フィリアが帰るまで、あと19日。金曜日の昼下がり、今日は銭湯の営業準備を俺に任せて、フィリアはばあちゃんと一緒に浴衣に着替えることになった。夕方の部が終わってから着替えると時間がギリギリになるからって、先に浴衣に着替えてもらうことにしたらしい。
朝からフィリアに耳の上にオルを巻いてもらい、その上にいつもの麦わら帽子をかぶらせておいたのは正解だった。ばあちゃんが浴衣を着せる時に、もし耳を見られたら…と不安だったけど、これで一安心だ。
銭湯の掃除をしながら、フィリアとばあちゃんがどんな風に着替えてるんだろう…なんて考えてしまう。いや、待て待て、何を想像してるんだ俺は!頭を振って余計な妄想を振り払おうとしたその瞬間、背後からフィリアの声が聞こえた。
「ユ、ユウトさん…」
振り返ると、そこに立っていたのは藍色の浴衣を着たフィリアだった。その瞬間、思わず息を呑んだ。銀髪は銭湯の柔らかな照明を浴びて、まるで月明かりをまとったみたいにふわりと輝いている。その下でエメラルドグリーンの瞳がそっとこちらを見上げていて、浴衣の藍色と絶妙に合ってるもんだから、言葉を忘れるくらい綺麗だった。
麦わら帽子を深くかぶった姿は、普通なら「え、それ合わせるの?」って思いそうなところだけど、不思議とフィリアだと違和感がない。それどころか、彼女が着こなすと浴衣と帽子がまるでずっとセットだったみたいに自然に見えて、なんだかすごく特別な感じがする。
その姿をじっと見ていると、夏の風がそよそよと吹いて、浴衣の裾が少し揺れた。普段のフィリアの純粋さはそのままで、どこか新しい一面を見た気がして、胸がドキドキする。
「ど、どうですか…?」フィリアが浴衣の裾を控えめに握りながら、少し不安げにこちらを見てきた。その姿が可愛すぎて、胸の中で何かがぎゅっと締めつけられるような気がした。
「あ、いや…めっちゃ似合ってる。ほんとに、すごく…可愛い。」言葉を選ぶ暇もなく、正直な感想が口をついて出た。その瞬間、自分が言った言葉に気づいて、顔が熱くなる。でも、それ以上の表現なんて今の俺には見つからなかった。
フィリアは俺の言葉に一瞬驚いたような顔をして、それから頬をほんのり赤く染めた。「そ、そうですか…ありがとうございます。」その控えめな笑顔がまぶしすぎて、胸がキュッと締め付けられる。
「どうだい、いい感じじゃないかい?」突然、ばあちゃんが俺の肩をポンと叩いてきた。その声でハッと現実に引き戻される。
「あ、うん!めっちゃいい感じ!」慌てて答えると、ばあちゃんは満足そうに頷いてからフィリアに向き直る。
「私が若い頃に着てた浴衣だけど、こうして若い子が着るとまた映えるもんだねえ。フィリアちゃん、ほんとに可愛いよ。」その言葉に、フィリアはさらに恥ずかしそうに目を伏せた。
フィリアが照れながら浴衣の裾を整えるたびに、銀髪がふわりと揺れる。エメラルドグリーンの瞳がちらりと帽子の下から見えて、その美しさにもう一度心を奪われる。
「おばあさま、こんな素敵な浴衣を貸してくださって、本当にありがとうございます。」フィリアは深々とお辞儀をしながらも、口元に優しい笑みを浮かべる。その姿がまるで古い映画のワンシーンのようで、俺は見惚れることしかできなかった。
「じゃ、じゃあ、動き回ると浴衣がズレちゃうと大変だし、今日は番台で座ってもらえるかな?」なんとか冷静を装って言うと、フィリアは静かに頷いた。「分かりましたわ。」その後ろ姿も、普段より少し大人っぽく見える気がした。
夕方、営業が始まると、常連さんたちが次々とフィリアの浴衣姿に声をかける。「フィリアちゃん、浴衣が本当に似合ってるねえ!今日は盆踊りを楽しんできなさい!」
フィリアはそのたびに少し恥ずかしそうにしながらも、丁寧にお辞儀を返している。その控えめな仕草を見ていると、胸の奥が温かくなった。俺は彼女の浴衣姿をちらりと横目で見ながら思う。こんな風に一緒に過ごせる夏があるなんて、きっと忘れられない思い出になるだろうと。