フィリアが帰るまで、あと11日。
日曜の朝、カレンダーをぼんやり眺めていたら、来週の夜が花火大会だと改めて気づいた。昨夜に夏菜に怒られたばかりだし、プランをしっかり詰めておかないと、また何か言われるのが目に見えてる。そう思いながら、俺はいつものように銭湯の掃除を始めた。
花火大会の会場は西の海辺にある港。混雑するのは避けられないだろう。自転車で行くのは論外。駐輪場所がないし、人混みでぶつかる危険もある。車で送ってもらうのも考えたが、港周辺の渋滞は酷いと聞いている。現実的には電車が一番だろう。徒歩で市駅まで行き、そこから港駅へ向かう。それが一番スムーズだ。
ただ、問題は夏菜の家の位置だ。街には二つ駅があり、西の市駅と東の美駅。夏菜の家は美駅寄りで、銭湯は市駅寄り。少し遠回りをさせることになるけど、まあ納得してくれるはずだよな…と、掃除をしながら考えていた。
ふと視界の端にフィリアの姿が映る。デッキブラシを握って一生懸命磨いている。よく見ると、「うんしょ、よいしょ」と小さな声で掛け声をつけているようだ。その健気な姿が微笑ましくて、つい笑ってしまう。汚れが落ちているかは正直怪しいけど、その一生懸命さが可愛くて、何だか癒される。
掃除を終えると、ふと気になってスマホで満月の日を調べた。すると、花火大会の三日後が満月だとわかった。フィリアが帰る日が近づいていることを、改めて突きつけられた気分だ。残りの日々を無理なく、できるだけ楽しく過ごしてほしい――そんな思いが胸をよぎる。
掃除の後、花火大会のプランについて夏菜にメッセージを送ることにした。
「市駅集合にしないか?」
送信して少しすると、返事が来た。
「銭湯に集合して、そっから市駅に三人で歩いて行けばいいじゃない?」
正直、銭湯集合は避けたい。ばあちゃんに番台を代わってもらうタイミング次第で遅れるかもしれないし、浴衣姿の夏菜を銭湯前で待たせるのは、周りの視線が気になって落ち着かない。というわけでそれっぽい理由を考える。
「市駅の前ならカフェもあるし、もし俺が遅れてもゆっくりできる場所もあるし、そっちにしないか?」
そう打ち込んで送ると、すぐにまた返信が届いた。
「ふーん。女の子を駅で一人ぼっちで待たせるつもりなの?埋め合わせはあるの?」
画面を見た瞬間、肩の力が抜けた。埋め合わせ、か…。夏菜を納得させるのは本当に大変だ。考えあぐねていると、またスマホが震えた。
「何も言わないってことは、埋め合わせのアイデアないのね?悠斗ってほんとそういうとこあるよね~。」
思わず頭を抱えながら返信を打つ。
「いやいや、ちょっと待てって。埋め合わせ考えてるから!」
送信すると、すぐに既読がつき、また返事が来た。
「じゃあ、具体的に何?」
焦りながら考える。何がいいだろう?とっさに思いついた案を送ってみる。
「例えば、花火大会の帰りに屋台で好きなもの奢るとか…?」
少しして返ってきた返信は、予想通り厳しいものだった。
「甘い!それでチャラになると思ってるわけ?」
額にじっとりと汗が滲む。追い詰められるような感覚の中、必死に次の一手を考える。
「じゃあ、どうすれば納得するんだよ…?」
少し間が空いて、ようやく返信が来た。
「ふふん、考えといてあげる。期待しててね!」
これだ。いつもの夏菜のパターンだ。俺が下手に出ると、彼女が優位に立つ。でも、それを覆すのは至難の業。結局、また彼女のペースに巻き込まれるのだろう――そう思いながら、俺はため息をつき、スマホをテーブルに置いた。