昼ご飯を終え、フィリアと一緒に営業準備を進めていると、気づけば時計の針は16時を指そうとしていた。俺は深呼吸を一つし、暖簾をそっと掲げる。こうして銭湯の一日が始まる。今日はフィリアが番台を手伝う初日だ。彼女がこの空間にどんなふうに馴染んでいくのか。少し緊張しつつも、期待に胸が高鳴る。
最初にやって来たのは、ばあちゃんの知り合いのおばあちゃんたち。暖簾をくぐった瞬間、受付で待機していた麦わら帽子のフィリアに気づき、顔をほころばせて「あらあら、今日は若い子がいるのねえ!」と声をかけてくれる。フィリアは少しぎこちなく「い、いらっしゃいませ…」と控えめに頭を下げる。練習通りの挨拶だけど、どうしても初々しさが残っている。しかし、そのぎこちなさが逆に可愛らしいのか、おばあちゃんたちは「若いっていいわねえ、うちの孫もこんなに可愛ければ…」と、ほのぼのとした雰囲気で話しかけてくれる。
その様子を見て、俺は少し肩の力が抜けた。フィリアのあどけない笑顔と丁寧な態度が、おばあちゃんたちの心をすっかり和ませているようで、すんなり受け入れてもらえたようだ。
その後、常連の屈強なお兄さんたちも次々とやって来る。彼らは番頭に立つフィリアを見つけると驚いたように「あれ、今日は可愛い子がいるじゃん」「毎日通っちゃおうかな」などと、いつも以上に賑やかに冗談を飛ばし始める。フィリアは照れくさそうに、少し不安げに「い、いらっしゃいませ…」と小さな声で返すものの、その仕草にお兄さんたちは「銭湯も華やかになったもんだなぁ」と満足そうに微笑む。フィリアは周りから注目されることに少し戸惑っているようで、けれども一生懸命に相手に応じようとする姿が印象的だった。
そんなやり取りの中で、お兄さんの一人が気づいて尋ねてきた。「お嬢ちゃん、どうして麦わら帽子なんかかぶってんの?」と少し不思議そうな顔をしている。フィリアは一瞬表情をこわばらせたが、事前に話し合っていた設定を思い出し、「わ、私は…日本の夏が大好きですので…」と恥ずかしそうに小声で答えた。
その言葉にお兄さんたちは「おう、俺たちも夏が一番だぜ!」と陽気に応じ、すぐそばにいたおばあちゃんたちも「ええ、本当に私も夏が好きよ」と笑いながら賛同してくれる。フィリアの緊張も少し和らいだようで、照れたように微笑む彼女の顔を見ていると、俺も思わず笑みがこぼれた。
さらには、フィリアの銀髪とエメラルド色の瞳に気づいたお兄さんが「お嬢ちゃん、どこの国から来たの?」と気軽に尋ねてきた。フィリアは少し緊張しながらも「わ、私は…き、北の国から来ましたの…」と、控えめに答える。その言葉にお兄さんたちは「やっぱり外国からか!日本語うまいじゃん!」と感心した様子で頷いている。
周囲の反応に少しずつフィリアの緊張もほぐれてきたのか、彼女の口元には柔らかな笑みが浮かび、いつの間にか自然な雰囲気に馴染んでいた。そんな彼女の様子を見て、俺も心の底から安堵し、温かな気持ちが胸に広がった。
そうこうしているうちに、ふと時計を確認すると、17時を過ぎていた。そのとき、銭湯の前に見慣れた白いバンがゆっくりと停まるのが目に入る。ばあちゃんがショートステイから帰ってきたのだ。フィリアをばあちゃんにどう説明するか、これが俺たちにとって最初の大きな試練になる。静かに鼓動が高鳴るのを感じながら、俺は心の中でフィリアと自分を励まし、ばあちゃんとの対面に備えた。