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(7)エルフとばあちゃん

夕方の17時、常連客が少なくなるこの時間帯に、ばあちゃんがデイケアのショートステイから戻ってきた。暖簾をくぐりながら、「ただいま~」といつものように穏やかに挨拶をする。俺はその声に自然と反応し、「お帰り~」と温かく返した。ばあちゃんが微笑みながら頷く姿を見て、帰ってきた安堵感が銭湯全体に広がるような気がした。


その隣で、フィリアも少し緊張した面持ちで、「お、お帰りなさいませ…」と柔らかく挨拶を返す。その姿が微笑ましくも初々しくて、俺は心の中で彼女を応援したくなった。ばあちゃんは、その声に驚いて足を止め、フィリアをじっと見つめる。「あら、あんた、どなたさん?」と、予想通りの反応を見せる。


慌てた俺は、ばあちゃんに向かって弁解するように話し始めた。


「ほら、ばあちゃん覚えてるでしょ?昔、海外からホームステイに来た女の子がいたじゃん。あの子がまた夏休みに遊びに来ることになったんだよ。」できるだけ自然な口調を装いながら、頭の中で言葉を組み立て、なんとか辻褄を合わせようとする。


さらに昨夜急いで作った、父さんをマネたメッセージアカウントをスマホで開き、「これさ、父さんからのメッセージ。『今年の夏もよろしく頼む』って言ってきたんだよ。」と、画面をばあちゃんに見せる。


スマホの画面には、短いメッセージと父さんらしい素っ気ないアイコンが映し出されている。俺は冷や汗をかきながら、その画面を指差して、いかにも本当っぽく見せかけた。


ばあちゃんは眉を少し上げてスマホをじっと見つめると、「ふーん、そうだったのかい…」と納得したように小さく頷いた。その反応に、俺は心の中でほっと胸を撫で下ろした。


フィリアも俺の言葉に合わせるように、そっと頭を下げながら「どうぞ、よろしくお願いいたします…」と少し恥ずかしそうに挨拶する。その控えめで丁寧な様子に、ばあちゃんは微笑みを浮かべつつも、俺の顔をちらりと覗き込んだ。


「まったく…あの子ときたら、銭湯も継がずに、世界だなんだって、いつも好き勝手やって。何を考えてるんだか…」ため息交じりにそう呟き、父さんへの愚痴をぽつりとこぼすばあちゃん。でもその後、ふと俺を見上げ、柔らかな笑顔を見せてくれた。


「それに比べて、ゆうとは本当に偉いねえ。家の手伝いもしてくれて、掃除から番台までよく頑張ってくれてる。」そう言いながら、ばあちゃんは俺の肩をポンと軽く叩く。その手の温かさが心に響き、俺はばあちゃんの信頼が何よりも嬉しかった。


「きっと滞在費とかの話はあの子が先方と済ませてるんだろうから、ゆうとはその子の面倒をしっかり見てあげなさいね。」そう微笑んで言ってくれるばあちゃんの姿に、俺は再び安心を覚える。


フィリアもそっと微笑み、ばあちゃんに向かってもう一度深く頭を下げた。その控えめな姿に、ばあちゃんもますます温かい眼差しを向けている。何とか無事に説明が通じたらしい。この瞬間、ばあちゃんがフィリアを受け入れてくれたことに、俺は心の底から感謝していた。


ばあちゃんはフィリアに向き直り、彼女の麦わら帽子に目を留めると、優しい声で語りかけた。「ごめんなさいねえ。若いのにお手伝いまでさせちゃって、大したこともしてあげられなくてね。私がもっと元気なら、もっといろんなことを楽しんでもらえるんだけどねえ。」申し訳なさそうに言うその言葉には、どこか申し訳なさと優しさがにじんでいた。


フィリアはその言葉に一瞬戸惑ったようだったが、すぐに真剣な表情になり、言葉を噛み締めるように答えた。「そ、そんな…こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ。」その礼儀正しい姿に、ばあちゃんはほっとしたように満足げな笑みを浮かべ、目を細めた。


「まあまあ、うちは古びた銭湯だけどね、近くにはきれいな海もあるし、お客さんはみんな馴染みで優しい人ばかりだから。ゆっくりしていってちょうだいね。」ばあちゃんはそう優しく言い残すと、住居スペースへとゆっくり戻っていった。


ばあちゃんの背中が見えなくなった瞬間、俺は思わず大きく息をついた。「ふぅ…」胸の中の重りが下りるような感覚に安堵しながら、フィリアの方を見て目で「やったな!」と合図を送る。


フィリアも少し照れくさそうに微笑みながら、そっと頷いてくれた。その笑顔を見て、俺はまた一つ、この奇妙だけどどこか心温まる夏の日常が形になったような気がしていた。

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