目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第9話 ロミオとジュリエットの1日~春休み編~

 モンタギュー家時期当主、ジュリエット・フォン・モンタギュー様が現在住んでいるこの屋敷、通称『桜屋敷』についてちょっとだけ説明しておこうと思う。


 現在、桜屋敷はココ【おとぎばな市】にある町一番の大きなお山、通称カチカチ山のテッペンにドンッ! ときょを構えている。


 窓から一望できる街の景色はかなりの絶景で、思わず1人で「見ろ、人がゴミのようだ!」と大佐ごっこをしてしまう位だ。


 お嬢様曰く、もう2週間ほどすれば桜が開花し、もっと綺麗な景色が見れるとのこと。


 楽しみだ。桜が開花したら写真でも撮ってましろんに自慢してやろう。


 さて、そんな桜屋敷だが、今現在使用人は俺1人だけ……ということはない。


 桜屋敷が居を構えるカチカチ山のすぐふもとでは、モンタギュー家の本邸ほんていがあり、普段使用人たちはそこで働いているのだ。


 そこでの基本的な使用人のお仕事はジュリエット様の外出時の運転である。


 わざわざ本邸から黒塗りの外車を出し、山のテッペンまで運転し、ジュリエット様を拾い下界へと赴く。


 そして今日もまた、下界へと俺を連れておもむくのだが……




「遅いぞ。30秒の遅刻だ」




 屋敷から1歩外に出れば……あの氷のように冷たい『鉄仮面』モードの罵倒が使用人を襲う。


 屋敷の玄関前で待機していた俺とジュリエット様のもとに、ほぼ時間通りにやってきた運転手こと使用人に対しての最初の一声がコレである。


 う~ん、相変わらず心臓の弱いおじいちゃんおばあちゃんだったら余裕で殺せそうな覇気を発しているなぁジュリエット様。超怖いや!


 そんな殺気にも似た覇気を真正面から受けた運転手、もとい使用人が「ひぃっ!?」と可哀そうになるほど切ない悲鳴をあげ、お股に仕込んだローターが突然ONになった女子校生のようにブルブルと震え始めた。


 ジュリエット様はそんなこと関係ない! とばかりにあの凍てつくような視線を使用人にぶつけ、




「ボクはモンタギュー家次期当主だぞ? つまりはモンタギュー家の看板、歩く広告塔なんだぞ? そんなボクだからこそ誰よりも真面目でなければいけないというのに、使用人がこの体たらくでどうする?」

「す、すみません……」

「……時間を守れない人間はいずれ信用されなくなる。これで我が社の評判が落ちたらどうしてくれる? 君に責任は取れるのか?」

「も、申し訳ありません! い、以後気をつけます!」

「……『以後』じゃない。今から気をつけろ。分かったな?」

「は、はいぃ~ッ!」




 運転手から「もう勘弁してください」という萌キャラのような雰囲気を感じる。


 わかる、わかるよぉ……。


 今のお嬢さま超怖いよね?


 俺もだ♪


 俺は後部座席のドアを開け、お嬢様に搭乗をうながす。


 お嬢様が車に乗り込むと同時に、俺も身を滑り込ませてお嬢様の隣に腰を下ろす。


 そして車が焦ったように発進し桜屋敷を後にする。




「ふぅぅ~……。ロボ、今日の予定は?」

「はい、本日の予定は午前中にジュリエット工房第8支部の視察。1時間休憩を挟み午後からピアノ・ヴァイオリンのレッスン。夜はフォックスカンパニーのご子息と会食となります」

「……フォックスカンパニーの子息と言うと確か――チッ、あの下品なドラ息子か。まったくボクより年上のクセにテーブルマナーがなっていないどころか、あの全身を舐めるような視線が不愉快極まりないあの男か。もし今日、同じような視線をぶつけられたら思わずナイフで刺殺してしまいそうだ」

「ひ、ひぃ~っ!?」




 運転手の泣きそうな声が鼓膜を撫でる。


 もしかしたらオションションがチビったのかもしれない。


 俺も同じ立場だったら我が魂の師匠であるジャッキー・チェンよろしくトンデモねぇアクロバティックアクションを披露ひろうしながらこの車から飛び降りているところだ。


 ただ、この運転手は知らないのだ。




(ロボくん、ロボくん! それじゃ打ち合わせ通り、会食のときはボクのお皿からニンジンさんを処理バイバイキンしておいてね?)

(……かしこまりました)




 お嬢様がロボットだと思い込んでいる俺には滅法めっぽう優しいということを。


 声を抑え、運転手には聞かれない声量でそうつぶやくお嬢様。


 人間嫌いの彼女の笑顔を見られるのはちょっとした特権であり、優越感すら感じるが、もし俺が人間だとバレたとき、この笑顔が全てマイナス方向に振れ切れるのだと思うと……考えるだけで恐ろしい。






















 ……だがこのときの俺はまだ知らない。



 その笑顔の裏にある彼女の心の闇のことを……。



 ソレを思いがけず知ることになるのは、その日の夜、会食が終わり桜屋敷に戻ってきたときの事だった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?