 見ると、そこには数日ぶりに生存確認した我が愛しの後輩、七海真白の名前が踊り出ていた。




「やぷぅ♪ 久しぶりましろ~んっ! みんな大好きロミオ先輩だよぉ♪」

『数日ぶりに声を聞くセンパイの声キッツ!? 男の猫撫で声ほど気持ち悪いモノってありませんよね?』

「久しぶりの後輩の罵倒もキッチィなぁ……俺がドMなら今頃お礼の言葉を口にしている所だわ」

『知り合いである事を恥じるレベルで気持ち悪いですねセンパイ?』

「ちょっとぉ? 言葉は選ぼうか? 先輩だよ? ――って、うん?」




 いつも通りの軽口の応酬……のハズが、電話の向こう側に居るましろんの様子がどことなくおかしい。


 なんか……元気がない?




「どうした、ましろん? 今日は元気がねぇな、何かあった?」

『……相変わらず変な所で鋭いですねセンパイ。結構普段どおりに声をかけられたと思ったんですけど?』

「ガッハッハッハッハッ! 可愛い後輩のことなら顔を見なくても声だけで手に取るように分かるわ。なんなら声を聞かなくても分かるレベルだわ!」

『ソレ何が分かるんですか? ……ハァ、本当はもっと軽い感じで言おうと思ってたのに、台無しじゃないですか』




 そう言って小さくため息をこぼす我がプチデビル後輩。


 あっ、コレ結構マジで凹んでいるときの後輩だわ。


 こういう時のましろんは変に同情されると怒るから、あえていつも通りのチャランポランな態度で声をかけるに限る。




「それで? 何か悩みがあるんだろ? かっこいい先輩に言ってみ、言ってみ? もう最高の微笑みを浮かび上がらせながら鮮やかに聞き流してみせるから」

『いや聞き流すかい。……それじゃ、相談というか懺悔を1つ、いや2つだけ』




 ましろんは呼吸を整えるように小さく息を吐くと、覚悟を決めた声音で俺の鼓膜を震わせた。




『その……ゴールデンウィークや夏休みには地元に帰るって言ってたじゃないですか? アレ……無くなりそうです。というか多分、もう2度と地元には帰れそうにないです……』

「はっ? ……えっ!? に、2度と帰れないって、ど、どういうこと!?」




 思いがけない後輩の言葉に、ついらしくもなく取り乱してしまうナイスガイ俺。


 ましろんは「申し訳ない」と言わんばかりに鎮痛ちんつうな声音で話の続きを口にし始めた。




『詳しくは真白も説明できないというか、何と言うか……まぁ家の都合というヤツですよ』

「家の都合って、おまえ……」

『まぁ本題はコレじゃないんですけどね。コレはオマケみたいなモノです』

「こ、これよりもまだパンチの効いた話があるのかよ……」




 聞くのが怖いなぁ……。


 まるで初体験を経験する前のJKのようにビクビクしながら後輩の次の言葉を待つ。




『多分センパイとはもう2度と会えないような気がするので、今の内に後悔しないように自分の気持ちを伝えておこうかと思いまして……』

「ちょっと待って? もしかして俺今、後輩の人生のターニングポイントに立ってる? ――って、ましろんの気持ち?」

『はい。っと言ってもコレは独り言のようなモノなんで、別にセンパイは答えを言わなくていいですよ』

「えっ、なになに? もしかしてコレ、ファイナルジャッジメント的な――」



『――好きですセンパイ』





 コロコロと鈴の音を転がしたような後輩の声音。


 そんな彼女の愛の告白を受けた瞬間、俺の時間は確かに停止した。


 耳が痛いくらいの静寂。


 そんな中、スマホの向こうから彼女のゴクリッと覚悟を飲みこんだ喉の音だけが鼓膜を震わせた。


 1度だけ。


 2度目はなかった。


 数秒遅れて、思い出したかのように俺の心臓が早鐘を打ち始め、全ての音を消し去ったのだ。




「……へっ? あ、あの……ましろん? そ、それはライク――」

『ちなみにLIKEの方じゃないですからねセンパイ? LОVEの方ですからね?』

「な、なんで……?」

『いやぁ優柔不断なセンパイならそう言って逃げ道を作るかなって思って。だから逃げ道を潰してみました、テヘ♪』

「可愛い、でも怖い」




 俺の思考回路を先読みされて、ちょっとだけ恐怖を覚える。


 まるで追い込み漁のごとき鮮やかな1本を前に、生物以前に男として恐怖を覚えたよね。


 このむすめはどんだけ俺のことを熟知しているんだ?


 なんなの?


 安堂ロミオ検定3級なの?


 と、普段の俺ならばそんな軽口を叩いていたであろうが、残念ながら後輩の突然の告白により、らしくもなく慌てふためいてしまいその……チクショウ!


 学生時代からこんな展開を脳内で何度もシミュレートしていたハズなのに、いざその時が来た途端「あばばばばばっ!?」状態になってしまうだなんて、俺はどんだけヘタレなんだクソッたれめ!




『というワケで、真白はセンパイのことが好きです』

「あ、あのましろん……俺は――」

『ふぅぅ~、やっと言えた、やっと言えた! スッキリしたぁ~っ! 今、すっごい清々しい爽やかな気分ですよ!』

「新しいパンツを履いたばかりの正月元旦の朝のように? っじゃなくて!? ましろんっ! ちょっと俺の話を――」




 聞きなさい! と口にしようとする俺の台詞をあえて遮るように、我が愛しの後輩は元気いっぱいに言葉を重ねてきた。




『さてっ! もう時間も時間ですし、そろそろ寝ましょうか! おやすみなさいセンパイっ!』

「ちょっ、待て!? 先輩の話がまだ終わって――切りやがったアイツぅ!?」




 まるで『逃げるが勝ちよ!』と言わんばかりの撤退ぶりに、思わず感心してしまいそうになる。


 あ、アイツ!?


 言いたいことだけさっさと言って速攻で電話を切りやがった!?




「ふざけんな!? 俺の気持ちはどうなる!? こうなれば地獄のリダイヤル作戦で……チクショウ、アイツ俺のことをブロックしやがった!?」




 すぐさまライン電話をかけようとするが、素早くブロックされてかけられない。


 ならば普通にスマホに電話を……チクショウッ!? あのあま、俺のことを着拒ちゃっきょしやがった!




「そこまでやるか普通……? あぁ~、もうコンチクショウめ!」




 ことごとく連絡手段を断たれ、為す術なくベッドへとダイブする俺。


 こうして七海真白は俺の前から姿を消した。































 ……ハズだった。


 そう、このときの俺たちは知らなかったのだ。


 神様が3度の飯よりラブコメが大好きな小粋なストーリーテラーであることを。

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