リース達の話を聞き終わり、ヒメヅルは何とも言えない気分でいた。長い時を紡ぎ、色んなものや想いを受け継ぎ、リース達はここに居る。
――ただ変わらない普通の日常が欲しい。
望んだのは、そんな小さなもの。それだけのために、リース達はここまでやって来た。
人間では倒せないモンスターを倒し、世界からモンスターを退けるため、自分すら殺しかねない剣を造り上げ、たった一度しかない戦いのために剣を扱える技術を身につけた。
その使い手の妹を守るため、姉達も努力し、槍術と魔法を習得するのに年月と努力を積み重ねた。管理者が何もしなければ、全ては必要のない無用な努力と技術だった。
過酷な生き方をさせてしまった、この世界の全ての生き物に対して、ヒメヅルは罪悪感を感じていた。俯き、謝罪の言葉を繰り返すことしか出来なかった。
「すみませんでした……」
その様子を見て、リース達もまた、何も言えなくなった。それでも、ここまでやってきた強い心が一歩踏み出すことを勧める。
リースがヒメヅルに話し掛ける。
「お願いがあるの」
「……何ですか?」
「この世界を変えないといけない。誰かに利用されるんじゃなくて、無用な争いのない世界にしないといけない。伝説の武器を創らせるために管理者が変えてしまった争いの耐えない世界を元に戻さないといけない」
「それは分かります。しかし、貴女達の人生は管理者のせいで酷いものになってしまいました。それは取り返しのつかないことです。それを置いて、進んでしまって良いのですか?」
リースは頷く。
「それは私達だけじゃないし、酷いこともあったけど、楽しかったこともあった。八十年も眠りに付いたりもしちゃったけど、それでも精一杯生きてきたことをなかったことにしたくない。頑張ったことには胸を張りたい」
リースに賛同するように、エリシスとユリシスが続く。
「それもそうね。色んな人に会って、色んな思い出が出来た。それを今更なかったことになんて出来ないわ。辛い思い出と一緒に大事な思い出が一緒にあるのは確かなんだから」
「それに、わたし達はこれから生きる未来を守らないといけない。わたし達のため……。そして、この世界で生きる全ての人達のため……」
「あたし達は、まだ何十年も生き続ける……」
「だから、ここから先の未来を守るため……」
リース達はお互いを見て頷く。
「「「力を貸して」」」
「皆さん……」
リース達の強い眼差しに、ヒメヅルは頷く。
「分かりました。この世界を本来あるべき姿に戻します」
「「「ありがとう」」」
「私には感謝の言葉を受ける権利はありません」
俯くヒメヅルの手をリース達は握る。
「どう思おうと感謝するよ」
「これはヒメヅルさんにしか出来ないことです」
「だから、この作業を一緒にしたら、あたし達は友達ってことにしましょう」
「友達……」
「あんたも一緒に、これからの未来を背負わせてあげるってこと。だから、起きてしまったことに押し潰されないで、今から出来ることに胸を張って全部受け入れなさい」
「経験上、私達は罪を許さないことにしてるからね。でも、反面、努力したり頑張ったりする人を認めて、手を差し出すことにしてる」
「元凶は別の人ですし、偉そうなことを言えないのが事実ですからね」
「そうだったね」
「やり逃げした、どっかの馬鹿が一番悪かったわね」
リース達は笑い合っている。
「まあ、そんな感じだから」
エリシスの言葉に、ヒメヅルは微笑む。
「貴女達がここに居て良かった……。そして、その手助けが出来るのが嬉しい……」
「じゃあ、チャッチャと終わらせちゃいましょう」
「はい」
リース達はヒメヅルを連れて会議室を出ると、再び管理者の部屋へと向かい、壊れた世界のシステムを修正することにした。
…
世界は本来の姿を取り戻す――。
管理者の魔法の消失、モンスターをドラゴンレッグに収集し役目を終わらせ、ドラゴンレッグから世界に戦の火種を撒くことも終わる。魔族の世界は、人間の世界と同じように時間を掛けて、砂漠と豊かな土地が逆転していくようになった。
「残念ながら、既に根付いてしまった差別などは消すことが出来ません」
「それで十分よ」
「また、これから大きな変革を迎えることになるでしょう。特にドラゴンヘッドの騎士や魔法使い、ドラゴンテイルの戦人の役目は終わりを迎え、それを生業にしていた者達は仕事を失うことになります。ハンター達も営業所の機能が止まり、犯罪者を捕まえても対価を払う者が居なくなることになります」
エリシスは頬をチョコチョコと掻く。
「それは結構、荒れそうね……」
「でも、きっと大丈夫だよ」
リースが自信を持って答える。
「だって、誰もが争いのない世界が欲しいから、守るために戦ったんだもん。新しい世界で戦わなくちゃいけない仕事以外を見つけられるよ」
「そう信じたいですね」
ヒメヅルは頷いて答えた。
「あのさ、あと一個だけ気になることがあるのよね?」
「何ですか?」
「管理者が寿命の長い人間を観察することが目的だったってことは、管理者がこの世界に着いた時、まだ普通の人間と同じ寿命だったんでしょ? じゃあ、何で、あんな長く関わっていたの?」
ヒメヅルはエリシスの視線を向ける。
「時を止める管理者の魔法を覚えていますか?」
「ええ。犯罪者を保存するためのヤツでしょ?」
「本来、あれは管理者を保存するためのものなのです。長い時間を監視するため、八十年置きに世界を観察して寿命の限界をなくすのです」
「そういう魔法だったんだ」
「他にも神であるかのように見せるため、傷ついた勇者を一瞬で全てを治す魔法で癒したりと、色々とデモンストレーションをしていたようです」
「それが伝わっていたのか」
「そういうことです」
ユリシスが、もう一つ疑問を投げる。
「でも、あの獣は長寿でしたよね? 必要な情報は収集されていたのでは?」
「獣の遺伝子は人間に組み込めない別のものなのです。エルフという種族が人間の遺伝子に近いものを持っていたため、配合や取り出しが出来るだけなのです」
「つまり、人間の長寿の遺伝子を取り出せる可能性がエルフにしかなかったということですか?」
「はい。皆さん、いい着眼点を持っています。我々の世界でも生きていけますよ」
「それはいいわ。大量のボタンを見るだけで眩暈がするから」
「そうですね」
ヒメヅルはクスリと笑うと、ゲートへと向かう。
「そろそろお別れです。この建物は皆さんが外に出たあと、地中へと姿を消して、誰の目にも付かないところで眠りに着きます」
リースはヒメヅルに声を掛ける。
「ゲートは開けっ放しにしておくね」
「ロックを掛けていた方が確実ですよ」
「うん、信じてる」
リースの笑みにヒメヅルが笑って返すと、リースは一歩前に出た。
「最後にお願いしていいかな?」
「何でも言ってください」
リースは左右の腰からレイピアを外し、ヒメヅルに差し出す。
「これを持って行ってくれない?」
「リース!」
「それはアルスさんの形見みたいなものじゃないですか!」
リースの行動は、エリシスとユリシスには信じられなかった。
「そうなんだけど……、役目を終えているんだよ。人の手で倒せないものを倒すための武器は、もう要らない。今度は、この剣が脅威に変わるかもしれない。アルスは未来を守ることを望んでも、壊すことを望まないよ」
「リース……」
「だけど、大事なものだから目の前で壊すのも捨てるのも出来ない。だから、私達の見えないところで……」
「リースさん……」
リースは笑みを浮かべながら涙を流していた。
エリシスもユリシスも、オリハルコンの双剣を手放すというのが、リースにとって、どれだけ辛いことか分かっていた。それでも手放すのは、未来と向き合って、大事な人の想いを守るためだった。
ヒメヅルが頷くと、オリハルコンの双剣を受け取る。
「確かにお預かりしました」
大事に右腕でオリハルコンの双剣を抱きかかえると、ヒメヅルは左手を差し出す。
「使い手の貴女の記憶もくれませんか? 私の中に貴女の技術を刻み付けます」
「手を握ればいいの?」
「はい、情報を収集する、私にだけある魔法です」
リースがヒメヅルの左手をしっかりと握ると、ヒメヅルの中にリースの記憶と思い出が流れ込む。
双剣を扱う技術を理解すると、ヒメヅルの手に汗が滲んだ。
「本当に恐ろしいものを身につけさせてしまったようですね」
「もう必要ないものだよ。オリハルコンの双剣をお願い」
「任せてください」
ヒメヅルはオリハルコンの双剣を持ってゲートに入った。
「短い間ですが、貴女達の仲間になれてよかったです」
「今度は、お互いの世界で頑張っていきましょう」
「一緒に創った世界を大事に生きます」
「元気でね」
ゲートの扉が閉まり、ヒメヅルは自分の世界へと戻って行った。
「今度こそ、終わったわね」
「はい」
「これで、皆、歩き出せる」
リースは、おかしな物体に話し掛ける。
「あなたも元気でね」
『オキヅカイ アリガトウゴザイマス』
リース達が管理者の部屋を出て、管理者の建物を後にすると、その数分後に管理者の建物は大きな音を立てて地中へと姿を消した。