二つ並んだ布団を見た瞬間、スマホ越しの夏菜の目つきが完全に探偵モードに切り替わる。画面越しとはいえ、その鋭い視線に俺は思わず手を振り、全力で弁解した。
「違うって!絶対違うから!」
しかし、夏菜の視線は鋭いままだ。その一方で隣のフィリアは、状況を理解していないのか、きょとんとした顔をしている。
「これ…どういうこと…?『何もない』って言ったよね?」
夏菜の顔が画面いっぱいにアップになり、その目は鬼の形相だ。背中に冷たい汗がじわりと伝うのを感じた。
「ち、違う違う!誤解だって!」
必死に否定しても、夏菜の視線は微動だにしない。むしろ怒りのボルテージが上がっている気がする。
「かわいい女の子と一緒に寝るのが普通なんだ、アンタにとっては?」
低い声に怒気が混じり、俺の背筋が凍りつく。
「いやいや!本当に何もしてないから!フィリアが海外から来てて、一人で寝るのが不安だって言うからだよ!」
焦りながら必死に説明していると、隣でフィリアがきょとんとした顔のまま、あっさりと口を開いた。
「な、何もされておりませんわ…。むしろ、私がユウトさんにして差し上げました…!」
自信満々に話すフィリアの一言が炸裂し、俺は心臓が止まりそうになる。
「…え、何を?」
夏菜の眉間に深いシワが寄り、さらに険しい顔つきになる。そんな状況にも気づかず、フィリアは自分のパジャマの裾を軽くつまみながら、言葉を続けた。
「その…日焼けが痛そうでしたので、タオルで冷やして差し上げたのですわ。」
まるで実演するかのように、裾を持ち上げ始めるフィリア。そこから覗く白い肌とお腹が目に入り、俺は慌てて目をそらしながら声を張り上げた。
「ちょ、ちょっと待て!フィリア、それ以上はやめろ!」
俺の制止もむなしく、スマホに映った夏菜の目が完全に丸くなる。そして次の瞬間、声が一段高くなった。
「はぁ!?やっぱり何かあったんじゃないの!?」
「違う!本当に何もないんだって!誤解だってば!」
俺が必死に手を振りながら弁解するも、夏菜の鋭い目はまったく緩まない。
「じゃあ証拠は?」
「証拠って…そんなのないけど、何もしてないのは本当だ!」
必死の俺に、フィリアが申し訳なさそうに小声でフォローを入れる。
「カナさん、本当にユウトさんは何もされておりませんわ。ただ…私が怖がりなだけで…。」
その素直すぎる言葉に、夏菜の表情が少し和らいだものの、まだ完全には納得していない様子だ。
「ふーん…まあ、フィリアちゃんがそう言うなら、そうなんだろうけどさ。」
少し呆れたような声を出しながらも、次の一言が俺の心臓にさらに負荷をかけてくる。
「でも、何かあったらすぐ言ってよね。それとユウト、絶対フィリアちゃんを泣かせちゃダメだから。」
「わ、わかってるよ!そんなことするわけないだろ!」
俺が声を張り上げると、ようやく夏菜は表情を緩め、軽くため息をついた。
「…ま、いいや。とにかく花火大会の準備だけはちゃんとしてよね。」
そう言って、画面越しに軽く手を振る夏菜。
「わかった、ちゃんとやるから!」
俺が苦笑いしながら返事をすると、夏菜はいつもの明るい調子で言葉を返してきた。
「じゃあまたね!フィリアちゃん、おやすみ!」
「お、おやすみなさいませ!」
フィリアが慌てて頭を下げると、ようやく通話が切れた。俺はスマホを布団の上に置き、大きく息を吐く。
「ふぅ…」
ここまで疲れた通話は初めてだ。台風一過どころか、まだ微妙に風が吹いてる気がする。布団に倒れ込みながら、心の中で夏菜のパワーを思い知る。
隣でフィリアが申し訳なさそうに小さな声を漏らす。
「カナさん、とても素敵な方ですのね…。ユウトさんのことを本当に大切に思っていらっしゃるのが伝わりますわ。」
その無邪気すぎる言葉に、俺は思わず苦笑してしまう。
「そう見えるんなら、まあそれでいいかもな。」
胸の奥で、どうにも言葉にできないモヤモヤが渦巻いていた。次の花火大会まで、平穏無事に過ごせる未来が見えない──いや、絶対に何かが起きる気しかしなかった。