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(69)エルフと評価

ふと横を見ると、フィリアがデッキブラシを抱えたまま、じっとこちらを見つめていた。彼女の大きな瞳には、ほんの少し不安げな光が宿り、それでもどこか気遣うような優しさがにじんでいる。


「ユウトさん…大丈夫ですの?お顔が少し赤くなっておりますわ。」


その柔らかな声に、思わず心臓が跳ねる。そんなに顔に出ていたのか。慌てて平静を装おうとするが、どこかぎこちなくなっているのが自分でも分かった。


「ああ、大丈夫。ただちょっと…頭を使うやり取りがあってさ。疲れただけだよ。」


フィリアは安心したように目を輝かせ、にっこり微笑んだ。


「まあ、もし何かお手伝いできることがあれば、どうぞおっしゃってくださいませ!」


そのまっすぐな笑顔が、さっきまでの夏菜との駆け引きで感じた疲労感をほんの少しだけ和らげてくれる。無邪気で純粋な彼女の言葉に、肩の力が少し抜ける気がした。


「ありがとう。でも、大丈夫だよ。ちょっとしたことだから。」そう言いながら、俺は軽く目礼してスマホに目を戻した。


その瞬間、通知音がまた鳴る。画面に表示されたのは、案の定、夏菜からのメッセージだった。


「決めた!当日は浴衣で来て!埋め合わせはそれでいいわよ!」


浴衣…?思わず眉をひそめる。いつもは動きやすい服装で気楽に参加している花火大会に、わざわざ浴衣で行けと言うのか。しかも、あの人混みの中で。だが、夏菜のこの手の要求を断るのは容易じゃない。いや、むしろ不可能に近い。


「浴衣…それだけでいいんだな?」と返信を送ると、すぐに既読がつき、また返事が返ってきた。


「いいけど、ちゃんと似合う浴衣を選んで着て来てね!それで評価が変わるんだから♪」


評価ってなんだよ…。その一言に肩の力が抜け、苦笑が漏れた。夏菜とのやり取りはいつもこうだ。シンプルな話を複雑にしてしまうのが得意技とでもいうべきか。


スマホをポケットにしまい、ふとフィリアに目を向けると、彼女はまだ掃除を続けていた。腰を少し曲げて、デッキブラシを一心不乱に動かしている。その無邪気で一生懸命な姿が、なんとも微笑ましく、見ているだけでふっと気が緩むのを感じた。


「フィリア、もうそれくらいでいいよ。ありがとうな。」


そう声をかけると、彼女は動きを止めて顔を上げ、少し照れくさそうに微笑んだ。


「はい、ありがとうございます。でも、もっとお手伝いをさせていただきたいですわ!ユウトさんは本当に頑張っていらっしゃいますもの。」


そのまっすぐな言葉に、不思議と胸が温かくなった。花火大会の準備や夏菜とのやり取りに振り回される日々の中、こんなふうに純粋な言葉を向けられると、どうしても心が動かされてしまう。


夏菜とフィリア――全く正反対の二人に挟まれたこの奇妙な日常は、まだまだ波乱が続きそうだ。それでも、その日常の中に、少しずつ何か特別なものが芽生え始めている気がしてならなかった。

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