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ノンケ書生は華族の貴公子に不埒な関係を望まれている
ANAMATIA
BLファンタジーBL
2024年11月13日
公開日
21,272文字
連載中
ある日突然、交通事故で両親を亡くした、美大生の山田樹。
葬儀を終えて日常生活を送り始めるが、うつ状態になっていた樹は、葬儀後初めての登校時に接触事故で線路に落下する。
頭を強く打ち付けて視界が暗転し、目覚めると、見知らぬ部屋の布団の中に横たわっていた。
樹が夢でも見ている心地でいると、女中の花が現れて、樹のことを「早乙女さん」と呼んだ。
頭がぼうっとして何も考えられず、強い睡魔に襲われ、眠りに落ちようとしていた樹の前に、国防色の軍服を身にまとった偉丈夫――花ヶ前梗一郎(はながさきこういちろう)が現れた。
樹の名を切なそうに呼びながら近づいてきた梗一郎。驚いた樹は抵抗することもできず、梗一郎に抱き締められる。すると突然、想像を絶する頭痛に襲われた樹は、絶叫したのちに意識を失ってしまう。
そして気がつけば、重力が存在しない、真っ白な空間に浮かんでいた。そこで樹は、自分によく似た容姿の少年に出会う。
少年の正体は、早乙女樹の肉体を借りた、死を司る神――タナトスだった。そしてもう一柱、タナトスよりも小柄な少女、生を司る神――ビオスが現れる。
ビオスが言うには、樹は『異世界転生』をしたのだという。そして転生後の肉体の記憶は、特定の条件下で徐々に蘇ると告げられ、樹は再び異世界で目を覚ます。
樹が目覚めると、梗一郎が涙を流していた。
「樹が生きていて、本当によかった……!」
そう言って、梗一郎が樹の額に口付けた瞬間、樹の脳内に早乙女樹の幼少期と思われる映像が流れ、眠るように意識を失う。
『特定の条件下』とは、梗一郎との愛ある接触のことだった。
無事にひとつ目の記憶を取り戻した樹は、公家華族・花ヶ前伯爵家お抱えの書生(画家見習い)・『早乙女樹』を演じながら、花ヶ前家で生活を送る。
スペイン風邪による後遺症で『記憶喪失』になってしまった樹を心配して見舞いに来たのは、楚々とした容貌の美少女――梗一郎の妹である、花ヶ前椿子だった。
樹は驚愕に目を見開いた。
目の前に立つ少女は、樹が描いた人物画。
『大正乙女』そのままの姿形だったのである。
なんと樹は、自分が描いた油画の世界に異世界転生していたのだ。
梗一郎と恋仲であった早乙女樹として転生してしまった樹(ノンケ)は、男と恋愛なんて出来るはずがないと、記憶喪失を理由に梗一郎と距離を置くが……。

第1話 早乙女って誰だ?

「危ないっ!」


 誰かがそう叫んだが、時すでに遅く。山田樹やまだいつきは駅のホームから転落し、頭からレールに激突して即死。二十歳の短い人生を終えた……はずだった。


「俺……助かったのか……?」


 樹は、板張りの天井を見つめて呆然と呟く。そうして視線を彷徨わせると、樹の上体には掛け布団が掛けてあり、背中には綿の詰まった敷布団の感触を感じた。


「……ここはどこだ?」


 肘を支えにして身体を起こそうとすると、インフルエンザに罹った時のように関節の節々が痛んだ。樹は重だるい上体をなんとか起こして、首が動く範囲で室内を見回した。


 部屋はおよそ八畳の畳張りの江戸間で、桐の和箪笥や文机などが置いてある小綺麗な和室だった。


「やっぱり俺……死んだんかな……」


 樹がぼけーっと夢でも見ている心地でいると、ふすまがスッ、スーと静かに開いた。


「さっ、早乙女さおとめさん……!」


「え?」


 条件反射で声を上げてしまったが、


(早乙女って誰だ……?)


 と首をかたむけて視線を向けた先には、着物にエプロン姿のおさげ髪の少女が居た。少女は樹と目が合うなり、瞳に涙を浮かべて口元を両手で覆った。


「あぁ……あぁ……早乙女さん……っ! お目覚めになったんですね……!」


 少女は両の目からポロポロと涙を流しながらよろりと立ち上がった。


「皆さん、とても心配なすってたんですよ! 少々お待ち下さいっ。今すぐ皆さんを呼んで参りますから……!」


 そう言って、身を翻した少女を呼び止めようとして、樹はうまく声が出せないことに気がついた。驚いて息を吸い込むと、ゼーゼーという喘鳴ぜんめい音が聞こえ、痰が絡んで息苦しい。


(おかしい。俺は頭を打って死んだはずなのに。それに『早乙女』って誰のことだ? 人違いをしているようには見えなかったけど……)


 樹は考えを巡らせながら、ゴホゴホと咳き込んだ。


(あー……なんか、フラフラする……)


 頭がぼうっとして寒気を感じた樹は、ぽすっと布団に倒れ込み、横向きに寝転んだ。それからすぐに襲ってきた睡魔にうつらうつらしていると、少女が消えた廊下の奥から騒がしい音が聞こえてきた。


 今まさに眠りに落ちようとしていた樹は、何事かと重たい頭をもたげて耳を澄ます。


「お坊ちゃま! 高貴な身分の御方が、使用人棟このようなところに足を踏み入れてはなりませぬ!」


「しつこいぞ、爺や! そこをどくんだ」


「あ、あのっ! 早乙女さんは意識を取り戻したばかりですので、もう少しお声を小さく……」


「花。お前は黙っていなさい!」


「ひゃい! す、すみませ、」


「爺や! 花に当たるでない! 私は樹の元へ行く。花。爺やを引き止めておけ」


「か、かしこまりましたっ」


「花っ、離しなさい!」


「家令さま、堪忍かんにんしてくださいっ。あたしはお坊ちゃまにご命令されました。命令を守れなければ罰を受けてしまいますっ」


 などという三人分の声が廊下に響き渡る。段々と大きくなっていく声は、樹の部屋にまで鮮明に届いてくる。


(な、なんなんだ……いったい……)


 樹が困惑していると、中途半端に開いたままだった襖が勢いよく開いた。そうして現れたのは、国防色の軍服を着て、焦げ茶の髪を後ろに撫でつけた偉丈夫いじょうぶだった。


「いつき……樹……!」


 と樹の名を切なそうに呼びながら、ふらふらと布団まで近づいてきた青年は、ドサッと膝から崩れ落ちた。


「だっ、大丈夫ですか!?」


 樹は息苦しさも忘れて、かすれた声を上げる。そうして咄嗟に伸ばした樹の手は、白い手袋をはめた大きな手に掴まれ、そのまま青年の胸の中に引き寄せられた。それからぎゅうっと強く抱きしめられる。おそらく病人に配慮した力加減だったが、それでも樹の身体は悲鳴を上げた。


「いっ、いたっ、痛いです!」


 言いながら厚い胸板を叩くと、青年はハッとした様子で慌てて樹を開放した。


「い、樹。すまない。そなたが目覚めたと聞いて、居ても立ってもいられず……」


 秀眉をハの字にして謝罪してくる青年を見て、樹はぼうっとする頭を捻った。草色がかった黄土色の軍服は、歴史の教科書や戦後特番などで見たことがある、旧日本陸軍の軍服のように見える。


(軍人さんのコスプレ? てか、こんな綺麗な男の人、知り合いにいたかなぁ……?)


 上手く回らない頭で考え、何気なく青年の焦げ茶色の瞳を目にした時。樹の脳内に、膨大な情報が流れ込んできた。まるで映写機でスライドを見せられているような断片的な映像に、情報処理のキャパシティを超えた海馬が焼き切れそうな感覚に襲われる。


 想像を絶する頭痛に襲われた樹は、


「う、ぐ……っ、うわあああああ!!」


 と絶叫した。


「どうした!? 樹!!」


「う、うぅ……っ! あ、あたまが……っ、あああっ――……!」


 そうしてピタリと叫び止んだ樹は、朦朧もうろうとした瞳を宙に向け、糸が切れたように青年の腕の中に倒れたのだった。

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