肝試しの会場となった古びた空きビルを目の前に、俺は無意識に足を止めていた。正直、肝試しなんて子供だましの演出だろうと高をくくっていたけど、この建物が放つ異様な空気は予想以上だった。
入口に立てかけられた看板には、妙にリアルな説明文が書かれている。
「この建物は戦時中、臨時病院として使用され、多くの兵士が命を落としました。その後、住む者や利用者は例外なく奇妙な現象に悩まされ…」
おいおい、なんで肝試しの前にこんなことを読ませるんだよ。
作り話だと思いたいが、記述がやけに生々しくて「ただの空きビル」だと信じ込むのは難しい。テナントが次々撤退した理由や、不気味な声の噂話まで事細かに並べられていて、読めば読むほど足がすくむ。
「そ、そんなわけないだろ…夏菜の弟だって、こんなの気にせず突っ込んだんだし。作り話だ、そうに決まってる。」
そう自分に言い聞かせても、背中を伝う冷や汗は止まらない。
「悠斗、置いてくわよ!」
振り返ると、腕を組んで不満げに睨む夏菜が立っている。その後ろには、不安そうな顔のフィリアがじっと俺を見つめていた。
「わ、分かったよ!今行く!」
慌てて二人に駆け寄るが、入口に近づくほど背筋に寒気が走る。風もないのに蝋燭の明かりが揺れ、壁に映る影が不気味に踊っていた。
心臓の鼓動を押し殺しながら、俺は夏菜たちの後を追ってビルの中へ足を踏み入れる。
中は外とは別世界だった。肌に感じるひんやりとした空気、薄暗い廊下、ぼんやり揺れる蝋燭の明かり。全てが不気味だった。
「…怖くない、怖くない。」
心の中で何度もそう呟くが、その声は闇に吸い込まれるように消えていく。
「なにブツブツ言ってんのよ。早くしなさい!」
夏菜が振り返って急かしてくる。余裕たっぷりな表情に少し腹が立つが、足を止める理由を探している自分が情けない。
フィリアがそっと俺のそばに寄り、小さな声で囁いた。
「ユウトさん、この場所…ただの廃墟ではない気がしますの。」
「ただの廃墟じゃないって…?」
フィリアの不安げな瞳に言葉が詰まる。異世界から来た彼女がそう言うと、不気味さが一気に現実味を帯びる。
廊下を進むほど、不気味さはさらに増していく。錆びた手術台、朽ちた医療器具、崩れた壁の隙間から覗く影。全てが、この場所が普通ではないことを否応なく感じさせた。
「そういえば、ここって亡くなった兵士がたくさんいた場所で、その後も怪現象が起きてるんだって。」
夏菜が楽しげに言う声が、異様な空気に反響する。
「おい、それ言うなよ!」
俺は思わず声を荒げるが、夏菜は気にする様子もなく歩き続ける。
その時、廊下の奥から金属を引きずるような音が響いた。
「…今の音、聞こえたか?」
声が震えるのを抑えきれずに聞くと、夏菜は鼻で笑って返す。
「演出でしょ。ほら、早く来なさい。」
だが、フィリアの表情が急に険しくなり、その小さな手が俺の袖を掴んだ。彼女の囁き声は静かで冷たく、空気が凍りつくようだった。
「ユウトさん、本当に…何かがいる気がしますの…」
やめてくれよ、フィリア。そんなこと言われたら、ますます帰りたくなるじゃないか。俺は心臓がバクバクするのを必死に抑えながら、その場で立ち尽くしていた。