肝試しを終えて銭湯に戻った後は、遅めの夕食を食べ、風呂に入り、パジャマに着替えて歯磨きを済ませた。そして、部屋の電気を消して布団に潜り込む。でも、肝試しの余韻が頭から離れない。あの薄暗い中での光、耳元で聞こえたあの声、そしてフィリアが放った魔法──。彼女はいったい何を浄化したんだろう?
天井を見上げるたび、胸にざわめきが広がる。時計を見ると深夜を過ぎていた。室内の静けさの中、隣からフィリアの穏やかな寝息が聞こえてくる。
俺はふと横を向いた。月明かりが障子の隙間から漏れて、フィリアの銀髪を優しく照らしている。寝返りを打った彼女の片腕が布団から少しはみ出していて、その姿はどこか無防備で、少し幼い印象さえ受ける。でも、不思議とその存在だけで部屋全体が満たされているような気がした。
微かに聞こえる寝息は穏やかで、聞いているとまるで小鳥がさえずるみたいに心地いい。肩が呼吸に合わせてゆっくりと上下している様子を見ていると、彼女がこの部屋の空気そのものを支配しているような、そんな不思議な感覚に包まれる。
気づけば俺は彼女の布団のそばにいた。眠るフィリアの顔をそっと覗き込むと、長い睫毛が月の光で繊細な影を落としていて、口元にはほんのり微笑みが浮かんでいる。どんな夢を見ているのか気になって、思わず声をかけそうになったけど、ぐっとその衝動を抑えた。
それでもどうしても触れたくなって、そっと手を伸ばす。指先が銀髪に触れると、さらさらとした感触が心に伝わってきた。その髪を静かに指で梳いていると、胸のざわざわした気持ちが少しずつ静まっていくのがわかった。
──これが彼女の力なのか? それとも、ただの俺の気のせいか?
そんな疑問が頭をよぎるが、答えは出ない。ただ確かなのは、こうして彼女がここにいるだけで、俺の心が救われているということだった。
だが、その安心感に続いて、別の感情が湧き上がる。
「あと一週間──。」
夏の日々、そしてフィリアと過ごせる時間が、もう残りわずかだ。そう思うだけで胸がぎゅっと締め付けられて、息苦しくなるような感情がこみ上げてくる。
俺はそっとフィリアの銀髪に手を伸ばし、もう一度だけ撫でた。そのさらさらとした感触は儚くて、まるで指の間からこぼれ落ちてしまう砂みたいだ。隣ではフィリアが幸せそうに寝息を立てていて、その穏やかなリズムがかえって俺の心をざわつかせる。
ふと、フィリアが寝返りを打ち、小さな声で口を開いた。
「ユ、ユウトさん…」
えっ──!?
その声を聞いた瞬間、心臓が爆発しそうになる。夜の静寂がより一層際立つ中、彼女の寝言が俺の耳にくっきりと残り、頭の中が一瞬で真っ白になった。動揺しすぎて、手がビクッと跳ねるほどだった。
俺を呼んでる…夢の中で?それともただの偶然?どうしても確かめたくなるけど、起こしてしまうのは気が引けて、ただじっと彼女の寝顔を見つめるしかできない。
布団に戻って目を閉じようとするけれど、今の寝言が耳から離れない。ドキドキとうるさく響く心臓の音が、自分の鼓膜にさえ届くような気がして、到底眠れるはずなんてなかった。
夏の日々が、フィリアと過ごす時間が終わりに近づいている──その現実と彼女の寝言が、俺の胸の中で交差して、どうしようもない切なさと戸惑いを生み出していた。