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(33)エルフと神様

やがて時計の針が19時を指し、俺たちはばあちゃんに見送られて銭湯を後にした。今夜の目的地は近所の神社。提灯が灯り始めたその境内で行われる納涼盆踊りだ。浴衣姿のフィリアと並んで歩くこの時間が、普段とは違う特別な感じがして、少し緊張してしまう。


「ユウトさん、これが…お祭りに向かうというものなのですね?」 フィリアが足元を気にしながら、浴衣の裾を軽くつまみ、俺に尋ねてきた。


「ああ、そうだよ。日本では夏になると、こんな風にお祭りが開かれるんだ。屋台が出たり、盆踊りがあったり、みんなで夏を楽しむイベントだな。」


「屋台…?それは何ですの?」 彼女が首をかしげる様子がなんとも可愛らしい。


「あーっと…屋台っていうのは、簡単に言うと、いろんな食べ物とか遊び道具を売ってるお店みたいなものだよ。射的とか金魚すくいとか…あ、金魚すくいは説明が難しいけど、やってみたらきっとわかるさ。」


「金魚…すくい?魚をすくうんですの?」フィリアの目がきらきらと輝き始める。次の言葉を聞く前から嫌な予感がしたが、その通りだった。


「それは…ユウトさんがまた、美味しく料理されますの?」俺を見上げる無邪気な笑顔に、つい吹き出してしまいそうになる。


「いやいやいや!違う違う!食べないから!金魚すくいは遊びなんだよ。すくった金魚は連れて帰るだけで、料理とかしないから!」


全力で否定すると、フィリアは「あら、そうなんですの?」と、少し残念そうな顔をした。いや、食べる気だったのか…。


「屋台も面白いけど、やっぱり盆踊りがメインだから、先にそれを見てみようか。」

気を取り直して話題を変えると、フィリアは「そうですわね」と素直に頷いた。その純粋な反応に、俺も自然と笑顔になる。


話をしながら歩いているうちに、提灯の光がだんだん近づいてきた。神社の鳥居が見えてくると、フィリアはふと足を止めた。そして、静かに鳥居を見上げる。その横顔には、どこか神秘的な雰囲気が漂っていて、思わず息を飲んでしまう。


「ユウトさん…これが神社、なんですね。」 フィリアの声はいつになく静かで、どこか畏敬の念を感じさせるものだった。


「ああ、これが神社の入り口、鳥居って言うんだ。ここをくぐることで、神様の領域に入るっていう意味があるんだよ。」


「神様の…領域。」フィリアは鳥居を見上げながら、何かを考えているようだった。やがて、俺の方を振り向き、小さな声で尋ねてきた。


「この間、ユウトさんが神社について教えてくださった時に…やおよろず、とおっしゃいましたよね。この世界には本当にたくさんの神様がいらっしゃるんですね。神様の前で踊るなんて、特別な気持ちがしますわ。」


俺は少し驚きつつ、頷いた。 「そうだな。日本では昔から、山や川、家の中にまで神様がいるって信じられてる。だから神社も多いし、神様の数も多いんだ。」


「私の世界でも、国や種族ごとにそれぞれ異なる神様が祀られておりますの。隣の大陸にあるルーチェリアという国では、光の女神様を信仰していると聞きましたわ。どちらの世界でも、たくさんの神様がいらっしゃるなんて…本当に素敵なことですわね。」


フィリアの言葉に、俺は改めて彼女が異世界から来た存在であることを実感した。俺たちが普段当たり前だと思っていることも、彼女にとっては新鮮で、どこか特別なものに映っているのかもしれない。


「そっか。フィリアの世界でも神様の信仰がいろいろあるんだな。なんだか似てる部分も多いんだな、俺たちの世界と。」


フィリアは嬉しそうに微笑んで頷く。その笑顔を見ていると、なぜだか胸が温かくなるような気がした。


「じゃあ、行こうか。」俺は鳥居を指差しながら言った。


「はい、よろしくお願いしますわ。」フィリアは軽く浴衣の裾をつまみながら、小さな足で一歩を踏み出した。


鳥居をくぐり、灯りが照らす参道を二人で歩く。その間も、フィリアは時折立ち止まっては神社の景色に目を奪われている。俺はそのたびに足を止めて、彼女が満足するまで待っていた。


話しながら歩くこの時間が、何よりも特別で愛おしく思えた。やがて境内が近づき、提灯の明かりが一層眩しく輝き始めた。

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