銀さんがスマホを操作し始めたと思ったら、それはどうやら電話だったらしい。すぐに相手が応答したようで、銀さんの陽気な声が場に響く。
「いや〜、休日に悪いな!ええやんか、こういう時こそ頼りたいねん。」銀さんの口調は冗談めいているが、どこか本気で物事を動かそうとする熱が感じられる。
「ちょっと相談なんやけどな、みかんラッシーのサンプル、作ってもらえんか?納入時期は…そうやな、商品展開の可能性を夏休みシーズンに探るっちゅうことで、なるはやで頼みたいねん。」
「数?最初は100本くらいでええんちゃうかな。そっから調整すればええしな。」
電話の相手が質問を投げかけてきたようだ。銀さんは一瞬考える仕草を見せたあと、明るい声で答えた。
「売り上げ見込み?いや、そらまだ確証はないで。けどな、こういうのは挑戦して初めて分かるもんやろ?風呂上がりのドリンクとしてはピッタリやと思うし、銭湯のお客さんには響く自信がある。」どこか自信たっぷりな言葉だが、誇張しすぎない現実味があった。
「味のイメージ?優し目の酸味やな。風呂上がりに飲んだら爽やかになるような感じで。観光客にも売れるようのしたいと思っとるから、みかんはもちろん県内産でな。」銀さんの声色が少し真剣さを増した。
「でな、サンプル100本の金額感やけど、これくらいでやってもらえるかな?もちろん、無理に安くせえとは言わんけど、試作品やからコストは抑えたいんや。ラベルやデザインも最低限でええし、瓶も既存の使い回しで構わん。これならそっちも手間が減るやろ?」交渉モードに切り替わった銀さんの言葉は、現実的かつ説得力がある。
「それにな、一回これで試してみて、もし上手くいかんかったら潔く撤退する。でもな、もしヒットしたら次はもっと大きい話になるで?」未来の可能性までちらつかせるあたり、さすが銀さんだ。
電話を切ったあと、銀さんは番台にあったペンと紙を手に取り、さらさらと数字を書き始めた。
「ほら、これや。この金額感と納入時期、んでまず100本、この企業さんがサンプル作ってくれる言うてたで。まぁ、GOしてええかは、あのばあさんに確認とってくれや。」最後に満足げに息をついて、銀さんはにやりと笑った。
その内容を聞いて、俺は思わず声を上げた。
「え、えええええ!?」
驚きを隠せない俺に気づいた銀さんが、ニヤリと笑う。
「ど、どんな仕事してたら、こんなに簡単に進められるんですか?」俺が思わず尋ねると、銀さんは得意げに胸を張った。
「それは秘密や!」そう言いながら、身につけていたシルバーアクセサリーを軽く指で弾き、謎めいたポーズを決める。
「ほら、よく言うやろ。秘密の一つや二つ持っとった方が、怪しさ増して魅力アップや!」その瞬間、まるで銀さんにだけスポットライトが当たったような雰囲気が漂い、俺は吹き出しそうになるのをこらえた。けれど、心の中では感謝していた。銀さんがいなければ、俺一人ではこのアイデアをただの思いつきとして終わらせていただろう。こうして、みかんラッシーの最初の一歩が、確かに踏み出されたのだった。