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(37)エルフと迷路

フィリアが帰るまで、あと18日。土曜日の夕方、俺は番台でため息ばかりついていた。心の奥に重く沈む悩みを抱えながら、先日の盆踊りの夜を思い返している。夏菜とのやり取りは、怒らせたのかそうでもないのか、まったく見当がつかない。それどころか、ビーチに行く予定がそのまま残っていて、さらに花火大会の約束まで追加されている。この矛盾だらけの状況に、俺はどう動けばいいのかさっぱり分からない。


頭の中で同じ迷路をぐるぐると彷徨っていると、視界の端に金髪がふと入ってきた。シルバーアクセサリーをじゃらりとつけた屈強なお兄さんだ。前回は派手なアロハシャツをばっちり着こなしていたけど、今日はサングラスをきっちり決めている。暑さもどこ吹く風とばかりのその余裕っぷりが、なんとも絵になる。俺の中では勝手に「銀さん」と呼んでいる人物だが、その雰囲気がどうにも強烈だ。


「よー、あんちゃん、元気しとるか!」と、いつもの調子で大きな声をかけてくる。その声は銭湯の空気にすっと溶け込み、俺の気分を少しだけ和らげた気がした。


「は…はぁ…まぁ…」と曖昧に返すと、銀さんはじろりと俺を見て、ニヤリと笑う。「おいおい、どこが元気そうやねん。まるで魚の干物みたいやないか!」と、呆れたように頭を軽く撫でてくれる。


苦笑いしながら、「ちょっと、盆踊りで疲れちゃって…」とごまかすように言うと、銀さんは「ふーん」と言いながらも、何かに気付いたかのようにしばらく俺の顔を見つめていた。


「それ、筋肉痛には見えんで。体が弱っとる人の姿勢やない」


と俺を観察する。なんでそんなことまで分かるんだ、銀さん。


「むしろこれは…どっちかっちゅうと、恋愛の迷路に迷い込んだ顔やな!」とニヤリと笑いながら言葉を放つ。


「ち、違いますよ…」と即座に否定するが、その自信のなさに自分でも戸惑いを感じる。フィリアはただ日本の文化や美味しいものに興味を持って楽しんでいるだけで、俺への特別な感情があるわけじゃない。カナも何かにつけて怒ったり拗ねたり、正直、何を考えているのかさっぱり分からない。しかし、銀さんの指摘には妙に心を突かれる部分があり、否定しきれない自分がいた。


銀さんはその様子を見て、いかにも楽しそうに口元を緩め、「悩める子羊っちゅうわけやな…仕方あらへんな、ここはワイが一肌脱がなあかんな!」と勢いよく手をパァンと叩いた。その拍子に、備品の整理をしていたフィリアが驚き、こちらを振り向く。


「銀さん、フィリアをびっくりさせてどうするんですか…」と俺が小声で呆れると、銀さんは「おっと、すまんすまん」と笑いながらも、急に真剣な顔になり、「ユウト、おまえ、ヒアリングっちゅうもん知っとるか?」と問いかける。


これまで、『あんちゃん』と呼んでくれていた銀さんが『ユウト』と呼び出してびっくりする。これは恐らく、銀さんにとって本気に入った証なのだろう。


「ひ、ヒアリングですか?」と聞き返すと、銀さんは胸を張りながら力強く頷いた。「そうや!相手の気持ちがわからん時は、こちらから何も提案せずに、まずは徹底的に質問して話を聞くんや。それが肝心中の肝心や。見とき、今からお手本見せたるで」と、自信満々に言い放つ。


その言葉を聞いて、俺は心の中で(本当に大丈夫なのか…?)と少し不安になりつつも、思わず銀さんの行動に目を奪われた。彼は迷いなくフィリアの方へと向かって歩み寄る。その堂々とした様子に、なんだか妙な期待感が湧いてきて、俺の胸は少し高鳴っていた。


「さて、どんな展開になるんだ…」と内心ドキドキしながら、俺はその場に立ち尽くし、銀さんの動きを見守るしかなかった。

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