フィリアが銭湯にやってきてから二日目、木曜日の朝。俺は押し入れの奥からフィリアに合いそうな服を探し出して、彼女に手渡した。男の俺が選んだからか、どうしてもボーイッシュな感じにはなってしまったが、今は仕方ない。少しだけ大きめのショートパンツと、淡いブルーの半袖Tシャツを着たフィリアは、あどけなさを残しながらもどこか少年のようで、鏡の前で少し戸惑いながらもその姿を確かめている。

彼女の銀髪がふんわりと肩にかかり、鏡越しに揺れるたびに光を反射して淡く輝いていた。まるで異国からやってきた少年のように見えるが、その中に確かに少女らしい無邪気さが混ざっている。そのアンバランスさが何とも言えない魅力を放っていた。

フィリアが鏡に映る自分の姿をじっと見つめて、あどけない表情で少し首を傾げると、「こういうのも…悪くありませんわね…」と、控えめに笑みを浮かべる。その顔には、小さな好奇心と新しい服への喜びが滲んでいて、俺も自然と温かい気持ちになる。

「よく似合ってるよ」と声をかけると、彼女は一瞬戸惑ったように目を伏せ、けれどもすぐに柔らかい笑みを浮かべて、「あ、ありがとうございます…」と小さく返してくれた。その一言が、静かに胸に響く。異世界からやってきた彼女が、俺の選んだ服に少しでも喜びを見出してくれるのが不思議で、なんだか嬉しかった。

朝ごはんを食べ終えたあと、俺はフィリアに銭湯の仕組みについて説明を始める。ばあちゃんから何度も聞かされてきた話を思い返しながら、どうやって伝えればわかりやすいか考える。きっと、彼女には初めて知る文化だろうから、少し緊張もする。言葉ひとつで、うまく伝わるのかどうかが決まる。

「うちの銭湯はね、水曜日が定休日なんだ。今日は木曜日だから、夕方からまた営業が始まるよ。」俺が言うと、フィリアは小さく頷き、真剣な眼差しで耳を傾けている。その瞳にはまるで初めて世界を知る子供のような輝きがあって、改めてこの場所や日常を彼女と共有できることに感慨を覚える。

「で、うちは16時から22時までしかやってないんだ。他の銭湯より少し短いけど、ばあちゃんの体力のこともあるし、今はこれが限界なんだ。」

「そうなのですね…」フィリアは何かを深く考え込むように小さく頷いたかと思うと、ふと顔を上げて、「そもそも…銭湯って…なんですの？」と、申し訳なさそうに尋ねてくる。

俺はその問いに少し笑いがこみ上げた。そうだよな、銭湯の意味なんて、彼女にとっては異世界の話も同然だ。言葉を選びながら、できるだけわかりやすく銭湯の説明をすることにした。

「銭湯っていうのは、町のみんなが集まって、お湯に浸かって体をリフレッシュする場所なんだ。自宅にお風呂がなかったり、仕事の帰りにリラックスしたい人たちが来て、汗を流したり、疲れを取ったりするための場所なんだよ。だから、いわば『みんなで共有するお風呂』みたいな感じかな。」

フィリアは「なるほど…」と深く頷きながら、俺の言葉を一言一句しっかりと心に刻んでいる様子だ。銭湯という文化が、彼女の中で少しずつ形をなしていくのを感じた。

「それでね、フィリア。その銭湯でなんだけど、今日は16時から、番頭をお願いできるかな？夕方の営業中、できれば19時くらいまで手伝ってもらえると助かるんだ。」

「ば、番頭…？」フィリアはまたもや不思議そうに首をかしげ、俺をじっと見つめてくる。その瞳の中には、何とかして俺の頼みに応えようとする気持ちが見え隠れしていて、思わず気持ちが和らぐ。

「番頭っていうのはね、お客さんに『いらっしゃいませ』って声をかけたり、タオルを貸し出したり、忘れ物を預かったりとか、受付にいていろいろ対応をする仕事のことなんだよ。」

そう説明すると、フィリアは目を輝かせ、真剣な表情で頷きながら言葉を噛みしめている。午前中に少しだけ練習をしてみたときも、彼女は慣れないながらも一生懸命に覚えようとしてくれていた。初めてのことばかりのはずなのに、俺の言葉をそのまま受け入れ、吸収しようとする姿が、どこか健気で、応援したくなる気持ちを引き出してくる。

やがてフィリアは小さく息を吸い、「が、頑張りますわ！」と緊張した面持ちで、けれども力強く返事をしてくれる。その瞳には、不安を抱えつつも、この世界で役に立とうとする決意が宿っているようだった。

俺は彼女のそんな姿を見て、自然と背筋が伸びるような気持ちになった。フィリアの初めての銭湯での番頭の仕事が始まる――そう思うと、俺もまた気が引き締まる思いだった。