目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第13話

 俺を襲撃した一派はレニュの東側にある小さな村・ケラの若者だった。

 ケラでは病人も死人も出ていないということだった。つまり、彼らは、レニュの異変は自分たちには無関係なものであるのに、理不尽に麦を奪われていると感じたのだろう。

 しかし、あとで確認すると、ケラから送られてきた麦も麦角菌が感染していた。

 おそらく、発症していないだけで麦角菌は体内に入っているはずだ。いまはよくても、来年、また再来年、感染が広がり摂取量が増えると必ず中毒になる。


「類似の事件が起きないように、彼らには厳しい処罰を出します」

 取り調べを終えたゼノアン公はそう言ったが、俺は首を横に振った。

「いまは人手がいくらあっても足りないくらいなんだ。そんなのもったいない」

「しかし……」

「それより、せっかく体力が余ってるみたいなんだし。働いてもらって、それを処罰にしようぜ」


 俺は彼らを牢屋から出した。そしてセレウィン殿下とゼノアン公の立ち合いのもと、彼らに麦角菌を見せ、目の前でそれをネズミに与えた。ネズミは少しすると苦しみだす。与えた量が少量であるため、また時間を置いたら回復するが、彼らはネズミの様子に目を丸くしていた。


「ほ、ほんとうだったのか」

 一派のリーダー格である首の太い例の男はそう言った。

「そうなんだよ。信じてくれたか?」

「それで……俺たちに、働けと」

「ああ。いまお前たちが見たことを、各村を回って伝えてきてくれ。よそ者の俺たちが喧噪して回るより、ずっといいと思うんだ。ゼノアン公の部下たちはみんな忙しくてそんな余裕はないし。頼めるか?」

 男はその広い肩幅を小さくして、申し訳なさそうに言った。

「……引き受けよう。あんたに、悪いことをした」

「ありがとう!」


 俺は男の手を取る。

「あと、ついでに、もうひとつ。村の人たちに伝えてくれるか?」

「な、なにを……」

「刈り取りが終わった畑を、深く耕すようにって」

「深く耕す? 収穫が終わった畑を?」

「ああ。この麦角菌はね、麦に感染したあとは熱さにも寒さにも強いんだけれど、土の中にいる間だけは太陽の光に弱いんだ。しっかり耕して太陽の光に晒せば、来年の感染を減らせるはずだ」

 麦角菌は麦に感染し、増え、実となり、落ちて再び土中に潜る。感染した実が地に落とす前に刈り取ることができれば一番いいのだが、広大なレニュ穀倉地帯で麦ひと粒も落とさないというのは不可能だ。

 つまり、根絶のためには土の殺菌もあわせて行う必要がある。来年のことを考えるなら、これが一番重要で、気が抜けない。

「ついでに、セレウィン殿下が連れてきた騎士たちの厩から馬糞も持って行ってくれ。馬糞、捨てちゃうらしいんだ。畑の栄養になるのにな」

 セレウィン殿下に目配せする。彼は何とも言えない表情で、目をつむる。

「あと、ゼノアン公が公の印つきのマントをあなたたちに貸し出してくれるそうだ。よろしく頼んだぞ」

 俺が言うと、男たちは領主の印を背負えるという名誉に、息を呑んだ。




 それからひと月。

 風は完全に熱を失い、秋の虫が鳴き始めた。

 各地で麦の刈り取りが終わり、ここメルトの選別施設の稼働もわずかになった。次は雪が降るまでひたすら土を耕す。選別施設にいた農民たちも各村に戻して鍬を持たせないといけないだろう。

 俺は暦を眺めながら、雪が降るまでの日数を数えていた。レニュ穀倉地帯は王都の北に位置し、雪が降るのも早い。

 ぶつぶつと今後の計画を練っていると、部屋にノックの音が響いた。


「はーい」

 俺は顔を上げないままで返事をする。扉が開く音の次にキーランドの声が聞こえた。

「息抜きに出かけませんか?」

「ええ?」

 暦から顔を上げて、まじまじと彼を見る。今日まで「もう休め」とセレウィン殿下に命じられても休まずに働き続けていた彼が、息抜きという言葉を使ったのだ。

 俺は額を押さえた。

「明日は雪か………!」

「あなたね……」

「冗談だよ」


 俺は立ち上がった。首を回すとボキボキと嫌な音がした。

「ちょっと体を動かそうと思っていたところだ。どこか行きたいところがあるのか?」

「ええ」

 キーランドを見る。スミレ色の瞳が俺を捉えている。

 彼は言った。

「両親の墓参りに」




 そこはメルト街の中の小高い丘の上だった。ウガ湖を臨めるそこにはたくさんの白い墓石が並んでいる。俺たちは手入れされたきれいな墓の前に立って沈黙した。

 キーランドは言った。

「両親はゼノアン公の使用人でした」

「……そうだっだな」

 ゼノアン公が俺を信じてくれたのは俺が賢者だからではなく、キーランドが俺を信じていたからだ。俺は頷く。彼がいてくれてほんとうによかった。


 俺は静かに墓石を見つめた。

 そこにはメアリー・ベンバトル、ジャン・ベンバトルと名前が記されている。

「すてきなご両親だったんだろうな」

「ええ。とても」

 彼は在りし日の両親と日々を思い出すように目をつむる。

 それから、俺に向かって頭を下げた。

「感謝します。レニュを救ってくださって」

「ちょ! やめてくれよ……俺だけの力じゃないだろ……」


 キーランドは真面目な顔で、今度は丘の下に広がる家々を指さした。

「見えますか?」

 彼の指の先を追う。

「あの少し離れたところにある、そう、黒い柱が立っていませんか?」

 確かに、そこにはいくつかの柱が立っている。地面は黒ずみ、焦げた木が落ちている。

「あれ、なんだ……?」

「かつての私の家です。騎士になると決めたときに、私が燃やしました」

 俺は息を呑んだ。

 彼は続ける。

「帰る場所があったら、甘えてしまうでしょう?」

「だからって……」

「なにがなんでも騎士になって、レニュの異変を国の中央に伝える、これが私に与えられた使命だと……。おかげで、私は使命を果たせました」

 俺は胸を押さえた。

「そっか……。うん。お礼を受け取っておくわ」

 彼だけではない。レニュで苦しんだ人たちの魂全てが救われればいいと、切に願った。


 彼の肩を叩く。

「それで? 使命を終えたわけだし、あとはどうするんだ? レニュに残って復興を手伝うとか?」

「それも悪くはないですが……。私がお守りをしないとなんでも口に入れてしまう困った方がいらっしゃるので」

「わあ、それは大変だ」

 俺たちどちからからともなく噴き出して、そしてゆっくりと丘を下った。


 やさしい時間に包まれながら、俺は口を開いた。ずっと誰かに知っていたほしかったことを、いまなら言えそうだった。

「俺さ、前世の記憶があるの」

 キーランドは目を丸くする。

「え?」

「前世はこの世界ではなくて、もっと畑の知識が発展している世界で生きていたんだ。だから、レニュを救えたんだよな」

「そう、だったんですね」

 俺は彼を見た。彼はもういつもの生真面目な表情に戻っていた。

「それだけ?」

「というと?」

「もっと疑っていいんだぞ? そんなわけるかー! とか」

「まあ、あなたなので。そういうこともあるのかもしれませんね」

 彼は肩をすくめる。そして、笑って言った。

「むしろ、何もなくあなたがそんな人なのだとしたら、怖いです」

「なにそれ!」


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?