庭園から逃げるように立ち去った日の夜。樹は自室で就寝の準備をしていた。
「はぁ……。今日は散々な一日だったな……」
(まさか、
花ヶ前邸で樹の心が休まる場所は限られている。そのうちの一つだったバラの庭園には行きづらくなってしまった。なので樹は、夕餉の時間までアトリエで無意味な時間を過ごし、入浴が終わった後すぐに自室に籠もって今に至る。
「はぁ〜〜」
樹は大きな溜め息を吐いてベッドに横になった。清潔なリネンから石鹸の香りがして、樹はわずかながら安心感を得る。ベッドの寝心地を堪能した後、樹は仰向けに寝転がり、胸元に枕を抱き寄せた。
異世界転生したばかりの頃。自分が転生した肉体の元持ち主――早乙女と梗一郎が恋人関係だったと気づいた時は、ありえないとしか言いようがなかったし、先の展開を予測することも不可能だった。だというのに――
「まさか俺が、梗一郎さまのことをを好きになっちゃうなんてなぁ……」
そう呟くように言って目を閉じると、目蓋の裏に、梗一郎の柔らかい微笑みが浮かんだ。それから、梗一郎の甘い声で「樹」と何度も呼ばれたことを思い出し、身体が熱を帯びはじめる。
(梗一郎さま……)
樹はあらぬところが反応を示したことに驚きつつ、熱に浮かされたように、ためらうことなくそこに手を伸ばした。
浴衣の腰紐を解いてパッチを下ろすと、樹は布団の中に潜り込み、下半身を触る。
「ハッ……ハァ……ァ、ンン……」
あの日アトリエで、梗一郎と睦み合った時以来、久し振りの行為だからだろうか。数度触れただけで、すぐ高みに上り詰めそうになる。
「ア、ン……ハァ……ハァ……ッ」
しかし樹は、物足りなさを感じていた。
(気持ちいいけど、最後までは無理っぽい……)
樹は目尻を赤くして、快楽からくる涙を流した。
(……もっと。もっと刺激が欲しい……あの日、梗一郎さまがしてくださったように)
樹は目を閉じると、梗一郎の技巧を思い出しながら、行為を続けてみる。すると――
「ぁ、あああ……!」
えもいわれぬ快感が生まれ、背筋を電気のようなものが走り抜けていった。
「ああ……気持ちい、い……」
快楽の波に飲まれた樹は、梗一郎を思い浮かべながら、貪欲に快感を求めた。
「……っ、んんぅ! ……アッ、ハァッ、ハァッ……」
樹の手は止まらない。
(ああ……! もうちょっと……あともうちょっとで……っ)
高みに到達できそうでできず、ただひたすら快楽の海で溺れながら、樹はひくっと声帯を震わせた。
(助けて)
「梗一郎さま……っ」
そう囁くように言った瞬間。勢いよく掛け布団をめくられ、ペンダントライトの明かりの下、樹の乱れた姿がさらされた。驚愕に目を見開いた樹の視線の先には――
「ひとりでお楽しみ中かい? 樹」
端正な顔から喜怒哀楽を削ぎ落とした梗一郎の姿があった。
「こ、いちろ……さま……?」
樹は頭を混乱させながら、ふるりと外気に震え、自分が痴態を晒していることにようやく気がついた。そして、さっきまでの興奮はどこへやら。樹は顔から血の気が引いていくのを感じ、急いで寝間着を着直そうとした手を――梗一郎に掴まれた。
「私を呼んだのは樹。そなただろう? 本人が目の前にいるのに、こんな状態で
そう言って梗一郎は、樹の下半身に触れた。
「ひ、あ、ああ……っ!」
他人から与えられる刺激に敏感に反応した樹は、たったそれだけの刺激で、頭が真っ白になった。
(やっと……終わった……)
樹は、恍惚とした表情を浮かべて余韻に浸っていた。