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第16話 君だから愛してる

 樹は、法悦境ほうえつきょうに浸りながら、梗一郎の独白をぼんやりと聞いていた。


(梗一郎さまが俺のことを好きだって……?)


 そんな奇跡が起こる筈がない。だって樹は、どう足掻あがいても『早乙女樹』にはなれないのだから。


 フッと自嘲気味に笑った樹の顔に影が落ちる。それをいぶかしく思うと同時に、樹が横たわっているベッドのスプリングが、ギシッと音を立てた。


(え……?)


 樹がわれに返った時には、もうなにもかもが手遅れだった。


「そなたが不安に思わなくなるくらい、全身全霊で愛してあげよう。……私の愛しい樹。その美しい肢体で、私がどれだけそなたを愛しているか、身を持って知るといい」


 そう言ってあやしく微笑んだ梗一郎は、呼吸ごと奪うように、樹の唇に吸い付いた。


「っん、んん……っ!」


 唐突な口付けに息苦しくなって無理やり唇を離すと、樹が息を吸ったわずかな歯列の隙間から、薄くて熱い舌が入り込んできた。待ち望んでいた梗一郎の口づけに陶然とうぜんとしかけた樹だったが、ほんの僅かに残っていた理性が、梗一郎のそれを拒んだ。


 熱い呼気をこぼした樹は、覚悟を決めた顔つきをして口を開いた。


「梗一郎さま。僕――俺は、早乙女樹じゃありません」


 そう言った瞬間、梗一郎の動きがピタリと止まった。しかし梗一郎の表情は動かない。ただひたすらに、樹の瞳を見つめているだけだ。


 樹はほんの少しだけ怖気付おじけづきつつも、焦げ茶色の瞳を真っ直ぐに見据えて、息を吸い込んだ。


「……信じられないかもしれませんが、本当なんです。俺は別の世界で死んで、魂だけの存在になって、早乙女さんの身体に憑依しました。だから……今、貴方の目の前にいるのは早乙女樹ではなく……山田樹という別の人間なんです」


「気づいていたよ」


「――え?」


 動じること無く言い切った梗一郎を、樹は信じられない思いで見つめた。すると梗一郎は、フッと切なそうに微笑んで、樹の額へ口付けを落とした。


「私は今、私の目の前にいる樹を愛している」


「そ、んな……嘘……だって、」


「嘘じゃない。私の魂にかけて誓おう。花ヶ前はながさき梗一郎は、山田樹に恋い焦がれている。……狂おしいほど愛しているよ。樹」


 その言葉を聞いた途端、樹の両目から、ポロポロと涙が零れ落ちた。


「う、れしい。嬉しいです、梗一郎さま。俺……俺も、梗一郎さまのことを愛しています」


 樹は梗一郎の顔を両手で包み込むと、蕾がほころぶように花笑みを浮かべた。


「梗一郎さま。俺を抱いてください。梗一郎さまのことしか考えられなくなるように……ん、んぅ」


 樹の言葉は梗一郎の口の中に吸い込まれていった。


(俺……凄く、幸せだ……)


 樹は梗一郎の口づけに翻弄されながら、もっともっとと、梗一郎の首に両腕を回したのだった。


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