徹夜明けの戦いが終わり、日が昇り始めた頃――。
リース、エリシス、ユリシスは第二戦線を切り抜けた。第一戦線と違い、人間よりも戦闘能力の高いモンスターを相手にするため、戦線を切り抜ける時間もずれ込んだ。
それでも、十分に戦えた。ユリシスの魔法を中心にリースとエリシスが時間を稼ぎ守り抜いた。余力も残っている。
リースは自分の腕に回復魔法を掛けながら息を吐く。
「リザードマンに接近し過ぎて、鱗で腕を擦っちゃった……」
「お疲れ様でした」
「ユリシスのお陰で助かったよ」
「あんな大魔法を使う場面があるんですね。第一戦線では味方が邪魔で使えませんでした」
「レベル5の広域魔法って、容赦がないというか……」
「人間相手のものではありませんね」
ユリシスが苦笑いを浮かべる。
「でも、そういう魔法だよね。生半端な魔法だとモンスターの厚い筋肉で耐えられちゃうから、そのための魔法って気がした」
第二戦線でユリシスが使った魔法は、明らかな規格外の魔法だった。その威力はエルフの隠れ里で確認していたが、本当に使う場面があるのか疑問を残すものだった。
(だから、ここで使うまでクリス先生の教えが信じられないでいた。これだけの魔法を更に二重詠唱で効率的に使う必要があるのかと……。だけど、この魔法を使わずに戦線を越えるのは無理だった)
強過ぎて使わない力。ユリシスは魔法使いにレベル5の使い手が少なかった理由が、もう一つ思い浮かんだ。
(人間相手にレベル5の魔法を使う必要性はない)
確かに広範囲で攻撃できるのは戦争を行なう上で必然かもしれない。しかし、戦争とはいえ、殺し合いにもルールがある。宣戦布告をして、降伏を認めて戦争は終わるのだ。
レベル5の魔法は人間同士の戦いのルールを壊すのに十分過ぎる威力を持ち、大量虐殺の引き金になりかねない。
(こんな恐ろしいものを平気で使える人間は居ない……)
一人の魔法使いとして、ユリシスは魔法を扱う者の責務というものを感じていた。扱う者には資格が要る。
「それを含めての教えだったのかもしれませんね……」
「ん?」
リースは自分の話しに返ってきた言葉が分からずに首を傾げた。
「すみません。今のは独り言です」
「そう?」
ユリシスは誤魔化すように、リースに質問をする。
「リースさんも魔法を使っていましたね?」
「リザードマンを小太刀で斬ると小太刀の寿命が直ぐに来ちゃうんだ。だから、雷の圧縮魔法をゼロ距離で当ててたの」
「よくそこまで接近できますね?」
「モンスターの動きは大きくて、止まってるようなものだから」
「止まってる?」
妙な言い回しに、ユリシスは質問を重ねる。
「もう少し詳しく聞かせてください」
リースは頷いて答える。
「予測が外れることがないってこと。頭の中のイメージしたことが、現実に起きるのが当たり前」
「どういう修行をすれば、そうなるんですか?」
リースは回復魔法を掛け終わると、キャンプのある方向を指差す。
「歩きながら話すよ」
「はい」
リースとユリシスの話をエリシスも黙って聞きながら後に続く。
「初めて刃物を持った時のことを覚えてる?」
「わたしは覚えてません」
「私は覚えてる。アルスが刃物の怖さを教えてくれて、少し指を切られた。この痛みを相手に与えることが殺すということ。そして、自分に受けることが死ぬということだって、丁寧に教えられた」
「そんなことが……」
リースは頷く。
「それでね。ユリシスも、死というものを意識してると思うけど、それは凄い集中力を高められる要因なんだ」
「分かります」
「だけど、私やエリシスは、もう一つ高い集中力を持っているの。武器を使って相手を確実に殺すための集中力」
ユリシスの視線に、エリシスは頷いて返す。
「そして、その集中力は男と違って、か弱くて小さい体しか持てない私達だからこそ、高い次元にある。武器に頼らないと負けちゃう存在だからね」
「奥深いんですね」
「……自分で言うと自惚れてるみたいで嫌なんだけど、私は、もう一つ先の集中力を持っていると思ってる。自分を切り裂きかねないレイピアに怯えて、別の集中力を引き出してる。怯えて弱い存在だから、間違い探しというものに縋らないと成り立たない戦い方を身につけなければいけなかった」
「弱い存在……」
リースは肯定して頷く。
「だからこそ、アルスとアルスのお爺ちゃんが造った武器を扱える」
「弱さと強さって背中合わせみたいですね?」
「そうかもしれないね。弱いから強さが必要だからね」
ユリシスはリースの話し方に懐かしいものを感じていた。
「「アルス(さん)みたい……」」
エリシスとユリシスの言葉が重なり、二人は、お互いの顔を見合うと笑顔を浮かべた。
「アルスも一緒に居るみたい」
「リースさんの話し方、アルスさんにそっくりでしたよ」
リースは照れながら、手を頭に持っていく。
「そ、そうかな?」
「はい」
リース達は声を出して笑う。
「体は疲れてんのに、今の会話で気持ちは楽になったわ」
「そうですね」
「今日は、ゆっくり休むんでしょ?」
「ええ」
エリシスは唇の端を吊り上げ、手をワキワキと動かす。
「お姉さんが、どれだけ成長したかを洗いっこして確かめてあげるわよ」
「……エリシスとは一緒に体を洗わない」
「姉さん、わたしがしっかり調べておきます」
「よく出来た妹だわ」
「いい加減、変にエロいのやめなよ!」
「「だって、同じ体してる相手を触っても意味ないし……」」
「双子の感性って、こういう風に似通って成長するの⁉」
リースが逃げるようにキャンプに走り出すと、その後ろを楽しそうにエリシス達が追い掛ける。『この人達、自分よりも大人なはずなのに』と、リースは溜息を吐いた。
…
リース達が休むことの出来るキャンプもそうだが、各戦線で戦いを行なうことが出来るのは色んなものが繋がっているからである。イオルクとクリスがドラゴンレッグへ向かう最前線の町を開放したこと。ドラゴンテイルのキリの提案でドラゴンヘッドからドラゴンテイルまでの道が確保され、それにより、ドラゴンウィングから向かう西回りのルートも改善され続けていること。アルスとミストがサウス・ドラゴンヘッドを建て直すことに協力し、トルスティ達、ニーナ王妃を支持していた魔法使い達がサウス・ドラゴンヘッドを新しく生まれ変わらせたこと。そのお陰で、騎士の国ノース・ドラゴンヘッドと魔法使いの国サウス・ドラゴンヘッドが連携して戦い、更に各戦線にキャンプを張ることが出来るように尽力してくれている。そういった過去からの積み重ねと繋がりが、今、ここに繋がっているのだ。
そして、過去から繋がったもののお陰で存在する最後のキャンプで、女性用の簡易シャワー室でリースの悲鳴が響き終わったあと、替えの服に着替え、他の人達と朝食を取ろうとしていた。
テーブルの隅では、リースが小さくなっていた。
「もう、お嫁に行けない……」
「ただのスキンシップじゃない」
「女性から見ても羨ましい体に成長してましたよ」
「同じ女性から、あんなことをされるなんて思わなかったよ!」
「リースもしっかりと大人の女になってて、あたしは安心したわ」
「無償の母の愛ってヤツですね」
「そんなお母さんは居ないよ! 触らないよ! 弄らないよ! セクハラしないよ!」
エリシスとユリシスはニヤニヤと笑っている。
「この反応を暫く見てなかったのよね」
「懐かしいですね。また一緒に旅してるって気がします」
「主にアルスのポジションだったけど」
リースは深く項垂れる。
(アルス……。見えないところで苦労してたんだ……。私を守ってくれてたんだね……)
リースの回想の中で、アルスは完全な人身御供になってしまった。
――と、悪魔二匹にリースがからかわれていると、朝食を取っているテーブルに相席していた騎士がリース達に声を掛けてきた。
「少しいいか?」
「「「ん?」」」
声を掛けてきたのは、ノース・ドラゴンヘッドの黄金の鎧を着けた騎士だった。
「初めて見たわ。ノース・ドラゴンヘッドの一番強い騎士の鎧」
「わたしもです」
「私も」
「私のことは、どうでもいい。君達のことを聞かせてくれ」
「あたし達?」
「他の仲間は、何処に居るのだ?」
リース達は顔を見合わせると笑う。
「居ないわよ。あたし達、三人だけのパーティだもの」
「馬鹿な……。ここに居るのはノース・ドラゴンヘッドでも優秀な騎士とサウス・ドラゴンヘッドの優秀な魔法使いがほとんどだ。君達みたいな少女が、ここに居られるわけがない」
「居られるわけがないって……。ここにはドラゴンヘッドの人間しか居ないわけ?」
「ドラゴンウィングの兵士とドラゴンテイルの兵士も多くはないが混ざっている」
「じゃあ、あたし達がここに居ても不思議じゃないじゃない」
「女性用のテントには君達しか居なかっただろう。ここは、女性が辿り着くには困難な場所なのだ」
エリシスは溜息を吐いて、片手をあげる。
「で?」
「は?」
「だから、それが何だって言うのよ?」
「何って……。だから、信じられないのだ」
「あんた、自分で見たものを疑ってたら、一体、何を信じるのよ? あんたの目の前に居る美少女は、間違いなく第二戦線を越えてきたわよ」
「後半の美少女は異議を申し立てるが、確かに事実は受け入れなければならんな」
「美少女は、一番初めに受け入れないといけない事柄でしょうが!」
テーブルを叩くエリシスに、黄金の鎧を着けた騎士は眉を歪める。
「君は言っていて恥ずかしくないのか?」
「あんたは、目でも腐ってんじゃないの? それとも、ただの巨乳好き?」
「巨……! 愚弄する気か!」
黄金の鎧を着けた騎士は剣に手を掛けた。
「愚弄する気よ。あたしの魅力の分からない奴に話すことなんてないわよ」
「女! 剣を抜け!」
「っなもん持ってないわよ。騎士の誇りが何たらかんたらってヤツ? 相手が正々堂々と武器を構えてなきゃ襲って来ないんでしょ? だったら、無視してだんまり決め込むわよ」
エリシスの態度に黄金の鎧の騎士はカンカンになっている。奥歯をギリリと鳴らすと振り返って去って行った。
「エリシス、やめなよ」
リースはエリシスを止める。
「第三戦線の情報を聞かないといけないんでしょ」
「あ、そうだった」
しかし、既に後の祭り。黄金の鎧の騎士は去り、取り返しが付かなかった。
「ア、アイツが居ない時に、別の騎士に情報貰いましょう」
「エリシス……」
リースは溜息を吐いた。
情報収集は、明日へと持ち越しになってしまった。
「とりあえず、食事にしませんか? わたし、お腹減っちゃって」
「そうそう! お腹が減って気が立ってたから、あんなこと言っちゃったのよ!」
「今、思いついたとしか思えないセリフなんだけど……」
「気のせいよ」
「……そうしとく」
「では」
リース達は手を合わせる。
「「「いただきます」」」
徹夜明けの食事はとても美味しく、キャンプがここにあることを感謝する。そして、しこたま朝食をお腹に収めると、リース達は女性用のテントで夕方まで眠り続けた。
…
夕方――。
リース達は目を覚ますと、基礎の鍛練をして前日との変化の確認と微調整を済ます。そして、再び夕飯をお腹に詰め込むと、直ぐに眠りについた。
翌日――。
朝食を取ると、リースとエリシスは体調が元に戻っているのを確認する。
リースは軽くステップを踏み、トントンとブーツで地面を蹴る。
「一日置いたから筋力の衰えが気になったけど、徹夜の戦いがいい感じに作用して筋力の衰えを防いだみたい」
「そんな感じね」
ユリシスは、今の会話を聞いて二人に話し掛ける。
「そんなに気になるものですか?」
「この戦いが終わるまでは、ベストの状態を維持したいのよ」
「特に私の戦い方は精密動作だから、誤差が酷いようなら一日鍛えて戻すつもりだった」
「そこまで……」
体調の確認を終えたリースがキャンプの真ん中を指差す。
「情報を収集しに行こう」
エリシスとユリシスは頷くとリースに続く。昨日、エリシスのせいで先送りになってしまった情報収集を改めて開始すべく、全員がキャンプを歩きながら見回す。だが、不思議なことにキャンプ内には、まだかなりの人数が残っていた。
「戦いに出て行かないのかな?」
「さあ?」
昨日、エリシスが怒らせていない黄金の鎧を纏った騎士を見つけると、リースが声を掛ける。
「すみません」
「何だ?」
「第三戦線のことを聞きたいんだけど……。皆、戦わないの?」
「正確には戦えない、だな」
「戦えない?」
「第三戦線の敵はドラゴンレッグの兵士とモンスターが、ただ襲って来るわけではない。奴らは連携して襲って来るのだ」
「人間とモンスターが?」
「まるで打ち合わせでもしてきたようにな」
エリシスが横から口を挟む。
「会話じゃないの?」
「ああ。口はレジストの呪文を唱えっぱなしで会話は出来ない」
「そういえば、第二戦線の魔法使いが、そんなことを言ってたわね」
ユリシスが辺りの騎士達を見てから話を続ける。
「これだけの騎士達が居れば、こっちも連携を組めるのではないのですか?」
「組めるが、決め手がない」
「決め手?」
「あの数に対抗する決め手は魔法だった。騎士だけの突破は不可能に近い。ここまで辿り着けた者も少ないし、仮に辿り着けても大人数を維持できる備蓄があるかというと難しい。伝説の武器が多くあれば決め手にもなるのだがな」
ここに辿り着くには幾つかの条件をクリアしなければならない。まず、単独での突破は不可能なので、優秀な魔法使いが居ること。その魔法使いを守る護衛が居ること。そして、人間相手ではない、モンスター相手でも戦える強固な武器を持っていることである。
もう少し挙げるなら、ここまで辿り着いた者達の武器の補給、食料や生活物資の備蓄、それらを確保するのに戦線を往復できる者があまりに少ないこと。現状、武器の補給は難しく、食料や生活物資の納入が優先されている状態だった。
黄金の鎧を纏った騎士の話から、ユリシスは気になるものが出来た。まず、その気になったものが、ただの思いつきかを確認するために質問をする。
「先ほどの話……。何故、伝説の武器なら、なんですか?」
「伝説の武器に装備されている魔族の宝石を使えればダメージを与えられる」
「その情報は、何処から?」
「過去の勇者達の戦いの史実からだ」
「この場に伝説の武器は? ドラゴンテイルとドラゴンウィングの武器ならあるはずですよね?」
「どちらも投入されていない」
「何故ですか?」
「たった二つの武器が投入されても現状が変わらないと判断したからだ。ドラゴンテイルの武器もドラゴンウィングの武器も対人相手の武器で、大軍武器ではない。魔法で言えばレベル3の中距離までの攻撃範囲しかない。威力は凄くても、それでは戦線を抜けられない。故に、使い手はここまで来ているが、援護する魔法がないので投入に躊躇している。あれが世界の最後の希望だからな」
「つまり、新しい伝説の武器の開発は、何処の国でも行なわれていなかったということですか?」
「そうだ。それにオリハルコンも魔力の結晶化した石も見つかっていないからな」
「そうですか……」
リースがユリシスに代わり、別の質問をする。
「じゃあ、第三戦線で戦いは行なわれていないの?」
「いや、レジストされる魔法を何とか届かせようと、魔法使いが色々な手段を試している。魔法さえ使えれば、突破の糸口が見える」
「そう……。他に第三戦線の情報は?」
「第三戦線は短いということかな」
リース達は顔を見合わせたあと、続きを促す。
「第一戦線、第二戦線は歩いて二日の距離だったが、第三戦線は歩いて半日ほどだ」
「そうなの?」
「何人か戦線を抜けた者も確認した」
「それで、その先は?」
「分からない。その後、誰一人として戻っていない。だから、一人ではなく複数人――出来れば小隊か中隊を送るようにすることが、今の目標になっている。確認できなければ、使い手の投入は出来ない」
「なるほどね」
エリシスはリュックサックを背負って槍を担ぐ。
「行きましょう」
「行くって……。どうする気だ?」
「死ぬつもりはないわよ。あたし達も自分の目で情報を集めて判断するだけ。情報収集している魔法使い達の邪魔はしないわ」
「そうか……。気をつけて、無理をしないようにな」
「ありがとう」
黄金の鎧を纏った騎士にお礼を言うと、エリシスは歩き出す。
そのエリシスの背中に、リースは声を掛けた。
「エリシス。ちょっと、待って」
「何?」
「小太刀を一本供養していく」
「小太刀?」
リースは腰の後ろから、無銘の小太刀を鞘ごと抜いた。
「第一戦線と第二戦線を戦い抜いて、寿命が来ちゃったの」
リースが鞘から刀身を抜いてみせると、小太刀は歪みと引っ掻き傷と刃毀れが全体に及んでいた。
「あんた、どれだけ斬ったのよ?」
「分からない……。でも、この小太刀じゃなければ、ここまで戦え抜けなかったし、白兎を温存できなかった」
ユリシスがエリシスに話し掛ける。
「信じられませんが、黄雷石の武器がリースさんの攻撃回数に耐えられなくなっているのでは?」
「そういうことでしょうね」
無銘の小太刀を胸に抱き、リースは感謝を告げる。
「ここまで、ありがとう。あなたじゃなければ、戦え抜けなかった」
キャンプの脇に移動すると、リースは大きな木の下に無銘の小太刀を埋め、手を合わせた。
それをエリシスとユリシスは不思議そうに見ていた。
「造り手のアルスに感謝したことはあっても、あまり武器に感謝したことはなかったわね」
「そうですね」
「あたし達の形見の武器は感謝する間もなく紛失しちゃったけど、出来ることなら、ああしてあげたかったわね」
「はい」
武器に対する供養が終わり、リースが合流すると、三人はキャンプの外に向けて歩き出した。
「この戦いに勝たなきゃいけない理由が増えた」
エリシスが尋ねる。
「供養した小太刀のこと?」
「うん。あの子を犠牲にして、ここまで来たからね」
エリシスは頷く。
「負けられないわね」
「うん」
リース達は決意を新たに戦場へ踏み込み、徐々に気持ちを切り替え始めた。
先を歩くエリシスに、ユリシスが声を掛ける。
「姉さん、槍の力を解放する気ですか?」
「状況によっては、それしかないんじゃない? 水の力で倒せるか微妙なところだけど」
ユリシスは視線を落として考えると、暫くして顔を上げる。
「槍の力を解放する前に……、一つ試したいことがあるんです」
「試す?」
「まだ予想でしかないんですけど」
エリシスはリースを見る。
「どうする?」
「私はいいよ」
三人はキャンプの出入り口まで来る。
「あたしもいいわよ」
ユリシスは頷く。
「もし、仮説が正しければ、ここの人達が、まず第三戦線に踏み込むことはありません」
ユリシスは第三戦線へと視線を向ける。
「恐らく、この第三戦線は偽りの魔法で姿を隠しています」
ユリシスを先頭にキャンプを抜け、第三戦線の手前まで三人は無言で歩き続ける。
そして、ユリシスが自身の魔法の射程内にドラゴンレッグの兵士を入れると、足を止めて右手の人差し指をドラゴンレッグの兵士へ向けた。
ユリシスの指先に魔力が集中し、圧縮された火球が撃ち出される。火球はレジストの魔法を詠唱していたはずの兵士の肩を貫いた。
「……効いてる? ちゃんと効いてるじゃない!」
エリシスの言葉に、リースも強く頷く。
ユリシスは、ゆっくりと話し始める。
「仮説道理です。全ては管理者の作ったまやかし……。呪文を使って撃ち出された魔法は、管理者に権限があり、その魔法をレジストという魔法があるかのように悟らせていたのです。実際は、手前で消滅させていたに過ぎません。そして、無詠唱魔法は管理者の支配下にない自分が作り出した自分だけのもの……、故に防げません」
「呪文のある魔法って、そういう仕組みになっていたの?」
エリシスの言葉に、ユリシスは頷く。
「補助魔法のレジストで呪文を防いだりするのは嘘なんです。管理者が、そういう魔法があるって、人間に刷り込んだものなんです。体に当たる前に消滅しているように錯覚させて魔法を解除しているだけなんです」
「そういうこと……。じゃあ?」
「はい、わたし達は戦えます。ここからは無詠唱での攻撃魔法の力押しです」
「了解! それなら戦える!」
多勢に無勢でも、魔法の援護があれば戦える。
この場所には条件を満たした無詠唱で大魔法を使える魔法使いが居るのだ。
「あの人達に伝えなくて大丈夫かな?」
リースの心配に、ユリシスが付け加える。
「言わなくても直ぐに気付きます。そして、力になれないことも」
「じゃあ、このまま行くの?」
「そのつもりです。元々、大人数をサポート出来ません。わたし達だけを守り切るのが精一杯です」
ユリシスは杖の何も掘られていない部分を握り直す。
「形態変化の文字が邪魔になって、無詠唱魔法は杖の補助を受けられません。故に精神力を補助していた第二戦線までとは大きく違います」
エリシスが片手をあげる。
「ついでに言うと、あたしの槍も守れる人数は決まってる」
リースがエリシスとユリシスの横に並ぶ。
「私は二人に甘えるよ。白兎一本で、この戦線を越えなきゃいけない」
「お姉さん達に任せなさい」
「バッチリ守ってあげます」
「頼りにしてる」
リース達は、第三戦線へと駆け出した。