神社の境内に足を踏み入れると、提灯の柔らかな光が揺らめき、夜の闇を幻想的に照らしていた。リズミカルな太鼓の音が響き、盆踊りはすでに始まっている。輪になって踊る人々の顔は笑顔で溢れ、思い思いの自由な動きで楽しんでいるのが印象的だった。
「ユウトさん…これが盆踊りなのですね。」フィリアが足を止め、目を輝かせながら踊りの輪を見つめる。その瞳に宿る好奇心が純粋で、俺は自然と得意げに説明を始めた。
「ああ、これが日本の伝統的な踊りの一つだよ。夏になると、こうやってみんなで輪になって踊るんだ。動きは簡単だから、見よう見まねで誰でも参加できるんだ。」
「輪になって踊る…皆様、とても楽しそうですわね。」フィリアは頬に手を添え、まるで宝物を見るような瞳で踊り手たちを見つめている。その純粋な反応に、俺は嬉しさを感じながらも、提灯の明かりが映す彼女の横顔に見惚れてしまった。
「フィリアも、やってみるか?」思わずそう提案してしまうと、彼女は驚いたようにこちらを振り向いた。
「わ、私はその…世界樹に捧げる舞いぐらいしか踊ったことがなくて…」フィリアは恥ずかしそうに視線を落とし、言葉を続ける。世界樹に捧げる舞い…その響きだけでどれほど荘厳なものか想像がついて、なんだか俺が誘った盆踊りが急に場違いなものに思えてしまった。
「そっか。でも、無理に真似しなくてもいいんだよ。」俺は少し考えて、慌ててフォローを入れた。
「フィリアにはフィリアらしい踊りがあるんだから、それを誇ればいいさ。盆踊りだって、きっと好きに踊ればいいんだと思うよ。」
フィリアは一瞬考え込むように視線を落とし、それから小さく頷いた。「そう…ですわね。少しだけなら…挑戦してみたいです。」
そのはにかんだ微笑みに、俺の胸が温かくなる。
「た、ただ、やっぱり恥ずかしいので、ユウトさん、近くで見守っていてくださいますか?」フィリアが少し赤くなりながらそう言うと、俺は驚きつつも慌てて頷いた。
「も、もちろん!ちゃんと見守るよ!」声が少し上ずった気がするけど、フィリアは気づいていないみたいでホッとする。
「そ、それでは……」フィリアは小さく息を吸い込むと、ゆっくりと踊りの輪がある会場の端に向かって歩き出した。その歩みは慎重でありながら、どこか品があり、見ている俺まで背筋が伸びるようだった。そして輪の近くに立つと、そっと扇子を広げた。
彼女が動き始めると、それは俺たちが見慣れた盆踊りとは全く違うものだった。動きはゆったりとしているのに、どこか一つ一つが意味を持っているようで、まるでその場に語りかけているように見えた。扇子を軽く一振りするたびに、風が生まれたような涼しさを感じる。そのたび、周りの空気が少しずつ凛としていくのがわかる。
ゆるやかに扇子が空を切るたび、その動きに目を奪われてしまう。風の流れまで彼女の動きに合わせているように感じられて、そこから目を離すことなんてできなかった。彼女の舞には、ただ踊っているだけではない何かがあった。それは美しさとか凄さとか、そんな簡単な言葉だけでは言い表せない、何か大切なものを伝えているような、不思議な力があった。
ふと、近くにいた子供の声が聞こえてきた。「おかあさん、あれ見て、きれ~い…」
気がつけば、フィリアの周りには小さな人だかりができていた。子供から大人まで、みんなが彼女の舞に見入っている。やがてフィリアが舞を終え、静かに一礼をすると、会場全体から温かな拍手が湧き起こった。驚いたように顔を赤らめた彼女は、少し緊張した表情で「ありがとう…ございます…」と小さく頭を下げ、拍手を送る人々に答えていた。
その後、照れくさそうに俺の方に戻ってきたフィリアの顔には、少し誇らしげな表情が浮かんでいる。
「び、びっくりしましたわ…こんなに注目されるとは思っていなかったですの…」フィリアが恥ずかしそうに呟く。その横顔が、提灯の柔らかな光に照らされて、まるで夢の中から抜け出してきたみたいに綺麗だ。俺は思わずその姿に見入ってしまい、言葉が出てこなかった。
「ユウトさん?」不思議そうに首をかしげる彼女に、俺は慌てて視線をそらす。
「あ、いや…すごく似合ってたよ。ほんと、びっくりした。」俺はなんとか声を絞り出しながら、取り繕うように答える。フィリアはそんな俺を見て、ふわっと笑った。その笑顔が、なんだか無敵すぎて、胸がドキドキして止まらない。いや、これじゃ冷静でいられるはずがないだろ!
そんな俺の内心を吹き飛ばすように、突然、明るい声が響き渡った。
「びっくりしたのはこっちよ!」
反射的に振り向くと、腕組みして仁王立ちしてる夏菜が目に入った。その目がギラッと俺をロックオンしてきて、嫌な予感が全力で押し寄せてくる。うわ、これ絶対また面倒なことになる…!