夏菜から勢いよく突きつけられた花火大会の誘いに、俺の頭の中は大混乱だった。
(花火大会に二人で行く…これって、もしかしてデートってことか?いや、でも夏菜のことだから単にノリで言ってるだけかもしれない。でも、なんでこんなに動揺してるんだ、俺?)
そんな考えが堂々巡りしている中、気づいたら言葉が口をついて出ていた。
「え、え…それってどういう…?」
俺の恐る恐るの問いかけに、夏菜は一瞬だけ驚いたような顔をした。でも、すぐに視線を横に逸らして、少し慌てたような声で言い放つ。
「ふ、二人で行くわけないでしょ!ほんと、勘違いしないでよね!」
言葉に勢いがあるわりに、顔が微妙に赤いのは気のせいじゃないはずだ。そして、少し間を置いてから夏菜が言葉を続ける。
「もちろんフィリアちゃんも誘うに決まってるじゃない!ね、フィリアちゃんも花火大会行きたいでしょ?」突然話を振られたフィリアは、目を丸くして驚いた様子だった。でも、控えめに頷きながら小さな声で答える。
「は、はい…ぜひ…!」その返事を聞いた夏菜は、勢いよく手を叩いて満足そうに頷く。
「よし、決まり!絶対三人で行くからね!」そう言い切ると、夏菜は「じゃ、水曜日にメッセージでビーチの予定も決めるから!」と告げて、人混みの中に勢いよく消えていった。
残された俺とフィリア。夏菜の元気な去り際をぼんやり見送るしかなかった。
「やっぱり夏菜だな…」そう呟きながら、俺は苦笑いを浮かべた。その時、隣にいたフィリアが控えめに声をかけてきた。
「あの…ユウトさん、もし私がいることでカナさんとのご予定にご迷惑をおかけするなら、花火大会は遠慮いたしますが…」うつむきながら申し訳なさそうに話すフィリア。その姿がなんだか儚げで、俺は慌てて首を振った。
「そんなことないよ!夏菜だってフィリアと一緒に行きたいって言ってたし、全然気にしなくていいから。」俺が笑ってそう言うと、フィリアはほっとしたように柔らかく微笑んだ。その表情が妙に胸に刺さる。
気まずい雰囲気を変えようと、俺は屋台の方を指差して話題を変える。
「せっかくだし、屋台でも回ろうか。お腹空いてない?」俺の言葉に、フィリアは一瞬だけ驚いたように俺を見上げ、それから控えめに頷いた。
「あ、はい…ぜひ。」その返事に安心して、俺は近くのカステラボールの屋台を指差した。
「あそこ、どう?甘い匂いがめちゃくちゃいい感じだろ。」フィリアは少し遠慮がちに屋台を見つめると、俺の提案に頷いて袋を受け取る。
湯気が立ち上るカステラボールを一つ摘み、恐る恐る口元に運ぶフィリア。小さく一口かじると、その表情がふわりとほころんだ。
「…とっても美味しいです。」控えめな笑顔と、嬉しそうに輝く瞳。その姿を見て、俺も自然と笑みがこぼれる。
「カステラボールって、こういう時じゃないと食べないけど、やっぱり癒されるよな。」俺がそう話しかけると、フィリアは小さく頷きながらもう一口頬張る。その動作がどこかぎこちなくて、でもひたむきで。まるで小さな幸せを一つずつ確認しているように見える。
「こういう食べ物は…私の世界にはありませんでした。でも、こうして食べると…なんだか、安心します。」その言葉を聞いて、俺の胸の中が温かくなる。
「そっか。フィリアがそう思ってくれるなら、もっといろんなの食べてみような。」そう言うと、フィリアは少し驚いたように俺を見た後、ふわりと微笑んだ。その笑顔はどこか儚げだけど、同時に強さも感じさせた。
屋台を回りながら、俺たちは他愛もない話を続けた。でも、フィリアが見せる柔らかな笑顔と、小さな声で喜びを伝えるその様子が、夏の夜を特別なものに変えていくのを感じた。
「花火大会、楽しみだな。」ふと口にした俺の言葉に、フィリアは「はい…楽しみですわ」と控えめに笑った。その言葉が、胸の奥で小さく響いた。
銭湯に戻ると、ばあちゃんが笑顔で待っていてくれた。俺は感謝を伝え、一風呂浴びた後、疲れた体を布団に沈めた。目を閉じると、浮かんでくるのはフィリアと夏菜の笑顔。それから、三人で花火を見上げる光景だった。まるで、次の花火大会の予行演習みたいな夢だな…そんなことを思いながら、俺は深い眠りに落ちていった。