何百年も人が入れなかった国、ドラゴンレッグ――。
戦線が広がっていた荒野を越えて先に進むのは、過去の勇者に続いてリース、エリシス、ユリシスが五度目になる。一番心配していた、生きるために必要な食糧は、途中、果物のなる木がなっていたり、人間をあまり警戒しない動物が居たりと、問題になるようなことは特になかった。ドラゴンレッグの土地は豊かな自然の宝庫だった。
しかし、そんな自然豊かな場所にあるのは不自然な建物だった。真っ平らな地面、鉄製の柵、奥に聳えるのはガラスの塔……。
リース達は、呆然と塔を見上げる。
「何これ……」
「ガラス……かな?」
「脆そうですね……」
建物に近づき、リース達は各々ガラスを叩く。
「思ったより頑丈だね?」
「城に使われている石壁よりも頑丈な気がする……」
「このガラスを支えているのは、木ではなくて金属ですね?」
「くぁ~! なんつ~贅沢な使い方をしてんのよ!」
リース達は呆れてしまう。
しかし、一番の問題は――
「「「この建物、どうやって入るの?」」」
――と、建物への入り方が分からないことだった。
この建物はガラス張りになっており、金属の筋が建物全体を支えている。唯一の入り口と思える場所は、強固な金属の扉が向かい合わせで閉まっているのだ。
「多分、これが入り口だと思うんだけど……」
「うん……」
「はい……」
取っ手がない。手を掛ける場所もない。押すのか? 引くのか?
「「「う~ん……」」」
リースが一歩前に出ると、何かに反応して、扉が左右の壁に滑るように収納されて開いた。
「開いた……」
エリシスがユリシスに予想を口にする。
「リースに反応したんじゃない?」
「獣を倒したからですか?」
「あるかもしれない。つまり、リースが鍵なのよ」
「なるほど」
決して、リースが鍵ではない。その扉は、誰が近づいても開いた。偶々、リースが最初に近づいただけであった。
「と、兎に角、中に入ってみようか?」
リース達は、管理者の建物の中へと入って行った。
…
リース達が入ると建物の入り口が閉まる。
通路に沿って進むとガラス張りの部屋を抜け、壁だけの部屋に出る。建物の中なのにとても明るく、少し蒸していた外とは違い、適度に湿度が保たれている。床も壁も平らで反射して磨かれている。
「お、お、お、お城より凄くない?」
リースは思わずドモってしまった。
「何なのよ、ここは?」
「管理者の家ですか?」
ユリシスの言葉に、リースは疑問を持つ。
「でも、家なのかな? 外から見たら結構大き目の広さだったし、高さは普通の家の六階分ぐらいの高さだったと思うよ」
「そうよね。この部屋は小さ過ぎるわ。先があるのよ」
辺りを見回し、三人の視線が止まった場所は、ここに入った時と同じ扉だった。
エリシスが扉を指差す。
「リース、行きなさいよ」
「また、私なの……」
「あんたが鍵なんだから、しょうがないでしょ!」
リースは仕方なく扉まで歩くと、先ほどと同じように扉は左右に開いた。
今度は左右に狭い通路が延びている。
「どっちに行く?」
「困ったわね」
「獣は、何か言ってなかったんですか?」
「言ってない……。きっと、ここまでの説明を言うことだけを指示されてたんだよ」
「だったら、管理者って奴から指示があってもいいはずよね?」
「そうですね?」
リース達が首を傾げていると、左の通路から何かが近づいて来る音がする。歩行するのでもなく、聞いたことのない何かが回り進む音だ。リース達が身構えていると、車輪を付けた台形の物体が現われた。
「何これ? 敵なのかな?」
「……にしては弱そうだけど? そもそも、あたしは、コイツから生きているような生気みたいのを感じないんだけど?」
その物体がしゃべった。
『ヨウコソ ユウシャサマ。アラタナブキヲ ショジシテイルカタハ ドナタデスカ?』
エリシスとユリシスの視線がリースに向かうと、台形の物体がリースに話し掛ける。
『ゴシュジンサマガ オマチデス。ドウゾ アトニ ツヅイテクダサイ』
台形の物体は車輪を回して先に進み出した。
「つ、着いて行ってみようか?」
「行くとこないしね」
「はい」
リースを先頭におかしな物体に着いて行くと、小さな部屋に案内され、部屋が浮き上がるような妙な違和感を覚える。部屋を出て幾つかの通路を曲がると、目的の部屋らしき場所に案内された。
『ゴシュジンサマ。アラタナ ユウシャサマヲ ツレテキマシタ』
しかし、部屋からは何の反応もない。
『ゴシュジンサマ』
しかし、部屋からは何の反応もない。
『ゴシュジンサマ』
しかし、部屋からは何の反応もない。
リースは少し可哀そうになり、おかしな物体に話し掛ける。
「ねぇ、ここに居る人とは、いつも会ってないの?」
おかしな物体が答える。
『ワタシハ ゴシュジンサマニ ヨバレタトキカ コノタテモノヲ タズネテキタユウシャサマヲ アンナイスルトキダケ アウコトヲ ユルサレテイマス』
「そうなんだ。じゃあ、質問を変えるけど、ご主人様とは、いつから会ってないの?」
『1763ネン 4カゲツト 11ニチデス』
「せん――⁉」
リースが硬直すると、ゆっくりとエリシスとユリシスの方に顔を向ける。
「嫌な予感がするんだけど……」
「同感ね、あたしもよ……」
「わたしも……」
リースは、再びおかしな物体に話し掛ける。
「か、勝手に入ってもいいのかな?」
『マナーノ ワルイヒトデスネ?』
「多分、そんな悠長なことを言っている場合じゃないと思うんだけど……」
『キンキュウジタイ ト イウヤツデスカ?』
「うん……」
『リョウカイシマシタ。シジニシタガイ キンキュウレベルヲ アゲマス』
おかしな物体は扉に付いていた、何かのスイッチに端末を刺すと交信を始めた。
『トビラヲ アケマス』
開いた扉の先には、大きな画面と膨大なスイッチが埋め込まれた金属のテーブルが部屋の大半を占めていた。そして、誰かが座っていたであろう椅子には、風化した繊維と肉体だったものが砂になっていた。
「やっぱり……」
リースは部屋に入ると、管理者と呼ばれた存在が死んでしまっていたことを確認した。エリシスとユリシスが続いて入ったあと、おかしな物体が部屋に入り、主人のもとに急いだ。
『マサカ キノウヲ テイシシテイタナンテ……』
リースは寂しそうにおかしな物体を見て呟く。
「あの子……。人が死ぬっていうことが分からないんだね……」
「そうですね……」
「そんなことよりさ。気になることがあるんだけど――」
リースとユリシスは疑問符を浮かべる。
「――コイツが死んでたのに、何で、あの獣は命令を出せるのよ?」
「出せなくない?」
「それを質問したのは、あたし」
「と、いうか、管理者が死んでたら、何も出来ないってことで……。何も解決しないってことで……」
全ての問題を解決できる人物の死に、ユリシスは混乱気味だった。
『キンキューコード ハツレイ! キンキューコード ハツレイ!』
おかしな物体が急に大きな音で騒ぎ始めると、今度は、何ごとかとリース達は身構える。
『アラタナ カンリシャヲ ヨウイシテクダサイ! アラタナ カンリシャノ ハケンヲ ヨウセイシマス!』
おかしな物体はリースに向き直る。
『カクニン! アラタナカンリシャヲ セッテイ!』
「か、管理者の設定?」
『アナタノナマエヲ オシエテクダサイ』
「わ、私? リ、リース・B・ブラドナーだけど……」
『リョウカイシマシタ リース・B・ブラドナーヲ カンリシャニ セッテイシマシタ』
「へ?」
リース達が固まった。
『ヨロシクオネガイシマス。アラタナ ゴシュジンサマ』
「「「え~っ⁉」」」
リースが管理者になってしまった。
…
リースは頭を抱えて蹲る。
「何故、こんなことに……。管理者って、一番悪い人じゃないの……」
リース達の認識だとそうなる。そもそも、管理者とは何なのか?
リースがおかしな物体に質問する。
「管理者っていうのは、この世界で争いの原因を作っている人じゃないの?」
『ソノトオリデス』
「やっぱり悪い人だ……」
『ナゼデスカ?』
「だって、世界中にモンスターを放つようにしたのって、管理者の力なんでしょ?」
『ソウデスガ?』
「じゃあ、悪い人だよ……」
『イヤナラ ツクリカエレバ イイデハナイデスカ』
「……何それ?」
『アナタハ カンリシャナノデス。コノ ダイ138ジッケンジョウヲ カンリスレバ イイノデス』
おかしな物体の言った言葉に、リース達は顔を険しくする。
「今、コイツ……。実験場って言わなかった?」
「言いました。第138実験場と……」
リースは、おかしな物体に掴み掛かる。
「実験場って、何のこと!」
『コノセカイノコトデス』
「……実験されていたのは?」
『コノセカイ スベテデス。イキトシイケルモノカラ マホウトイウチカラ ツクラレルモノニイタルマデ スベテデス』
リース達は暫し言葉を失くした。
そして、思考することが再開されると、言いようのないものが込み上げてきた。
「じゃ、じゃあ、私達は、たった一人の人間が実験するために……」
「そんなの認めないわよ!」
「そうです! 突拍子過ぎて信用できません!」
しかし、リース達の言葉をおかしな物体はきっぱりと否定する。
『ジジツデス。ソシテ ヒトリノニンゲンノ ジッケンデハアリマセン。ココハ ベツジゲンニツクラレタ 138バンメノジッケンジョウ ソレダケノコトデス』
リース達は力なく、その場に座り込んだ。
「ようやく世界の諸悪の根源まで辿り着いたと思ったら、その人間が死んでいて……。そして、私達の世界が実験場? だから、あんな酷いことが出来たっていうの?」
「生きてるもの、魔法、武器、全てが実験って、どういうことですか?」
「この世界は、何なのよ? 管理者は、何を実験していたのよ?」
「ただ普通の日常が欲しかっただけなのに……」
――何のために戦ってきたのか?
――自分達の存在が何なのか?
――何故、実験などという言葉が出てくるのか?
訳が分からなかった。
「いやだ……」
リースは言葉を漏らす。
「終われない……。やっと、ここまで来たんだ……。辛いことを我慢して、守って貰った未来を投げ出せない……」
リースは立ち上がり、再びおかしな物体に手を掛ける。
「この世界を教えて! どうすれば、モンスターを止められるかを教えて!」
おかしな物体は質問を返す。
『コンドハ ナニヲ ジッケンスルノデスカ?』
リースは首を振る。
「実験じゃない! 世界を元に戻すの!」
『モトトハ? ナニモナイジョウタイデスカ?』
「そうじゃない!」
リースの肩にユリシスが手を置く。
「落ち着きましょう」
「ユリシス……」
「気が動転しているのは、わたしも同じです。でも、管理者に世界を創る力があるなら、何とかなります」
ユリシスは安心させるために笑顔を浮かべる。
「創り直せるなら、八十年前よりも素晴らしい世界を創ることが出来るかもしれないんです」
「……うん」
「わたし達も考えます」
「ありがとう……」
ユリシスはエリシスに同意を求めようと目を向ける――。
「…………」
――が、エリシスは知恵熱を出して口から煙を吐いていた。
「姉さん!」
「意味が分かんない……」
「帰って来てください!」
「想像力が追いつかない……」
「だから、『三人で考えましょう』って、言ってます!」
「……考えて分かるの?」
ユリシスは、おかしな物体を指差す。
「質問攻めです!」
「時間が掛かりそうね……」
管理者亡き塔の管理者として、リース達は大きな問題を抱えることになってしまった。