目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第14話 秘め事

 庭園から逃げるように立ち去った日の夜。樹は自室で就寝の準備をしていた。


「はぁ……。今日は散々な一日だったな……」


 寝間着ゆかたに着替え、寝具を整えながら、樹は沈んだ気持ちで肩を落とす。梗一郎から逃げ回り、自分はノンケだと言い張った挙句、梗一郎への好意に気づいた時には失恋してしまった。そのショックで画塾にも行けず、とりあえずアトリエに籠もってみたものの、梗一郎との淫らな行為を思い出してしまう始末。


(まさか、素描デッサンにすら身が入らないとは……)


 花ヶ前邸で樹の心が休まる場所は限られている。そのうちの一つだったバラの庭園には行きづらくなってしまった。なので樹は、夕餉の時間までアトリエで無意味な時間を過ごし、入浴が終わった後すぐに自室に籠もって今に至る。


「はぁ〜〜」


 樹は大きな溜め息を吐いてベッドに横になった。清潔なリネンから石鹸の香りがして、樹はわずかながら安心感を得る。ベッドの寝心地を堪能した後、樹は仰向けに寝転がり、胸元に枕を抱き寄せた。


 異世界転生したばかりの頃。自分が転生した肉体の元持ち主――早乙女と梗一郎が恋人関係だったと気づいた時は、ありえないとしか言いようがなかったし、先の展開を予測することも不可能だった。だというのに――


「まさか俺が、梗一郎さまのことをを好きになっちゃうなんてなぁ……」


 そう呟くように言って目を閉じると、目蓋の裏に、梗一郎の柔らかい微笑みが浮かんだ。それから、梗一郎の甘い声で「樹」と何度も呼ばれたことを思い出し、身体が熱を帯びはじめる。


(梗一郎さま……)


 樹はあらぬところが反応を示したことに驚きつつ、熱に浮かされたように、ためらうことなくそこに手を伸ばした。


 浴衣の腰紐を解いてパッチを下ろすと、樹は布団の中に潜り込み、下半身を触る。


「ハッ……ハァ……ァ、ンン……」


 あの日アトリエで、梗一郎と睦み合った時以来、久し振りの行為だからだろうか。数度触れただけで、すぐ高みに上り詰めそうになる。


「ア、ン……ハァ……ハァ……ッ」


 しかし樹は、物足りなさを感じていた。


(気持ちいいけど、最後までは無理っぽい……)


 樹は目尻を赤くして、快楽からくる涙を流した。


(……もっと。もっと刺激が欲しい……あの日、梗一郎さまがしてくださったように)


 樹は目を閉じると、梗一郎の技巧を思い出しながら、行為を続けてみる。すると――


「ぁ、あああ……!」


 えもいわれぬ快感が生まれ、背筋を電気のようなものが走り抜けていった。


「ああ……気持ちい、い……」


 快楽の波に飲まれた樹は、梗一郎を思い浮かべながら、貪欲に快感を求めた。


「……っ、んんぅ! ……アッ、ハァッ、ハァッ……」


 樹の手は止まらない。


(ああ……! もうちょっと……あともうちょっとで……っ)


 高みに到達できそうでできず、ただひたすら快楽の海で溺れながら、樹はひくっと声帯を震わせた。


(助けて)


「梗一郎さま……っ」


 そう囁くように言った瞬間。勢いよく掛け布団をめくられ、ペンダントライトの明かりの下、樹の乱れた姿がさらされた。驚愕に目を見開いた樹の視線の先には――


「ひとりでお楽しみ中かい? 樹」


 端正な顔から喜怒哀楽を削ぎ落とした梗一郎の姿があった。


「こ、いちろ……さま……?」


 樹は頭を混乱させながら、ふるりと外気に震え、自分が痴態を晒していることにようやく気がついた。そして、さっきまでの興奮はどこへやら。樹は顔から血の気が引いていくのを感じ、急いで寝間着を着直そうとした手を――梗一郎に掴まれた。


「私を呼んだのは樹。そなただろう? 本人が目の前にいるのに、こんな状態でめてしまってもいいのかい?」


 そう言って梗一郎は、樹の下半身に触れた。


「ひ、あ、ああ……っ!」


 他人から与えられる刺激に敏感に反応した樹は、たったそれだけの刺激で、頭が真っ白になった。


(やっと……終わった……)


 樹は、恍惚とした表情を浮かべて余韻に浸っていた。




コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?