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(64)エルフと灯火

その日の夜、番台はフィリアに任せて、俺はやっと一息ついた。ずっと気になってたことをばあちゃんに話そうと思って、奥の部屋へ向かう。手には、銀さんが作ってくれたサンプルの詳細が書かれた紙。ちょっと緊張しながら切り出した。


「ばあちゃん、相談があるんだけどさ…」

「おやおや、真剣な顔しちゃって。どうしたの?」

ばあちゃんは湯のみを手にしながら椅子に腰を下ろした。


俺は紙を差し出しながら、ミカンラッシーのアイデアと、銀さんのおかげでサンプル作成が進みそうなことを説明した。ばあちゃんは話を聞きながら、目を丸くして驚いている。


「悠斗、ただの思いつきかと思ったら、もう試作の話まで進んでるのかい!」

ばあちゃんが笑うと、なんだかちょっと照れくさい。


(まあ、ほとんど銀さんが助けてくれたんだけどな…)

と、俺は心の中で苦笑いする。そんな俺を見透かしたかのように、ばあちゃんは湯のみを置いて、しみじみと話し始めた。


「何事もね、上手くいくかなんて分からないもんだよ。でも、小さく始めてみること。そこから道が開けるもんさ。」


ばあちゃんの声はどこか遠い過去を思い出しているようだった。俺もつられて静かに耳を傾ける。

「この銭湯だって、最初はね、屋外のドラム缶風呂から始まったんだよ。今じゃそんなことしたら怒られちゃうけどね。」


「…ドラム缶風呂?」

思わず聞き返すと、ばあちゃんは小さく頷いた。


「昔ね、大きな地震があって津波が来たの。当時はもっと海の近くに住んでたから、街は壊滅状態。みんな家も家族も失って、どん底だったね。あの人も…それっきりだった。」


「あの人」って言葉に、一瞬でじいちゃんのことだと分かった。一気に部屋の空気が静かになる。


「地震と津波があったのは12月の終わり頃。本当に寒い時期でね。でも、泣いてばかりもいられなかった。みんなが温まれる場所を作ろうと思って、ドラム缶風呂を始めたんだよ。最初は本当に小さかったけど、人が少しずつ集まって、応援してくれる人も増えてね。そうやって、今の銭湯ができたんだ。」


ばあちゃんは微笑んで肩を軽くすくめた。その笑顔に込められた温かさと重みが胸に響く。


「だからね、悠斗。自分のやることで誰かが少しでも幸せになると思ったら、やってみるといいさ。ただし、最初から大きくやろうとしてはいけないよ。転んだときに痛いからね。小さく、早く。それが大事だよ。」


ばあちゃんが紙に目を落として微笑むのを見て、俺は自然と「ありがとう」と口にしていた。


ばあちゃんの話を聞いて、この銭湯がただの建物じゃないって、改めて思い知った。これはばあちゃんの想いが詰まった場所なんだって。


俺はふと拳を握る。この銭湯を、父さんみたいに放置するわけにはいかない。俺が繋いでいくんだ。


その夜、俺の中で小さな炎のような決意が生まれた。これからの俺を、きっと変えてくれる気がした。

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