夏菜がフィリアと入れ替わるように試着室へ入ってから数分後、勢いよくカーテンが開いた。そこに立っていたのは、鮮やかなオレンジ色のビキニを身にまとった夏菜。普段の彼女とはまるで違う、堂々とした姿がそこにあった。俺は言葉を失い、喉に何かが詰まったような感覚に囚われながら、ただ見つめることしかできなかった。いつもとは違う夏菜の大胆な姿に目を奪われ、胸が高鳴るのを感じる自分に気づく。
さらに、夏菜はどこか意識的に胸を強調するようなポーズを取っている。それがどうにも気になって仕方ない。フィリアは幼さを残す純粋な雰囲気だったが、目の前の夏菜は「アタシの方が大人でしょ?しっかり見なさいよ!」と言わんばかりの自信を全身から放っていた。その視線やポーズの一つひとつに、彼女なりの挑戦的な気持ちが込められているようだった。
ふと、さっき店員が言っていた「またこの水着を試されるんですね」という言葉を思い出す。もしかして、最初からこの瞬間を計算していたのか?フィリアの服選びで余裕の表情を見せていたのも、この水着姿で自分の魅力を引き立てようという計画があったからなのかもしれない。そのしたたかさに、俺は妙に感心してしまった。
「な、何ジロジロ見てんのよ!」突然、夏菜が顔を真っ赤にして声を荒げた。その言葉でハッと我に返った俺は、焦って言い返す。
「いや、そもそも一緒に水着を見に行こうって言い出したのは夏菜だろ!」俺たちの言い争いを見ていたフィリアが、柔らかい笑みを浮かべながら一歩前に進み出る。
「カナさん、とってもお似合いですわ。」その純粋な眼差しと無邪気な褒め言葉に、夏菜の顔はさらに赤く染まる。
「べ、別に当たり前じゃない…!」夏菜は照れ隠しにそっけない態度を装うが、口元には隠しきれない笑みが浮かんでいる。そんな二人のやり取りを見て、俺は少し呆れつつも、どこかほっとした気持ちでその場の空気に馴染んでいった。
暫くして、試着を終え、元のボーイッシュな服に着替えた夏菜が、ふと真剣な表情を浮かべた。そして、何かを決心したように財布を取り出し、「フィリアちゃんの分、アタシが出すわ」と静かに言った。
「え、本当にいいのか?普段そんなこと言わないのに」と、驚いて俺が尋ねると、夏菜は少し頬を染めて視線を外しながら、「…ま、たまにはね」とそっけなくつぶやいた。どこか照れくさそうなその姿に、普段とは違う一面を見た気がして、俺は思わず見惚れてしまう。
しかし、そのまま終わらないのが夏菜だった。意を決したように顔を上げ、「その代わりってわけじゃないけど、水着を買ったからには!来週の水曜日は絶対ビーチに行くよ!二人とも、一緒に行くって約束だからね!」と真剣そのものの表情で宣言した。
その迫力に押され、俺もフィリアも思わず「う、うん…行くよ」と頷いてしまう。夏菜の熱意に圧倒されながらも、自然とその約束を受け入れてしまった自分が少しおかしかった。
店を出る頃には、夕暮れの柔らかなオレンジ色の光が駅前を優しく包み込み、涼やかな風が肌を心地よく撫でていた。夕焼けに染まる街並みの中、三人並んで歩くこのひとときが、なんだか自然と心に馴染む。フィリアに買った新しい私服、夏菜が選んでくれた水着、そしてみんなでビーチに遊びに行く約束──それらすべてが、この夏を特別なものにしてくれる気がした。
フィリアが夕焼けの街並みを眺めながら、小さな声で「カナさん…今日は本当にありがとうございました」と感謝の言葉を漏らすと、夏菜は少し照れくさそうに笑いながら「気にしないで。友達でしょ!」と軽く返した。その言葉がどこか温かく響き、俺は自然と口元が緩むのを感じた。
二人のやり取りを、一歩後ろから見守る。この夏の夕暮れと三人の影が、静かに心に刻まれていくようだった。