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第10話

「というわけで、俺、セレウィン殿下と友達になることにしたんだ」


 テントで俺の帰りを待っていたキーランドに洗いざらいすべてを報告すると、彼はスミレ色の目を見開いた。

 俺は椅子に腰かけて、キーランドは立っている。


 彼は信じられないと言った様子で言う。

「伯爵令息? あなたが?」

「うん」

「殿下の元婚約者?」

「うん」

「あなたが?」

「うん……。しつこいぞ、キーランド」

「いえ……その……意外すぎて」

「お前は素直すぎるだろ」


 キーランドは天を仰ぐ。

「はあー……変な人だとは思っていましたが」

「ちょっと見る目が変わっちゃったか? 教養はあるんだぞ、俺」

「予想以上に変な人だということがわかりました」

「へへ」

「褒めていませんからね」


 キーランドはまじまじと俺を見て、それから改めて言った。

「ご令息だったのですね」

「もうそんな歳でもないけどな」

 今年で22歳。貴族ならとっくに結婚して、若奥様や若旦那様と呼ばれている頃だ。

「なぜ畑仕事を?」

「好きだから?」

「はあ……」

 彼は納得できない、といった様子だ。


 俺は唇をとがらせる。

「そんなことを言って、じゃあキーランドはどうして騎士になったんだよ? 剣が好きだからだろ?」

「いいえ」

「へ?」

 予想外の返事に俺は頓狂な声をあげる。

 キーランドは平然と言う。

「食うに詰めたので騎士になりました」

「……え? キーランドって、どこの出身なんだ?」

 この国は豊かだ。飢えて死ぬ人の話などめったに聞かない。


 キーランドは答えた。

「レニュですよ。5年前に、両親は手足が痛いと言いながら亡くなりました。レニュの異変がじわじわと出てきていた頃です」

「……」

 言葉がでない。しかし、キーランドは続ける。

「両親はレニュの領主であるゼノアン公に仕えていました。両親の死後、ゼノアン公が私を不憫に思ってくださって、騎士団に入れてくださったのです。……幸運でした」

 俺は頭を下げた。

「ごめん。立ち入ったことを聞いてしまったな……」


「別に構いませんよ」

 キーランドの声音はいつも通りだ。彼は質問を重ねてきた。

「それで? どうしてあなたは出奔されたんですか? 私はちゃんとお話ししましたが」

「ええーっと、だから、親が畑仕事を禁止して、それに反発して」

「いつから畑仕事がお好きなんですか?」

「13歳くらい?」

「それくらいの年頃の伯爵令息が畑に触れる機会なんてありますか?」

「庭に作れば、まあ」

「なんで作ったんですか」

「……作りたくて……」

「知識はどこから?」

 知識がどこからかと聞かれたら「日本で」以外の答えはない。しかし、そう答えてしまうと、転生のことも話さなくてはいけない。キーランドは信じてくれるだろうか。それとも、俺のことをもっと頭のおかしい人だと思うだろうか。

 俺は小さく言った。

「……言えないかな」


 テントの中で、ろうそくの火がたよりなく揺れている。

 キーランドからの返事はない。

「お、怒ってる?」

 彼は首を振った。

「いいえ。言えないことのひとつやふたつ、誰にでもあるでしょう」

「そ、そうだよな」

「殿下はご存じなんですか」

「なにを?」

 キーランドは丁寧に言った。

「あなたはその知識の由来を俺には教えてくださいませんが、殿下には教えていらっしゃるのですか?」

 俺はぽかんとして答える。

「教えてないけど」

「はあ……」


 どうしてそこでセレウィン殿下が出てくるのか。俺はキーランドの真意を探ろうとその顔をじっと見つめる。彼はそのきれいな顔を苦しそうにゆがめていた。

 彼が苦しんでいる理由がわからなかった。俺はひとまず事実を話した。

「だって、セレウィン殿下って畑に興味ないじゃん? それはお前も言っていただろ?」

「……確かに」

 彼の顔から、少しだけ苦しみが消える。俺はほっと息を吐いた。

 手を叩く。

「じゃ、今夜はもう寝よう。夕飯は食べ損ねるし、もうへとへだよ」

「……そうしましょうか」




 翌日は持参した食料の総点検を行うことになった。

 俺はセレウィン殿下に頼まれて、キノコをひとつひとつ「これは毒、これは大丈夫」と分けていく。

 その仕事は大変ではあるが、セレウィン殿下が仕事を任せてくれたことに安堵があった。よかった。彼は俺を伯爵令息アデルジェスではなく、畑の賢者アデルとして扱うことに決めたようだ。いまさら貴族の衣装を着せられて鍬を取り上げられたらどうしようと思っていた。

 俺は彼のためにしっかり働こうと胸に誓った。

 ――友達になったしな。


 セレウィン殿下は俺が作業している側で他の人たちに指示を出している。俺がそちらをじっと見ていると、セレウィン殿下と目が合った。

 今日の俺は仮面をつけていない。もうつける必要がないのだ。悪ふざけでウィンクを送ると、セレウィン殿下はげんなりした顔をした。


 俺は抗議する。

「おい、友達だって言ったよな?」

 ぷりぷりと怒る俺に、セレウィン殿下は言った。

「なんで膝にカタツムリがいるんだ……」

 俺は膝の上に布を広げ、カタツムリたちをそこに放牧していた。

 俺はかわいい子たちを紹介する。

「あ、この子たちのことか? この子はムシノイキ、こっちはムシノシラセ、こっちはムシノイドコロ……」

「名前を聞いているんじゃない」

「かわいいだろ? 飼ってるんだ」

「まだ飼っているのか……」

「3世代目。たまには日光を浴びさせてあげようと思ってさ」

 セレウィン殿下は黙ってしまう。

 どうやら彼はまだカタツムリは苦手みたいだ。迂闊だった。


 俺の後ろに立っていたキーランドが言った。

「カタツムリたち、名前があったんですね」

 セレウィン殿下が驚く。

「どうしてキーランドはこの状況を受け入れているんだ……」

 俺はふふん、と鼻を鳴らす。

「キーランドは結構カタツムリのこと、好きみたいだぞ?」

「そうなのか?」

「ま……まぁ……」

 セレウィン殿下は聞きたくない、とばかりに耳をふさいでその場を立ち去った。カタツムリ。意外とかわいいのだが。なかなか布教は難しい。


 俺は手を叩いた。

「さっさと作業しよう」

 言って、もくもくと作業に没頭する。

 仕分けは丸1日かかった。なぜか、その日は1日中キーランドが上機嫌だった。


 翌日には毒見係の回復が報せられた。

 俺たちは旅を再開し、翌々日の昼、ついにレニュの地を踏んだ。



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