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(3)エルフとホームステイ

フィリアが楽しそうに食事をしている姿を見ていると、俺の心にひとつの不安がよぎった。だからふと、真剣な顔で彼女に向き合い、静かに口を開いた。


「一つ、約束してほしいことがあるんだ」


少し硬くなった声にフィリアが驚かないよう、心の中で自分に言い聞かせながら、隣の部屋から持ってきた麦わら帽子をテーブルの上にそっと置いた。彼女が不安を感じないように、できるだけ優しい目で彼女を見つめる。


「ここにいる間、この麦わら帽子をずっとかぶってほしいんだ。」


フィリアの表情が少し硬くなり、戸惑いを含んだ声が漏れた。


「こ…この帽子を、ずっとかぶるのですの…?」


その震えがちな声には、不安が隠しきれない。俺は安心させようと、できるだけ優しく微笑んで答えた。


「そう。これをかぶれば君の耳も隠れる。そうすれば、みんなびっくりせずにすむし、面倒事も起こらない。君も安心してここにいられる。」


フィリアは少しの間、迷うようにその麦わら帽子を見つめたあと、俺をちらりと見上げてきた。その頼りなさげな仕草がなんともいえず、俺は「大丈夫だよ」という意味を込めて軽く頷いた。


その頷きに安心したのか、フィリアは意を決したように帽子を手に取って、ゆっくりとかぶり始めた。その姿はなんだか、見ているだけで微笑ましかった。


「こ、こうで…よろしいのでしょうか…?」


麦わら帽子をかぶったフィリアを見て、思わず笑みがこぼれた。


「うん、すごく似合ってるよ。まるで異国からやってきた留学生みたいだ」


フィリアは照れくさそうに頬を染め、はにかむように小さく笑った。その笑顔からは、この異世界の地にいる不安が少し和らぎ、受け入れられていることへの安心感が伝わってくるようだった。その穏やかな表情を見ていると、俺の心にも温かな気持ちが広がっていく。


だが、これで一安心…とはいかなかった。明日には、ばあちゃんがショートステイから帰ってくる予定だ。このフィリアの存在をどう説明したらいいかと考えると、心が少し重くなる。普段は俺の頼みを聞いてくれるばあちゃんだが、「異世界から来たエルフの少女です」なんて突拍子もない説明が通じるはずもない。どうしたものかと頭を悩ませる。


フィリアの銀髪がちらりと視界に入り、俺の頭の中で幼い頃の記憶が呼び起こされた。そういえば、小学生のころ、父さんの仕事関係で海外からホームステイに来ていた金髪で青い瞳の少女がいた。ばあちゃんも驚きながらも、すぐにその子を温かく迎え入れて、家族のように接していたのを覚えている。


その記憶が妙に懐かしく感じられて、フィリアにその話をしてみることにした。


「実はね、昔、うちにホームステイで来てた女の子がいたんだ。父さんの仕事関係の娘さんで、夏休みの間、ここに泊まりに来てたんだよ。ばあちゃんもその子のことを覚えてるはずだし、その子が成長してまた訪ねてきたってことにすれば、不自然じゃないと思うんだ」


フィリアは「ほ、ほおむすてい…?」と首を傾げて、どうやら聞き慣れない言葉に戸惑っている様子だった。俺は少し笑いながら、ホームステイについてかみ砕いて説明してみる。異国の家庭に滞在して、その文化や生活を経験する特別な時間のことだと伝えると、フィリアはしばらく考えた後、納得したように小さく頷き、ふわりと笑みを浮かべた。


「つまり、私は異世界からのほうむすてい、ということですわね」彼女が冗談めかして小さく笑う。


その笑顔を見ていると、俺の話を真剣に受け止めてくれたこと、自分の存在をここに馴染ませようとしてくれているひたむきな姿勢が伝わってきて、自然とこちらの気持ちも温かくなる。その真剣な姿勢に触れると、なぜか自分も背筋が伸びるような、そんな気持ちになった。


こうして、俺とフィリアの不思議な共同生活が、ばあちゃんの帰りを前に少しずつ形になりつつあることを感じながら、その夜はゆっくりと更けていった。

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