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第12話 ロミオと泣き虫なジュリエット

「――ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!?!?」

「ッ!?」




 静寂を切り裂くような謎の奇声が桜屋敷に木霊した瞬間、俺は反射的に「ハイっ!」と体操選手のような返事を返していた。


 世界に限界などない。そう言わんばかりに、気がつくと俺は人体の限界を超えたスピードで頭に半分まで被っていたパンツを脱衣カゴへシュートしていた。超エキサイティング!




「違うんですお嬢様ッ!? 今のはその……違うんです――って、アレ?」




 分かってくれますよね? と言わんばかりに慌てて脱衣所の扉の方へと振り返るが、そこに我が主の姿はなかった。


 あ、あれ?


 もしかして……幻聴?


 と、俺が色んな意味でホッと胸を撫で下ろした刹那、狙い澄ましたかのように、




「ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッッッ!?!?」

「お嬢様ッ!?」




 再びエロマンガでしか聞いたことがないようなジュリエット様の嬌声きょうせい(?)が桜屋敷へと反響した瞬間、俺の身体は宿主の意志を勝手に無視してジュリエット様の部屋へと駆けだしていた。




「だ、大丈夫ですかお嬢様!?」

「ろ、ろろろ、ロボくん!? ロボくん!?」




 お嬢様の部屋を開けた瞬間、ベッドの隅で小動物のようにうずくまりながらガタガタと震え目尻に涙の粒を結んだジュリエット様が居た。




「ど、どうかしたんですか!? ナニがあったんですか!?」

「あ、アレ! アレアレ! あ、アレを何とかしてぇぇぇ~っ!?!?」

「『アレ』ですか?」




 舌足らずな感じで呂律が回っていないジュリエットお嬢様。


 不覚にも俺の息子がS極に目覚めるかと思った。


 新たなフェティシズムの扉が音を立てて開かれていくのを感じつつ、俺はジュリエットお嬢様が指さした『アレ』へと視線を向けた。


 そこには数十分前にジュリエット様の妹君であるマリア様からいただいたプレゼントの小箱が散乱しており、中から1匹の、いや1体のモフモフした編みぐるみがベッドの上に鎮座していた。




「……ネズミのぬいぐるみ、ですね」

「そ、そんなのは分かってる! 分かっているから! は、はやくアレをどうにかしてぇぇぇぇ~っ!?!?」




 頭から布団をかぶり、胸の前で枕をギュッ! と抱きしめるジュリエット様。


 途端にその小っちゃな身体と不釣り合いな大きなお胸がむにゅん♪ と柔らかそうに潰れて……その、なんだ?


 メチャクチャ興奮した。


 とか言っている場合じゃねぇな。


 どうやらウチのお嬢様は本気であのネズミのぬいぐるみが怖いらしい。




「ちょっと失礼しますね、お嬢様」 




 一応ジュリエット様に断りを入れながら、ベッドの上へと身を乗り出す。


 ……なんかこのベッドすげぇフワフワなんですけど?


 ちょっとしたカルチャーショックを覚えつつ、ベッドの上に鎮座しているネズミのぬいぐるみを素早く回収し、箱の中へと再び戻す。




「もう大丈夫ですよ、お嬢様」

「ほ、ほんとに? もう大丈――ぴぎぃっ!?」




 ジュリエット様のウルウルお目目が俺の姿を捉えた瞬間、屋敷の外で一際大きな轟音が部屋を揺らした。


 どうやら近くに雷が落ちたらしい。


 なんて他人事のような感想を抱いていると、




 ――ドンッ!




 と腹部にちょっとした衝撃が走った。


 視線を下ろすとそこには、生まれたての小鹿よろしく、ガクガクブルブルと身体を小刻みに震えさせながら、必死に俺の股間部分にしがみつくジュリエットお嬢様の姿があった。って、ちょっとぉ!?


 お、お嬢様ッ!?


 い、いけませんよ!?


 あるじと下僕でそんな禁断のチョメチョメだなんて!?


 お、お月様が見てますよ!?


 ……って、あれ?




「……お嬢様?」

「……ふぇ」

「『ふぇ』?」

「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~んッッッッ!?!?」

「ッ!? お、お嬢様ッ!?」




 ドンガラガッシャーンッ! と雷が轟き、桜屋敷を揺らした瞬間、せきを切ったようにお嬢様の碧い瞳からポロポロと涙の雫がこぼれ落ちて行った。って、えぇっ!?


 ウソっ!? まさかのガチ泣き!?


 ちょっと待ってぇ!?


 女の子に泣かされたことは数知れない俺だが、女の子を泣かしたコトがないことでも有名な俺である。


 もうどうすればいいのか分からず、股間に顔面ダイブされた時以上にパニックになってしまう。


 とりあえず幼い子をあやすような感じでポンポンッ! と頭を撫でてみる。




「お、落ち着いてくださいお嬢様。大丈夫ですから」

「ふぇぇぇぇぇぇぇぇ~んっ!?」

「と、とにかく一旦離れ――」

「~~~~~~~~~ッッ!?!?」




 イヤイヤッ! と駄々をこねる少女のように俺の股間に埋めていた顔を左右に振りたくるジュリエット様。


 お嬢様の湿った吐息が下半身を濡らし、小刻みに震える身体が心地よい刺激となって俺の股間を襲い、その……なんだ?


 俺の聖剣エクスカリバーがだんだんふっくらしてきて……アカンッ!?


 ダメダメ!


 色んな意味で抜かないで、俺のエクスカリバーッ!?


 思いがけず人間バレしそうなこの状況に内心冷や汗をかいていると、三度雷鳴が俺たちの身体を激しく震わせた。


 途端に「ひぃぃぃっ!?」と俺の腰に抱き着くジュリエット様の腕の力が強くなる。




「もしかしてお嬢様……雷が苦手なのですか?」

「~~~~~~っ!? うぅ……」




 返事の代わりに鼻をすする音が聞こえた。


 まるで年相応に、いやソレ以上に幼い様子のジュリエット様を前に、自分の中に眠る父性を刺激されたような気がした。


 気がつくと、あれだけ昂ぶっていたハズの興奮が鳴りを潜め、代わりに絹のようにサラサラとしているジュリエット様の髪を撫でる俺が居た。




「大丈夫ですよお嬢様、自分が……ロボがついていますから」

「うぅぅ~……ぐすんっ。……ロボくん?」

「お嬢様には言っていませんでしたが、自分には108の特殊機能が備わっています。その中には『避雷針』モードというモノもあり、これを使用すると自分を中心に半径10メートル以内には絶対に雷が落ちてくることはありません」

「ぐすん……ほ、ほんとうに?」

「はい、もちろんです。自分はロボットですから、お嬢様にウソを吐くようには出来てはいません」




 だから安心してください、と彼女が落ち着けるように静かな声音で語りかける。


 もちろんロボットでもなければ超人でもない俺に、そんな機能がついているワケないのだが……こんなしょっぱい嘘でジュリエット様が泣きやんでくれるなら安いものだ。


 ジュリエット様はその濡れたサファイヤのような碧眼へきがんで俺を見上げ、「……うん」と小さく頷いてくれた。


 そんな子どもっぽい姿に、つい内心で苦笑しつつも、顔はいつも通りポーカーフェイスを心がける。




「ご、ごめんねロボくん? ボク……ネズミと雷はどうしても苦手で……」

「人間誰しも苦手なモノくらいありますよ」

「……ロボくんも?」

「自分はアンドロイドなのでありませんねぇ」

「あっ、そっか……」




 ポツリ、ポツリ、と取り留めのない会話をしていたおかげか、ちょっとだけ落ち着きを取り戻すジュリエット様。


 しかし、あのジュリエット様がここまで狼狽ろうばいするなんて……なんでネズミと雷が苦手なのか理由が気になってくるところだ。


 が、さすがにそこまで深入りするのは止めておいた方がいいだろう。


 ただでさえコッチは人間嫌いのお嬢さまにロボットのフリをして騙しているという負い目があるのに、コレ以上彼女に情が沸いてしまったら本気で別れがつらくなってしまう……。


 そうだ、別れのときは確実にくるのだ……。


 ならお互いのためにもあまり深入りするべきじゃない。


 そう頭では分かっているのに、どうしても泣いている女の子は放っておけない。


 女の子に涙は似合わない、女の子はいつだって笑顔が似合う。


 あぁ、やっぱり俺ってバカなんだなぁ……。


 なんて自分のバカさ加減に辟易へきえきしながらも、つい半歩ほどお嬢様との距離を詰めてしまう。




「大丈夫ですよお嬢様。ネズミも雷も全部自分が追い払ってあげますから」

「ほ、ほんとに……? 一緒に居てくれる……?」

「もちろんですよ」

「それじゃ……約束」




 んっ、と俺に向かって小指を差し出すジュリエット様。


 くそぅ!?


 ほんと可愛いな、俺のご主人さまは?


 キスしてやろうか?


 もちろん弱っているジュリエット様に紳士の俺がそんなことをするワケもなく、代わりに彼女の小指に自分の小指を絡ませながら「はい、約束です」と頷いてみせた。


 ぎゅっ、と弱々しく俺の小指を握り締めるジュリエット様。


 そんな彼女を見ていると、どうしても庇護欲がかきたてられてしまう。


 深入りするべきではないと分かっているのに……もっと彼女を知りたいと思ってしまう自分が居る。


 ……それにしても凄いな。5~6分前までは脱衣所でお嬢様の下着を頭にパイルダーオンさせたまま全裸で腰を振って1人大興奮しようとしていたハズなのに、なんだこのドシリアスな展開は?


 もし彼女が今、目の前で泣きついている男が自分の下着1枚で死ぬほど興奮してアソコをモッコリさせていたと知ったら、どういう態度をとるだろうか?


 間違っても風の谷あたりに住んでいる女の子のように、独立愚連隊が如く硬くそそり立っている俺の愚息を指先でキィィィンッ! とはじいて「いい音……」とうっとりしながら頬ずりしてくれる事はまずないだろう。


 これは絶対にジュリエット様に知られてはいけないな、うん。




「? ロボくん、どうしたの?」

「いえ、なんでもありませんよ。それよりも、もうこんな時間です。ロボがついているので、お嬢様はお休みになられてください」

「……うん、ありがとうロボくん」




 結局その日はお嬢様が寝息を立てられるまで、俺は彼女の傍でその柔らかいお手々を握り締め続けるのであった。

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