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(35)エルフと仁王

背後から聞き慣れた元気な声が響いた。振り返ると、そこには浴衣姿の夏菜が仁王立ちしていた。普段のボーイッシュな彼女とは打って変わって、どこか柔らかく、少し大人っぽい雰囲気がある。白地に青と紫の朝顔が描かれた浴衣が夏の夜空にぴったりで、黄色い帯がアクセントになっている。その帯に付いた揺れるリボンが妙に目を引いて、視線をそらせない。


茶色い髪は軽くまとめられ、青い髪飾りが風に揺れて涼しげだ。街灯の下でその髪がほんのり光り、まるで天使の輪ができたみたいだ。そんな姿に思わず見惚れてしまい、俺は言葉を失ったままだった。


「何、じーっと見てるのよ!」夏菜がジトッとした視線を俺に向ける。慌てて顔を逸らしつつ、口を開いた。


「な、夏菜…?浴衣、すごく似合ってるな。」ようやく絞り出した言葉に、夏菜は一瞬驚いたような顔をした。それから、ほんのりと頬を赤らめる。いや、それがまた妙に可愛くて、俺は焦ってさらに視線を泳がせる。


「似合ってるなんて当たり前でしょ!」夏菜は照れ隠しのようにそっぽを向きながら、少し強気に返す。でも、その言葉とは裏腹に、浴衣の裾をほんの少し気にする仕草が見え隠れしていて、普段の彼女にはない可愛さを感じてしまう。


「で、なんでアタシを誘ってくれなかったの?」

夏菜が腕を組み、拗ねたような声で問いかけてくる。


「えっ、それは…」言葉を詰まらせた俺に、夏菜はじりじりと詰め寄る。


「なんでって聞いてるんだけど?」鋭い視線に追い詰められ、俺は仕方なく言い訳を並べた。


「いや、その…ばあちゃんが急に代わるって言い出して、昨日決まったんだよ。それでバタバタしてて…」それでも夏菜の視線は容赦なく、俺の言葉を簡単には受け入れそうにない。


「連絡ぐらいできたでしょ?スマホ、飾りなわけ?」あっさりと切り返され、俺はさらにしどろもどろになる。


「そ、その…フィリアに夏らしいものを見せてやりたくて、そればっかり考えてて…」本音がぽろりと出てしまった。


夏菜は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにため息をついて呆れたように肩をすくめた。


「…まあ、いいけど。でも次はちゃんと誘ってよね!」ちょっとムッとした顔で言い放ちながらも、その声にはどこか優しさが混ざっていた。


「わ、分かったよ。」俺が素直に頷くと、夏菜はふいっと視線を逸らした。そして、小声で付け加える。


「今日は家族と来てるから、一緒に回れないけど…ば、挽回のチャンスをあげるわ。」その言葉とともに、夏菜が俺に指を突きつける。勢いよく、そして自信満々なその仕草に、俺は目を見開いた。


「次の花火大会、絶対一緒に行くからね!」その力強い宣言に、俺は思わず頷いてしまう。だが、その直後に自分の言葉に驚き、頭の中が一気に混乱する。夏菜の強引な言葉と、その真っ直ぐな瞳に、俺は完全に翻弄されていた。

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