夕方、フィリアと一緒に銭湯の営業を始めていると、ばあちゃんがショートステイから帰ってきた。いつも帰ってくると元気な様子で、頬もどこか明るく、瞳も生き生きとしていて、まるで一泊の旅行から戻ってきたかのような、充実した表情を見せる。
「ばあちゃん、なんかすごく元気そうだね。ショートステイって、そんなに楽しいの?」と不思議そうに尋ねると、ばあちゃんはにっこり微笑んで、「そりゃあね、新しい人と話せるし、いつもと違う景色が見られるからね」と答えた。なるほど、ばあちゃんにとっては人と話すのが新鮮な刺激になるらしい。俺は、正直に言うと、新しい人と話すのは少し疲れるから、ばあちゃんの活発さが少し羨ましくもある。
フィリアも、ばあちゃんに倣っておかえりなさいと礼儀正しく頭を下げる。ばあちゃんが「フィリアちゃん、元気にやってる?」と笑顔で尋ねると、フィリアも照れくさそうに微笑んで、「はい、皆さまが親切にしてくださるので、すごく楽しいです」と小さく頷いた。ばあちゃんはその様子に目を細め、「それはよかったねぇ」と、どこか母親のような温かい眼差しを向けている。
そして、ふと銭湯の奥へ戻ろうとしたばあちゃんが足を止め、「そういえば、明日は納涼盆踊り大会があるわね」とぽつりと言った。
「盆踊り…?」フィリアが首をかしげ、不思議そうな顔をする。
ばあちゃんは目を細めて懐かしそうに頷く。「そうさ、夏の風物詩だよ。浴衣を着て、みんなで輪になって踊るんだ。小さい頃は私もよく踊ったもんさ。」
その言葉を聞きながら、ばあちゃんの柔らかな笑みに俺の胸も温かくなる。盆踊りか…フィリアが故郷に戻るまでに、何か特別な思い出を作りたいと思っていた俺には、ぴったりのイベントだ。
「どうだい、フィリアちゃんも連れていってあげたら?」ばあちゃんが優しく提案してくれるが、俺は少し迷いながら返す。
「でも、金曜日って営業があるし…夜に銭湯抜けるのは厳しいかも。」
「確か、盆踊りは七時から九時の間だったと思うから、夕方だけ手伝ってくれたら、その後は私が番台に立つから、二人で行っておいで。」ばあちゃんが微笑みながらそう言ってくれると、俺は驚きと感謝で胸がいっぱいになる。
「本当に?でも、ばあちゃん、無理しなくて大丈夫?」俺が気遣うと、ばあちゃんは「私に任せなさい」と自信たっぷりに言いながら笑ってくれた。
「浴衣を着て、みんなで踊ったりするんだよ。」俺はフィリアに説明しつつ、ふと気づいた。やばい、浴衣のこと考えてなかった。初めての盆踊りなら、やっぱり浴衣を着せてあげたい。でも、すぐ用意できるか…焦りが胸に広がる。
そんな俺の様子に気づいたのか、フィリアが「浴衣…?」と首を傾げる。その不思議そうな表情に、俺はさらにどうすればいいのか分からなくなる。
すると、ばあちゃんがすかさず助け舟を出してくれた。「私が若い頃に着ていた浴衣があるわよ。藍色の上品なやつで、きっとフィリアちゃんにも似合うと思うよ。」
「え、本当ですか?」フィリアの瞳が一気に輝く。その嬉しそうな顔を見て、俺はホッとしつつも、なんだか誇らしい気持ちになる。
「ちょっと待っててね。」ばあちゃんが奥から戻ってくると、手にはしっかり手入れが行き届いた藍色の浴衣があった。年季が入っているけれど、どこか品のある落ち着いたデザインで、これを着たフィリアを想像すると、自然と胸が高鳴る。
「明日、私がちゃんと整えてあげるから安心して。」ばあちゃんが優しく言うと、フィリアは感激した様子で深々と頭を下げる。「ありがとうございます…!」
その光景を見ながら、俺は明日の夜に思いを馳せた。フィリアが浴衣を着て盆踊りを楽しむ姿──そんな光景を目の当たりにするのが、今から楽しみで仕方なかった。そんな期待を胸に抱きながら、その夜、俺はいつも以上に元気よく銭湯の営業に力を入れたのだった。