フィリアが帰るまで、あと8日。
火曜日の夕方。
本当に肝試しに行かなくちゃいけないのか…。何とかして断る理由を探しつつも、フィリアの輝いた目を思い出すと、どうしても「やっぱり行かない」とは言えない。そんなことを考えているうちに時計は夜七時を指し、ばあちゃんと番台を交代して、フィリアと一緒に街で開かれる肝試し大会へ向かうことになった。
今日のフィリアには俺のお古を着てもらった。肝試しで転んで前に買った可愛い服を汚しちゃったらもったいないし、それに麦わら帽子をかぶった彼女の姿は、虫捕り網を持たせたら夏休みにカブトムシを取りに行く少年そのものだった。
会場は地元でも噂の古い空きビル。昼間に見ても不気味だが、夜になるとその雰囲気はさらに際立つ。入口の薄暗さに思わず足を止めたその時――
「悠斗がなんで来てるの!?」
突然背後から声が響き、驚いて振り返ると、仁王立ちで睨む夏菜がそこにいた。ラフなTシャツにショートパンツ、スニーカーといういかにも動きやすい格好で、完全に肝試しを駆け抜ける気満々だ。その姿は夏菜らしいけど、頬が赤いのは暗がりのせいか、それとも別の理由なのか。
「わ、私は弟が急に行きたいって言うから仕方なく連れてきたのに、あいつ、一人で飛び込んでさっさと終わらせて帰っちゃうし!」
夏菜は一気にまくし立てると、腕を組んで俺を鋭く睨む。
「残されたアタシは一人ぼっちで入るか迷ってたのに!なんで悠斗はフィリアちゃんと一緒にいるのよ!」
隣のフィリアが小さく肩を縮め、申し訳なさそうに言う。
「お、おばあさまから、ユウトさんが私をお連れするように言われまして…。申し訳ありません。」
その言葉に夏菜は少し表情を緩めたものの、まだ納得がいかない様子で「そ、それなら仕方ないかな…」と呟いた。けれど、その目には釈然としない色が残っている。
「む、無理して入らなくてもいいんじゃない?フィリアも幽霊とか苦手そうだし…」
俺は何とか引き返す口実を探しつつフィリアの顔をチラリと見る。だが、その言葉を聞いた夏菜が鋭く突っ込んできた。
「それ、あんたが言う?」
その一言が的を射ていて、俺は言葉に詰まった。視線を泳がせる俺に、フィリアが申し訳なさそうに小声で話しかけてきた。
「ユウトさん、ゴ、ゴーストが苦手なのですね…。ごめんなさいですわ、私のせいで…」
「いやいや、そんなことない!」
慌てて否定する俺を見て、夏菜がため息をつきながら肩の力を抜く。そして少し視線をそらしてから、勢いよく言葉を続けた。
「じゃあ、一緒に入ろ!」
「え、ちょっと待って──」
「何よ!あんた一人じゃ怖いんでしょ!かといってアタシと二人だけじゃフィリアちゃんが一人になるでしょ。だから三人で行くの!」
夏菜の押しの強い言葉に、俺はすっかり飲み込まれてしまった。反論しようと口を開きかけたが、結局何も言えない。
「えええええ!」
情けない声を漏らす俺をよそに、夏菜は意気揚々と肝試し会場の入口へ向かって歩き出す。その背中には一切の迷いがなかった。
「わ、わかりましたわ…」
フィリアもおずおずと後を追う。申し訳なさそうに振り返る彼女に、俺は「大丈夫」と無言でうなずくしかなかった。
「ほら、早くついてきなさいよ!」
夏菜が振り返り手招きする。その声に逆らう気力はもうどこにもない。幽霊なんかより今の夏菜の方が何倍も怖い──そんな考えが頭をよぎった。
仕方なく足を踏み出すと、背中にじっとりと汗がにじむ。夏菜のプレッシャーなのか、空きビルの不気味な雰囲気のせいなのか分からないけれど、覚悟を決めて二人の後を追った。