恐怖に絡めとられながら肝試し会場の中を進んでいると、フィリアがふと口を開いた。
「どうお伝えすればいいのか難しいのですが、マナが歪んでいますの。私たちの世界で言うゴーストかどうかはわかりませんが、何か強い悪意を感じます。」
その言葉が耳元に囁かれると、普段なら赤面してしまうところだが、今はそれどころじゃない。彼女の言葉の重みと、冷たい吐息が恐怖を引き立て、背筋が凍る思いだった。
「な、何だよそれ…ゴーストとか、本当にいるのか?」
声を震わせながら問うと、フィリアは少し俯きながら低い声で続けた。
「確証はありませんが…少し調べさせてくださいませ。本当に何かいるようでしたら、光の魔法で浄化を試みます。」
彼女はふと顔を上げ、申し訳なさそうに付け加えた。
「ただ、異世界のことはユウトさんと私だけの秘密…という約束でしたから、カナさんには気付かれないようにしていただけると助かります。」
胸の中で嫌な予感が膨らむが、ここで断る選択肢はない。俺は必死に理由を考え、夏菜に向き直った。
「カナ、ちょっと先の部屋まで一緒に行ってくれないか?フィリアがここを見て回りたいみたいだけど…俺にはちょっと怖くてさ。」
夏菜は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに肩をすくめて答えた。
「もー仕方ないわね。一緒に行ってあげるわよ。」
夏菜と一緒に次の部屋へ移動した瞬間、扉が音もなく閉まり、フィリアのいる部屋が突然眩い光に包まれた。その光と共に、奇妙な声が響く。悲鳴のようでもあり、救いを求める声のようでもある音が廊下全体に反響し、鳥肌が立つ。
「おもしろい演出ねー!」
夏菜は楽しげに振り返るが、俺は扉を乱暴に開けてフィリアの元へ駆け戻った。彼女は静かに立ち尽くし、何事もなかったかのように俺を見つめている。
「ほ、本当に何かいたのか…?」
恐る恐る尋ねる俺に、フィリアは小さく微笑んで答えた。
「ひ、秘密です…。」
その一言が妙に不気味な余韻を残し、俺は気づけば隣の夏菜の手をぎゅっと握りしめていた。
「ちょ、ちょっと悠斗、どうしたのよ!」
驚いた夏菜が声を上げるが、俺は慌てて言い訳を並べた。
「いや、その…なんとなくだ。早く肝試し終わらせようぜ!」
急ぎ足で廊下を進む俺たち。出口が見えてきた頃、夏菜が不機嫌そうに口を開いた。
「ちょ、ちょっとさ。急に手を繋ぐなんて、どういうつもりよ。」
「悪い、反射的に…。」
照れ隠しに頭を掻く俺を見て、夏菜はふくれっ面を作るが、すぐに視線をそらしながら小さな声で呟いた。
「ぜ、全然悪くないんだけど…。」
「え、今なんか言ったか?」
俺が聞き返すと、夏菜は顔を赤くしながら後ろを振り返り、話題を変えた。
「あ、フィリアちゃんも追いついたじゃん!もー、女の子を置いてけぼりにするなんて最低ね!ほんとにこういうの弱いんだから、悠斗はさ!」
「お前だって少しは怖かっただろ?」
つい意地を張るように言う俺に、夏菜はニヤッと笑みを浮かべた。
「えー?私は全然平気だったけど?むしろ、悠斗が手を握ってくれてちょっとドキドキしちゃったかも?」
「ば、バカ!」
思わず声を荒げた俺を見て、夏菜は勝ち誇ったように笑った。その横で、フィリアがそっと俺の袖を引っ張り、小声で囁く。
「悠斗さん、カナさんと仲良しで…本当によかったですの。」
フィリアの言葉に、一瞬息が詰まる。何か返そうと考えたが、うまい言葉が見つからず、結局曖昧に笑うしかなかった。
「さ、さあ、次に行こうぜ!出口はもうすぐだ。」
前方には「ゴール」と大きく書かれた看板が見えている。これ以上、肝試しの不気味な雰囲気を味わうのはごめんだ。俺は早く外の空気を吸いたい一心で、足を速めた。