獣との戦場にリースだけが立っているのを確認すると、エリシスとユリシスは走ってリースのところに向かった。途中、落ちているレイピアの片割れを拾って鞘に納め、やっとリースのところに辿り着いた。
「終わったわね」
「うん……」
「どうしたんですか? 獣を倒したのに?」
リースはユリシスから鞘を受け取ると、自分の持つレイピアを鞘に納めた。
「この戦いは終わったけど、まだ全部が終わってない……」
「どういうことよ?」
「この獣も被害者の一人だった……。伝説の武器を人間に造らせるためだけに生み出されたって……」
「ハァ⁉」
「この獣のしたことは決して許されないけど、本能や理性――考えること全ての優先順位が伝説の武器を作製させることになっていたの……」
「誰がしたんですか?」
「管理者……」
「じゃあ、諸悪の根源はコイツじゃなかったの?」
「そうなる。それに――」
リースは言いよどむ。
「――この獣、オリハルコンのレイピアが求めていた武器だって分かると泣いてた……。千何百年も前から、ずっと一人で武器を造らせるために奔走して、その武器で殺されることを願ってた……」
「それって……」
「凄く孤独で寂しい……。だから、使命を果たせたって……。これが求めていた伝説の武器の性質を持っていたから、私に殺されたいって……」
再び流れ出した涙をリースは拭う。
「そして、『すまなかった』って……」
「謝ったの?」
リースは頷き、納得できない終わりに拳を強く握る。
「何か、おかしいよ! あの獣も好きで悪いことをしていたんじゃないんだよ! 自分の意思じゃないものを植えつけられて、自分じゃ止められない何かに突き動かされて、そして、皆を不幸にしちゃった! 私は、最後に同情することしか出来なかった!」
「リース……」
エリシスはリースを抱きしめる。
「それでいいじゃない……。最後に憎しみだけが残らなくて良かったじゃない……」
「エリシス……」
リースはエリシスに抱きついて大声で泣き出した。
「よく頑張ったわ。アルスの期待にもしっかり応えたわよ」
「だけど……。だけど……。だけど……」
「ああ、分かった分かった」
エリシスは気の済むまでリースを泣かしておくことにした。そして、戦った痕跡を眺めて溜息を吐く。
「最後の魔法も凄かったけど、よくこんな化け物を倒せたわね」
「ある意味、人間らしい戦いだったような気がします。牙もない爪もない人間が道具を持って立ち向かったのですから」
「そして、野生の動物が火を恐れるように、獣はオリハルコンの剣を恐れた感じだったからね」
「ええ、リースさんの戦いは色んなものを守りました。これからの未来、獣の尊厳――あ!」
「どうしたのよ?」
「今、ドラゴンレッグの兵士とモンスターって、まだ第三戦線で戦っていますよね?」
「第一戦線でも第二戦線でも戦ってんじゃない?」
「どうやって、止めるんですか? 止め方、聞こうにも獣が死んじゃってんですけど……」
「…………」
沈黙する時。
「あ~! どうすんのよ⁉」
リースが目を擦りながら顔を上げる。
「管理者の建物が竜の膝にあるって……」
「あんた、鼻水垂れてるわよ? こんなに伸びて繋が――」
繋がっていたのはエリシスの武道着の胸だった。
「何処に橋を架けてんだ!」
エリシスのグーが、リースに炸裂した。
「まあまあ、姉さん……」
ユリシスがエリシスを宥めながら、ハンカチでリースの鼻を拭く。
一方のエリシスはベタベタになった武道着を引っ張りながら目を落とす。
「着替えるしかないじゃない……」
「私も着替えるよ。でも、その前に――」
リースは息絶えた獣を見る。
「――お墓を造ってあげなきゃ……」
エリシスは頭を掻く。
「アルスと過ごす時間を奪った憎たらしい奴だけど、同情する余地もあるか……」
「うん……」
息絶えた獣の顔は、何処か穏やかに見えた。今、思えば、この獣は全てにおいて人間よりも必死に生き抜いた気がする。長い年月の中、誰よりも真剣に生き抜いた気がする。だから、リース達の胸には憎しみ以外のものが残った。
「じゃあ、姉さん達は、バラバラになってしまった体を集めてください」
「あんたは?」
「穴を掘ります」
ユリシスは地面に手を添えると小さな地割れを作った。
「無詠唱の時は、形態も自分の意思で操作できるので」
「じゃあ、ついでに墓石も用意しといて」
「分かりました」
「ん? ちょっと待った」
「どうしました?」
ユリシスは首を傾げる。
「あんたの美的センスってあれでしょ? あんたが墓石造って大丈夫なの?」
「……姉さんもですけどね」
脳裏に蘇る二人で描いたセグァンの似顔絵。ユリシスは手を使ったから絵がおかしくなっただけだと信じたかった。
しかし、結局、自分を信じ切れなかったユリシスは、極力装飾のないシンプルな墓石を造るだけにした。