反撃することも諦め、やがて訪れる死も認識していたが、獣の胸の中には未練が未だ残っていた。
(だが、未練は果たせなくとも、疑問だけは解いておきたい……)
獣はリースに話し掛けた。
「……とどめを刺されて殺される前に、質問に答えてくれぬか?」
獣の言葉に、リースは頷く。
「……一体、その剣は、何だったのだ?」
リースは右手に握ったままのレイピアを水平に翳す。
「話すと少し長くなるよ」
「構わぬ……」
「死んでしまわない?」
「中々、死ねない体だ……。あと、三十分は生きていられる……」
「……分かった」
リースはレイピアを下ろすと語り出す。
「切っ掛けは管理者の魔法……。ずっと昔、アルスのお爺ちゃんのイオルク・ブラドナーがお姫様の暗殺事件の際に、管理者の魔法で凍らせた鏃で武器を切断されたところから始まるの」
獣は目を見開いて驚いた。
「あの計画では、何も起きなかったはずだ。ノース・ドラゴンヘッドの乗っ取りに失敗し、人々に伝説の武器を必要とする恐怖感を与えられなかった」
リースは首を振る。
「アルスのお爺ちゃんは、その時に危機感を覚えて鍛冶屋になったって……」
獣は呆れて笑ってしまう。
「は…はは……。計画を失敗させた男が切っ掛けになったというのか?」
リースは頷く。
「言えないこともあるから省略するけど、アルスのお爺ちゃんは、その後、世界中を回って特殊鉱石を集めた。オリハルコン、緑風石、黄雷石、白剛石、青水石、赤火石……。特殊な鉱石全てが、オリハルコンを錬成して鍛えるには必要不可欠だって聞いてる」
「その通りだ」
「そして、アルスのお爺ちゃんが本当のお爺ちゃんになった頃、アルスが養子になった。覚えてる? アルスのこと?」
「忘れるものか……」
「アルスはね。サウス・ドラゴンヘッドの宝物庫が解放された時に出てきた魔族の呪いに掛かって、レベル2以上の魔法でバーサーカーになってしまうの」
「それは八十年前に直接聞いた……。そして、それは私のせいだ」
「え?」
「サウス・ドラゴンヘッドの宝物の解放……。それの本来の目的は、ドラゴンヘッドの大陸にはないオリハルコンの錬成方法をあったことにすることだったのだ。存在しなかったはずのオリハルコンの錬成方法の出所を意図的に作らすために、宝物の解放と共にオリハルコンの錬成方法を宝物に混ぜてドラゴンヘッドの大陸に放った」
「そんな……」
「しかし、伝説の武器を造るような動きを人間達は見せなかった。私は、何としても伝説の武器を造らせねばならなかったのに」
リースは言いたいことが沢山あった。しかし、死に掛けている獣を見ると、気持ちを抑えて話を続けた。
「……アルスは、その時に魔法使いになる夢を捨てた。だけど、アルスのお爺ちゃんがアルスに鍛冶屋の技術と生きていくための力を与えてくれた。アルスは一生懸命頑張って、鍛冶屋になって、お爺ちゃんと一緒にこの剣を造ったの」
「あの時、その剣をアルスは携帯していなかったはずだ……」
「持ってた。この剣はメイスの中に封印されてた」
獣は過去に潰された自分の右腕を思い出す。
「そういうことか……」
リースは頷く。
「その後、一人旅に出たアルスがセグァン・アバクモワ率いる盗賊団に滅ぼされた、移民の街の生き残りの私を引き取ったの」
獣は小さく唸り、問い掛ける。
「その町にニーナ・ビショップが居たのか?」
「うん……。お婆ちゃんはビショップの名前を隠し名にして、ただの平民になって暮らしてた。お婆ちゃんが移民の街に居た理由は、私もお母さんも知らない。でも、お母さんは、お婆ちゃんに抱かれて移民の街に来たって言ってた」
獣は目を瞑ると、弱々しく言葉を吐き出す。
「何もかも……。私の仕出かしたことが繋がっているのか……」
「それからの経緯は知ってると思う。エリシスとユリシスが仲間になって、サウス・ドラゴンヘッドであなたと戦った。その後、八十年の眠りに着いた私達は、アルスに未来を託された。そして、自分達の未来を守ろうと思って、ここに居る。この剣は、未来を守るためにアルスが完成させた剣」
「そういう話だったのか……。オリハルコンの剣は造られていたのに、それよりも製造が簡単なはずの伝説の武器が造られていないとはな……」
リースは強い視線で獣を見る。
「今度は、あなたが教えて。何で、そんなに伝説の武器に拘るの?」
リースの質問に、獣は静かに答えを返した。
「……それが私の生きる理由だったからだ」
「生きる理由?」
「私は管理者に、人間に伝説の武器を造らせるために生み出された生き物なのだ。生存本能も理性も、それを優先するためだけに調整され、力も知識も屈強な体も、そのためだけに与えられた」
「そんな……」
「伝説の武器を造った人間が、私を殺して役目を終えるだけの存在なのだ」
リースは首を振る。
「そんなのダメだよ。ちゃんと自分の気持ちで考えなきゃ。そのせいで、沢山悪いことしてきちゃったじゃない」
「……しかし、本能がそうさせるのだ。それを叶えるための欲求が体を駆け巡り、それをするために理性が働き続ける」
リースは涙が溢れた。憎まなければいけない相手も、結局、管理者に操り人形にされていた。そして、そのせいで何人もの人間が運命を狂わせ、死んでいってしまったのだ。
「その剣は、伝説の武器ではなかったが満足している……」
「……あなたの求めていた伝説の武器は、どういうものだったの?」
獣は力なく目を開けたまま、語り出す。
「炎の力を宿す宝石を持つ武器だった……」
「……どういうこと?」
「壊せない武器とは、何だと思う?」
質問を質問で返されたリースは、少し戸惑ったが答える。
「一番硬い金属で出来ている武器だと思う」
「……それでは正解の半分だ。もう一つ重要な要素がある。それは熱だ。戦いにおいて武器を壊す可能性があるのは、より強固な武器であることと、熱で金属を溶かすこと。つまり、もう一つの天敵は火の魔法ということなのだ」
「それで、火の属性を持つ鉱石があるドラゴンヘッドで……」
「ああ、伝説の武器を造らせようとしていた」
リースは複雑そうな顔になる。
「……こんなこと、教えたくないけど――」
獣は顔をリースに向ける。
「――この剣は間違いなく、あなたの求めていた武器だよ」
「……どういうことだ?」
リースはレイピアの虹色の剣身を指差す。
「これがアルスが生涯掛けて造った武器の成果……。合金にしないで、オリハルコンに刻み込ませ続けたの」
「刻み込ませた……? 何をだ?」
「魔法……」
獣の目はレイピアに注がれ続けた。
「アルスもアルスのお爺ちゃんも同じことを考えてた。火炉の中で金属が姿を変えて剣が出来るように、逆も考えられる。戦いの中で剣を滅ぼす存在があるなら魔法だろうって……。ドラゴンテイルで修行していた時に、お爺さんが鞘に刻まれたアルスの言葉を見つけた」
「では、その虹色に輝く剣身は――」
「魔法を切り裂くためのもの……。オリハルコンは人の意思に反応する性質があるけど、それを人間がオリハルコンに命令し続けるのは不可能に近い。だから、砲筒に魔法を圧縮する以外に『剣身に染み込め』って命令が月明銀を通して、砲筒から魔法を圧縮して撃ち出す度に発生してた。つまり、圧縮した魔法の何分の一かは、剣身に染み込んでたの」
「そういうカラクリがあったのか……」
獣は涙を流し始めた。
「終わった……。千何百年にも及ぶ使命がようやく果たされた……」
獣は声を漏らしながら泣き続けた。
リースはゆっくりと近づき、獣の横にしゃがみ込んだ。
「……あなたの名前は?」
獣が『そんなものはない』と首を振ると、リースは膝を突き、レイピアを獣の前に置いて獣の顔を両手で覆った。
「……私と一緒に来る?」
「何を言っているのだ……」
「両腕を失って、私なんかに斬られて、伝説の武器で殺されるために生きるなんて辛過ぎるよ……。ユリシスなら魔法で何とか体を付けれるかもしれない。そうしたら、私達と一緒に管理者に一言……言いに行こうよ」
リースの言葉に、獣は満足そうな笑みを浮かべる。
「やっと、使命を果たして死ねる……。長い時間を生き過ぎた……。最後はリース・B・ブラドナーの手に掛かって死にたい……」
リースは首を振る。
「それでいいの? 死ぬために生きるなんていいの?」
「いいのだ……」
「あなたも、本当は普通に生きたかったんじゃないの?」
「本能が許してくれん……」
獣の言葉があまりに寂しくて、リースは獣を強く抱きしめた。
「あなたは憎いけど、認めないといけない……。あなたは間違いなく、自分の使命を貫き通したよ……」
獣はリースの胸の中で、ゆっくりと目を閉じた。
「あなたが言えない言葉は、代わりに私が言っておく……」
「任せた……。竜の膝に向かえ……。そこに管理者の建物がある……」
「うん……」
「とどめを刺してくれ……」
リースは獣をゆっくり横たえ、獣から離れると右手で涙を拭った。
そして、地面に横たわるレイピアを拾い上げる。
「さよなら……。忘れないよ……」
「……すまなかった」
獣が謝罪の言葉を口にしたあと、リースはレイピアを振り下ろした。獣は呼吸を止め、長かった戦いは最期を迎えた。