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第2話


 太陽は空高く南中する。夏の盛り、雲はもくもくと高く積み上がり、鳥たちのさえずりが耳に心地よい。


「ああ、さいっこう……!」

 緑に広がるかぼちゃ畑の中心に座って、俺は今年の豊作を確信した。

「くぅ~! これなんか、ぜったいに甘いだろうなぁ!」

 特に大ぶりの1つを抱き上げて頬ずりをして、そのままもっさりと茂ったかぼちゃの大きな葉のうえに転がった。

 間引いても間引いても伸びる生命力あふれる緑に包まれて、俺は空を見上げた。夏の空は最高に美しかった。



 4年前、俺は家を飛び出して3カ月の放浪の末に、このキターニャ村にやってきた。そのとき村の畑は蔓枯病で壊滅状態だった。

 蔓枯病とは、かぼちゃなどのウリ科植物によく見られる病気だ。土のなかに病原菌が潜んでいて、感染した植物はその名のとおり立ち枯れてしまうのだ。


 俺は村長に交渉した。

「この蔓枯病、治すので空いている畑をください!」

 国土の西の果てにあるキターニャ村では若者たちが蔓枯病に侵された畑を棄てて、どんどん街へ出稼ぎに出て行っていた。村の畑の半分は手入れが追いつかずに荒れ果てている。めぐってきた大チャンスを逃すまいと俺は必死で言い募った。

「蔓枯病を治しますし、なんなら酪農もやってみたいんです! 俺が作ったバターを食べてください! あとカタツムリも飼いたいです!」

「お、おぉう……」

 バターを口に押し込むと、村長は首を縦に振った。俺は拳をつきあげた。


 俺ははりきって言った。

「じゃあ、さっそく、ネギの根っこを刻んで畑に撒こう!」


 ネギの根には微生物が住んでいて、その微生物の分解作用により、蔓枯病の病原菌が減少する。この方法は、農薬がなかったころに農夫たちが経験則で編み出した方法だ。

 この方法で、村の蔓枯病はどんどん治っていった。

 懸命に動き回る俺の姿を見て村人たちは協力的になった。ちなみに、村では本名のアデルジェスという名前ではなく、アデルという名前で生きている。4年経ったいまでは「畑の賢者」などという恥ずかしい二つ名で呼ばれることも増えた。

 しかし、悪い気はしない。このまま村人たちの信頼を集め続ければ、夢の大農園を作ることさえできるかもしれないのだ。



 夕刻、俺が鍬を担いで帰路を歩いていると、なにやら村の広場が騒然としていた。何事かと足を止めると、村人のひとりが慌ててこちらに駆け寄って来た。

「大変だぁ、賢者様。王都から使いが来て……」

「え? 王都?」

「賢者様に会いたいってさ」

「ええ?」


 村人に案内されるままついていくと、村の中心広場に見慣れない馬車が3台も停まっていた。

 馬車の扉には銀の花が象嵌され、この田舎の村にはおおよそ似つかわしくないほど精巧なつくりだ。

 おまけに、ここの村人たちの全財産を集めても買えないであろう立派な栗毛の馬がつながれている。それも4頭ずつ。御者は白いズボンに、磨かれた革の靴、金ボタンのジャケットを着ている。さらに馬車のそばには揃いの衣服を着た2人がいて、その後ろには青灰色の鎧と風よけを纏った騎乗した護衛兵の姿が見えた。

 キターニャ村では、金持ちと呼ばれている村人でも年老いた驢馬を買うので精一杯である。そんな村のなかにおいて、煌びやかなこの一行は明らかに異質なものだった。


 その煌びやかな一行と相対しているのは、やせ細った村長である。

 彼は泣き出しそうな顔をしていたが、俺が来たのを見つけると、ぱっと明るい顔になって俺を指さした。

「あ、ああ、来られました。賢者様です!」

 一行のリーダーらしい男が振り返る。プラチナの髪、スミレ色の目。息を呑むほどの美青年である。

「えと……?」

 俺がぽかんと口をあけていると、彼は言った。

「畑の賢者様ですか?」

「へ? あ、ああ……そう呼ばれているみたいですね」

「俺はキーランド・ベンバトルです。第一王子セレウィン殿下より騎士の位をいただいております。殿下より、あなたを王都へお連れするようにと命を受けました」

「セレウィン殿下!?」

 久しぶりに聞いた名前に思わず頓狂な声を上げてしまう。彼が俺を呼んでいる? 一体なぜ? 頭の中が疑問でいっぱいになった。


 キーランドは言った。

「ヴェステン地域のぶどう畑が病気にかかっていまして。このままでは……。そこで、殿下が賢者様の噂を耳にされ、ぜひに、と」

「あ、ああ! 賢者としてね! 賢者として!」

 俺は大きく息を吐いた。俺が伯爵令息であることはばれていないらしい。額の汗を拭う。心臓に悪い。ここで暮らしていることが露見したら、父親に連れ戻されて今度こそ立派な伯爵令息にされてしまう。


 キーランドは膝を折り、頭を下げた。

「どうか、ヴェステン地域のぶどう畑をお救い下さい」

 わざわざ王都から遠く離れたこの村まで来てもらって忍びないが、返事は決まっている。ヴェステン地域といえば王都ハースタッドの西隣だ。安易に王都に近づくのはためらわれる。それに、もし成功してセレウィン殿下に謁見などという流れになったら非常にまずい。


「お、お断りしま」

 俺の言葉尻を遮って、キーランドは指を一本立てた。

「ちなみに、報酬が支払われます」

 俺は食いつく。お金。それが絡むなら話は別だ。

「報酬?」

「はい、報酬です」

 お金。それさえあれば、諦めていたあれやこれをこの村に作れる。俺は前のめりになって尋ねた。

「ちなみに、どれくらい……? 王子様だし、それなりに……い、1ゴールドとか?」

 キーランドは首を振る。俺は生唾を飲み込む。

「10ゴールド? ま、まさかもっと……」

 キーランドは高らかに宣言した。

「100ゴールドです!」

「やります!! ヴェステン地域のぶどう畑、俺にお任せあれ!!」

 気がついたら、俺は叫んでいた。夢の大農園が、一歩近づいた音がした。





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