管理者の建物の会議室――。
大きなテーブルの席に着いたヒメヅルが対極に座るリース達に説明を始める。
「貴女達がどういう経緯で、ここまで辿り着いたかを概ね確認しました。伝説の武器――そういう類のものを造り上げ、管理者の用意した敵を倒してここまで辿り着いた。合っていますね?」
リース達は頷いた。
「ここに辿り着き、新たな管理者になったリース……。貴女が居るからこそ、全てをお話します。この世界――第138実験場は、私達の管理の手を離れ、一人の管理者の私利私欲により完全に壊れていました」
「少し納得できないんだけどさ、いい?」
「どうぞ」
エリシスはテーブルに肘を着け、頬を支えて睨む。
「あたし達の世界を実験場扱いしてんのが胸糞悪いのよ。そして、死んだ人間一人を私利私欲なんて言って、あんた達が責任の一端を担ってなかったとでも言っているようで、更に気分が悪いわ」
「手厳しいですね……」
「当たり前よ。その管理者っていう奴のお陰で、こっちは大事な人との共有できる時間を手放して、人生を掻き回されたんだからね。あんたに直接的な原因がなくても、棘の入った言葉を浴びせるわよ。あんたも、それを聞いて、イラつきながら説明をするぐらいのストレスを溜め込みなさい」
「……綺麗ごとで終わらせてくれないと思っていましたが、ここまで言われると逆に清々しいですね」
「でも、話が進まないから黙らせるから」
リースとユリシスがエリシスを説得すると、エリシスは渋々納得して足を組んだ。
「先に言われてしまいましたが、エリシスの話した言葉に一切の間違いはありません。我々はこの世界を創り、実験をしていたのです。そして、第138実験場と名前がついているように、他にも数多くの世界を創り上げてきました」
三人を代表して、リースがヒメヅルに質問する。
「この世界は、一体、何のために創られたの? 一体、何を管理していたの?」
「本来、管理者と言うのはデータを取るだけの存在であり、そこの世界で解決できない観察対象に不利なトラブルを治める役目を持っています。そして、この世界に人間と呼ばれる者は、本当は一人も存在しないのです」
「……え?」
リース達は押し黙る。人間だと思っていた自分達が、人間ではないと言われれば当然かもしれない。
故に話さなければ分からないと、ヒメヅルは説明を続ける。
「我々の世界には、元来、魔法というものは存在しませんでした。その代わりに発達したのが、皆さんがこの建物で目にした機械というものです。その機械を使い、文明を築きました。あまり耳にしない科学や化学という二つのものが進歩したものです」
「科学と化学……」
「建物の中なのに光を照らす照明、一定の温度と湿度が保たれる空調、先ほど見た必要な情報を映し出す画面、それを動かしているのは機械であり、それを突き詰めた成果の力を科学と化学が支えています。『学』という言葉がついているので分かるように、学問の一つを突き詰めた結果とも言えます」
「そこまでの文明があるのに、何を実験する必要があったの?」
「突き詰めたが故に発生した問題とも言えます。確かに我々の文明は突出したのですが、それ故に大きな問題にぶつかりました。多種多様に分類されたものを深く掘り下げていくと、その一端を得意分野にする者が現われるようになります。得意分野が分かれるのは当然ですが、それらを纏めて統括しないと、組織や政治というものは成り立ちません。つまり、統括すべき者が全てではないにしろ、ある程度の広い分野を理解していないといけないのです。しかし、理解できる知識を蓄えて応用するだけの許容量を備えられなくなってしまうほど、専門知識が広がってしまいました。下に付く者は理解もしていない者の命令など聴けませんし、理解していない上の者が的確な命令を出せるはずもありません。これは人間の寿命が有限である以上、仕方がありません。知識を詰め込む時間にも限りがあり、それを理解し発揮する時間も必要になります。つまり、知識や技術が発達し過ぎ、覚えることと経験を積むことに限界がきてしまったのです」
「途方もない悩みね……」
エリシスは純粋に驚いた。それは言葉にしなかったリースとユリシスも同じだった。
「しかし、ある日、それらを解決する生物の化石が見つかり、我々はそれに注目しました。その生物は、我々が問題にしていた寿命という時間の問題を解決する生物――」
「「「エルフ……」」」
ヒメヅルは頷く。
「その通りです。伝説上の生き物とされていた、エルフという生物の化石が発見されたことで、ある実験が始まりました」
「「「実験……」」」
ヒメヅルは頷く。
「実験の内容はエルフの長寿の秘密を解き明かし、人間の遺伝子に組み込むことで限りある時間を延ばそうという試みです」
リースが首を傾げる。
「遺伝子って?」
「人間の設計図ともいうべきものです。誰しもが遺伝子を持ち、そこから成長して個になります。その成長する情報に人間の寿命とエルフの寿命を入れ替えることが出来れば、人間の寿命はエルフに匹敵するものになるはずなのです。……しかし、この試みは単純に解決しませんでした。化石から復活させたエルフは、所詮、紛い物……。オリジナルの生物としての強さを兼ね備えていませんでした。そこで紛い物のエルフに本来の強さを取り戻させるための世界を与えて、オリジナルのエルフと同じ強さになるのを待ち続ける必要がありました。そして、長い時間を待ち続け、復活したエルフの遺伝子を抽出し、人間に組み込んで同じように幾つもの実験場に放ち、その遺伝子を研究する存在だったのが……貴女達です」
エリシスは額を押さえる。
「ごめん、着いていけない……」
「本来、このことは貴女達には伝えない情報なのですから当然です」
「どうして伝えないの?」
リースの質問に、ヒメヅルは顔を険しくする。
「これが如何に非道な行いか分かりますか? 貴女達だって、私達のために実験動物にされていたなんて思いたくなかったでしょう?」
「うん……」
「だから、本来は必要な情報を手に入れて役目を終えた世界は、そこに住む者達のものにして、我々は、その後、一切干渉しないで終わりを迎えるはずなのです。それが命を弄んだ身勝手な我々の最後の良心なのです」
エリシスはガシガシと頭を掻く。
「いい風に考えれば、本来、ただ普通の生き方が出来る世界を与えられて生きていくだけだということよね?」
「ええ、震災なども起きませんし、過酷な環境も発生しません。戦争などで、その世界の人々が自らを滅ぼす行動を取ったり、世界を壊すような行動を取ったりしない限りは、自分達の人生を自分達で歩めるはずなのです。『実験場の世界の人々に接触しない』『実験場の世界の人々に関わりを持たない』これが管理者の厳守すべき掟でした」
「そういうことだったのね……。確かに何も知らなければ、この世界はいい世界だって認めるわ。だって、あたし達は、この世界を守りたくて戦ったんだもの」
ヒメヅルは深く頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした」
リース達は何も言えなかった。それは、エリシスの言葉が全てだったからだ。この世界を守りたい世界と思ったのは事実だった。例え、それが誰かに与えられた世界だったとしても……。
ユリシスは、ある程度のことが分かり、落ち着いた声で質問する。
「その何も起きないはずの世界で、何が起きてしまったんですか? 管理者が暴走してしまった原因は、一体、何だったんですか?」
ヒメヅルは、おかしな物体に先ほど整理した資料を出すようにお願いすると、おかしな物体は、自らの体の画面にデータを表示した。
「この実験場の結果だけを申し上げれば、我々は必要な情報を得ることが出来ませんでした。エルフと人間の遺伝子を掛け合わせた貴女達の寿命は、基本となった人間の寿命と大差ありません。しかし、本来の人間に備わっていない力が、この世界の人間には備わっています。それが魔法を扱える力です。我々も暫く気付かなかったのですが、オリジナルのエルフに近づけるために実験場に放っていたエルフが勝手に魔法を使い始めたのです。つまり、オリジナルに近い状態に戻ったことで、本来、備わっていた力を使い始めたということです。そのエルフの遺伝子を人間に組み込んでいたので、貴女達は魔法を使える存在になり、簡単に言うならば、オリジナルの人間を越えた生物という種に育ったのです」
リースは自分を指差す。
「じゃあ、私達はヒメヅルよりも上の存在なの?」
「残念ながら、そういうわけではありません。数多の実験場の中では、長寿の寿命と魔法の力を兼ね備えた人間が生まれました。その情報から、置き換えるべき遺伝情報を取り出し、私達の世界の人間と呼ばれる中には長寿で魔法を使える者が存在します。私も、その一人ということになります」
「ん? 全員が長寿で魔法が使える存在じゃないの?」
「はい」
「どうして、そんな風に中途半端なの?」
ヒメヅルは暫し目を伏せると、話し出す。
「長寿が必ず幸せではないのです。私を含めて長寿な存在になった者は、多くの知識と技術を学び、習得して、普通に生きる人々が困らない生活を送るためだけに長寿になるのです」
「それって……」
ヒメヅルはチョコチョコと頬を掻いて、照れながら答える。
「貴女達じゃありませんが、私達の世界も守りたいと思えるほどいい世界でして……。そのために頑張れる存在になりたいな……と、思ったりするわけです」
「じゃあ、多種多様になった色んな分野の人々を導くために?」
「はい」
エリシスが足を組み直して眉を顰める。
「それって、人身御供って言うんじゃないの?」
「そうとも言いますね。でも、それでも……。笑ってくれる人が居ると嬉しいのです」
「はぁ……」
エリシスは、大きく溜息を吐いた。
「あたしは、もういいわ。チクチクチクチクと嫌味を言うのをやめたわ」
「姉さん?」
「馬鹿らしい。お互いの世界が必要な情報交換できて、幸せになるんならいいわよ。知らなきゃ余計にハッピーだったのは認めるけど、それを話さざるを得なくなったのは、前任の馬鹿のせいでしょ?」
「馬鹿……」
ヒメヅルがエリシスの急変に呆然とする。
こうなると、今度はリース達のペースかもしれない。
「まあ概ね、姉さんの言う通りですね」
「恨み言を言うなら、前任の管理者になるね」
「あの……、それでいいのですか?」
戸惑うヒメヅルに、エリシスは軽く片手をあげる。
「いいんじゃない? あんた達が居なきゃ出来なかった世界みたいだし、本来、着かず触らずが基本だったんでしょう? だから、前任の馬鹿が、何で、こんなことをしたかだけを教えてよ」
ヒメヅルは微笑む。
「しっかりとお伝えします。正直、この世界の人間に迷惑を掛けてしまって、その管理者にフラストレーションを溜めていたのは事実なのです」
「案外、話しが合いそうじゃない。どんどん言っちゃいなさいよ」
リースは、ユリシスに話し掛ける。
「私、時々『エリシスのこういう性格って凄いなぁ』って思う時がある……」
「どうして、ああいう性格になったかは分かりません……。特に今回の相手は神様みたいな存在ですからね……」
ここで、エリシスがおかしな物体に『何か飲み物を持って来て欲しい』と要求し、少し休憩を入れることになった。