なんとかジュリエット様が爆発することもなく、無事に会食を終えた夜の9時少し過ぎ。
お嬢様と一緒に黒塗りの外車に揺られ、桜屋敷へと戻って行く傍らで、俺は静かに窓の外へと視線をやった。
夜中に一雨きそうなほど天気が悪く、普段は俺を酔わしてくれるお月様も今日ばかりは厚い雲に覆われて姿が見えない。
遠くの方でゴロゴロと不穏な音が微かに聞こえてくる。
あぁ~、こりゃ確実に雷雨になるなぁ。
なんてことを考えていると『チマッ』と執事服の裾をジュリエット様に掴まれていることに気がついた。
「お嬢様、どうかしましたか?」
「……なんでもない。少し場の空気に酔っただけだ」
そう言ってそっぽを向くジュリエット様だが、その顔色は明らかに悪い。
というか、遠くから雷雲がゴロゴロ言うたびに俺の裾を握る力が強くなっているような……?
お嬢様の様子がおかしいことに運転手も気づいたらしく、やや緊張気味にジュリエット様に声をかけた。
「車酔いでしょうか? でしたら常備しているお薬を」
「……必要ない。それよりも、まだ桜屋敷には着かないのか?」
「も、もう少しでご到着です」
「早くしろ。ボクは無能は嫌いだぞ?」
「は、はひぃ~っ!」
ガンバレ、運転手! と心の中でキュアエールばりに全力エールを送っている間に車は桜屋敷へと到着。
……するのだが、なんか屋敷の前、という玄関前に誰か居るのよね。
しかもその中でもとびきり異彩を放つのが、鮮やかなパステルブルーのドレスに身を包み、洗い立ての太陽のような金色の髪をした女性だ。
な、なんだあのトップモデルみたいな女性は!?
遠目からでも分かる! スラッとした手足といい、人の目を
誰だ!?
ジュリエット様の母君か!?
「お嬢様」
「ロボ、何も言わなくていい。チッ……マリアめ、こんな時に。いや、こんな時だからこそ狙い澄ましたかのようにやって来たのか……本当に嫌な妹だ」
妹!?
えっ、あれ妹なの!?
ということは彼女がジュリエット様の妹、マリア・フォン・モンタギュー様なワケ!?
確かに親父から渡された資料に妹の存在も記載されていたけど……俺が受け取った写真はもう少し幼かったぞ!?
なんだあの
一瞬『な、なんで俺の理想の女性が目の前に居るんだ!? いつから俺は具現化系念能力に目覚めたんだ!?』とバカフルアクセルなことを
あれ?
ちょっと待て……?
確かマリア様は今年ジュリエット様と同じ学園に通うことが決定しているピチピチの高校1年生のハズ……ということは、えっ!?
あ、アレがついこの間まで中学生だった女の子のスタイルかよ!?
色んな意味で戦々恐々としている間にマリア様の前に車がピタリと停止する。
「……ハァ。行くぞロボ」
「かしこまりました」
「お帰りなさいませ、ジュリエットお嬢様」
そして外に居た使用人がドアを開け、ジュリエット様が盛大にため息をこぼしながら車から降りる。
もちろん俺もお嬢様の後に続くが……思わず車の中へ引き返そうかと思ったね。
いやね? ジュリエット様とマリア様の間にね、不穏な空気がバリバリに流れているのよね?
なんかお互い先に笑顔を崩した方が負け、みたいな逆にらめっこ状態のまま、静かに睨み合ってて、その……なんだ?
もうお家帰りたい……。
「おかえり姉上。帰りが遅いから心配したぞい? ……うむっ、さすがは
「お世辞はいらない。それよりも……何の用だマリア?」
「そう
「……そういうタマじゃないだろう? オマエも、ボクも」
「クックック、違いない」
演技がかった口調で含み笑いを浮かべるマリア様。
なんか独特な雰囲気を持った妹さんだなぁ。
そんなマリア様をやたら警戒心バリバリに見やるジュリエット様。
まるで親が家に居る中、勇猛果敢にも自家発電を
「して姉上よ、その後ろに立っている
「……言葉は
「カッカッカッ! これはスマンのぅ」
上機嫌な笑みを浮かべるマリア様。
だがその視線は値踏みをするように俺を捉えて離さない。
こ、この人もこの人で何か怖いわ……。
まるで女性専用列車に迷い込んでしまった
「それにしても本当に人間のようじゃのぅ……もしかして本当は人間だったりして?」
「…………」
もう心臓が飛び出るかと思ったよね♪
「血色のいい肌、生命力を感じる瞳、まるで人間の男の子そのものじゃのぅ。のぅ、ロミオゲリオン?」
その口調、その言葉づかい、もかしてマリア様……気づいている?
バックン、バックン!? と高鳴る鼓動が聞こえてしまうじゃないのかってくらい心臓が
ジュリエット様のどこまでの澄んでいる碧い瞳とは違い、意志の強そうな紅蓮の
その小さな嘘さえ見逃さないと言わんばかりの瞳に、つい視線を逸らしそうになるが、それよりも早くジュリエット様が口をひらいた。
「……
「カッカッカ! こんな寒空で待たされたんじゃ、これくらいのことは勘弁してくりゃれ姉上?」
「……ハァ、まったく。いくら妹と言えど、ボクの堪忍袋はそう大きくないぞ?」
「おぉ怖い、怖い。コレをプレゼントするから許してくりゃれ?」
そう言ってマリア様は御付きの使用人の1人に「例のアレを」と声をかけた。
するとメイドの1人がスッ! と音もなく1歩前へと歩み寄り、ジュリエット様にむけて30センチ四方の包装された小箱を渡してきた。
ジュリエット様は面倒臭そうに「ロボ」と俺の名前を呼ぶ。
どうやら受け取れとのことらしい。
俺は言われた通りメイドさんから小箱を受け取り、またジュリエット様の後ろに控える。
「……これで用は済んだかマリア? ならボクはこれで失敬させてもらうぞ?」
「せっかくの妹との
マリア様は相変わらずニセモノじみた笑みを顔に張り付けながら、一度視線を雷雲の方へ向け、すぐさましたり顔で
「もしかして姉上、まだ雷が怖いのかえ?」
と言った。
瞬間、ジュリエット様の肩がピクンッ! と跳ね上がったような気がした。
「……マリア?
「そんな目で睨まんでくりゃれ姉上? 可愛い妹のちょっとした冗談じゃ」
くわばら、くわばら♪ と
何とも飄々《ひょうひょう》としていて捉えどころのない美人だ。
うっかり惚れてしまいそうだ。
「さて、では愛しい姉君のお顔も拝見したことじゃし、そろそろ帰るかのぅ」
そう言って玄関の少し真横に止まっていたリムジンバスへと乗り込み出すマリア様。
さらばじゃ姉上、と言い残し、すたこらさっさと去って行くリムジンバス。
「……帰るぞロボ」
「かしこまりましたお嬢様」
去って行くリムジンバスを最後まで見送ることなく、桜屋敷へと帰還するジュリエット様の後ろをしずしずと着いて行く。
なんとも嵐みたいな人だったな、マリア様。
なんて感想を抱きながら、俺は今日1日の仕事を終える……ハズだった。
……この数十分後、本当の嵐が桜屋敷に木霊することになる。
そう、アレは桜屋敷を見回りしているときのことだ。