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終章・そして、それは彼女に受け継がれ……。 17 【強制終了版】

 夜が明け、第二戦線へとリース達は進むことになる。長い修行期間は回復力も向上させ、昨日の疲れを残すことはなかった。昨日、食べられなかった分、朝食をお腹一杯に詰め込み、リース達は出発の準備を済ませた。

「次の戦線を越えたら、最後のキャンプ。そこで、お風呂に入って服を替えて、疲れを完全に抜いて最後の戦線に向かうわよ」

「それがいいですね」

「邪魔になるから、替えの服は少なくて貴重だもんね」

「そういうこと。そして、モンスターを相手に出来る人間は少ない分、ユリシスの魔法でバンバン攻める」

「任せてください」

 エリシスはキャンプの中から第二戦線に入る前の荒野に目を向ける。

「それにしても、このキャンプは完全な安全地帯だったわね。何で、敵が襲って来なかったのかしら?」

 今まで聞いていた獣の印象から、リースは言い切る。

「簡単だよ。獣は伝説の武器の査定をするために、ここに居る。ちゃんと自分のところに辿り着けるように戦線をコントロールしているんだよ」

「嫌味な奴ね……。まあ、アイツにとって、あたし達は伝説の武器を献上するための存在でしかないんだもんね」

「言わば、この戦線は振るい落としなんでしょうね。そして、第三戦線を抜けられない理由も、ここを越えれば分かるはずです」

 ユリシスの言葉に、リースは顎に指を当てる。

「手っ取り早く、戻って来た人に聞いちゃえばいいんじゃない?」

「……それもそうね」

 エリシスはキャンプの中を見回す。

「どいつが戻って来た奴かしら?」

「あの魔法使いなんかが、そうじゃないですか? ローブを着てますから、サウス・ドラゴンヘッドの魔法使いですよ」

 ユリシスの指し示す方には、数人の騎士と一人の魔法使いの男が意気消沈で項垂れていた。騎士達の着ている鎧には大小の傷が残り、激戦を耐え抜いた跡があった。第一戦線を抜けただけではこうはならない。モンスターと戦った形跡があるなら、第二戦線か第三戦線を越えている。

 早速、リース達は声を掛ける。

「すみません。第二戦線を越えた方々ですか?」

「ええ……」

 力なく魔法使いの男は、ユリシスに返事を返した。

「第三戦線には挑戦したんですよね?」

 魔法使いの男が両手で頭を抱えた。

「あれ以上は進めない……」

「どうして――」

 魔法使いの男が恐怖に駆られながら叫ぶ。

「どうして? 簡単さ! 魔法が効かないからさ!」

「魔法が効かない?」

「この布陣を見れば分かるだろう? 屈強な騎士達が私を守り、レベル5の広域魔法で殲滅するのが、ここから先の進め方だ。しかし、第三戦線では、敵に一切の魔法が効かなくなる」

 魔法使いであるユリシスは顔を険しくして、続きを促す。

「……理由は?」

「レジストの魔法……。モンスターもドラゴンレッグの兵士もレジストの魔法を唱えて、魔法を打ち消してしまう」

「モンスターと兵士が魔法を使うんですか?」

「それだけを延々と唱えて戦い続けられてみろ。魔法使いは足手纏いの役立たずで、騎士達の足を引っ張るだけの存在だ」

「魔法が効かない……」

 ユリシスは第三戦線以降の自分の存在に不安を覚える。

 しかし、エリシスがユリシスの背中を叩く。

「いい情報だったわ。第二戦線で大活躍して、あたし達の体力を温存させてよ」

「姉さん……」

 リースもエリシスに続いてユリシスの隣に出る。

「敵に向かう魔法が打ち消されるだけなんでしょ? ユリシスが回復魔法で怪我を治してくれるなら、私達は、もう一歩踏み込んで戦える」

「リースさん……」

「あたし達が三人で居ることに意味があることを忘れないでよ。連携すれば1+1が3にも4にもなるんだから」

「頑張ります!」

「じゃあ、行ってみようか!」

 エリシスが槍を振り上げるとキャンプの出入り口に向かい、それにユリシスとリースが続く。

「たった三人で戦線を越える気なのか?」

「楽勝よ」

 エリシスが振り返らず魔法使いの男に言い切ると、リース達はキャンプの外に出た。


 …


 視線の先に広がる第二戦線では、モンスターがキャンプの方を睨んで待ち構えていた。第一戦線と比べ、味方の騎士や戦士、魔法使いなどは随分と数を減らしている。その代わり、時々見える強力な魔法の光は、パーティの中に強力な魔法を使える者が居ることを教えている。

「概ね、私達と同じ考えで進んでいるんだね」

 リースの言葉に、ユリシスが頷く。

「その魔法を使えるように修行してきました」

「じゃあ、あたし達も加わる?」

 ユリシスは南の方を指差す。

「人の居ない、あちらから攻めましょう」

「いいわよ」

 ユリシスは杖を握ると形態変化をサポートする文字に触れ、詠唱を始めて歩き出した。

「こんな遠くから呪文を唱えるの?」

「使ってるのはレベル5だよ。発動まで時間が掛かる。つまり、初手はユリシスがかますってこと」

「なるほどね」

 エリシスはリュックサックに固定している槍を抜き取り、鞘をリュックサックのポケットに押し込む。リースは黄雷石の小太刀を腰の後ろから抜いて、両手に一本ずつ構えた。モンスターとの距離が詰まり、モンスターがユリシスに向かって駆け出すと、ユリシスは杖を振り下ろした。

「サンダーボルト!」

 杖から轟音が響き、落雷が杖から真っ直ぐに伸びてモンスターの一群を砕いて焼いた。更にユリシスは杖を握り直し、別の文字列に触れる。

「エクスプロージョン!」

 杖の先端で球状に炎が触れ上がり、杖から飛び出した球体は着弾と同時に爆発炎上した。

「しゃ、洒落んなんないわね……」

「ユリシスだけで、十分なんじゃないの?」

 エリシスは頬を掻きながら、魔法により開けた戦場に息を飲む。

「二回発生したってことは二重詠唱よね?」

「うん……」

 リースもレベル5の呆れた威力に息を飲む。

 その呆れた威力のレベル5の魔法が二回発生した。ここまで来ている魔法使いの中でも、ユリシスは異質な存在に間違いない。エルフ達と魔法を使うための体を鍛え、クリスの考えた技術がしっかりとユリシスの中に刻み込まれている。

 大軍を相手に、これほど心強いものはない。ここからはユリシスを中心に戦いを進める。そのために、リースとエリシスが動き出す。

 リースがエリシスへ話しかける。

「今ので距離感は分かったよね? 雷系は杖から真っ直ぐに発生するから、エリシスと私は通り道を塞がないように、左右に展開する」

「ええ」

「火炎系の魔法は着弾の距離を考えて、戦うならユリシスよりも十歩ぐらい前がいいかもしれない」

「そうするわ」

 エリシスが左に開き、リースが右に開く。

「ユリシス、細かい支持は直接出して」

「分かりました。モンスターが集まって来る前に進路を補足します。あと、残った系統の地属性、水属性、風属性ですが地属性と風属性は使いません。地属性は地割れを引き起こすので、わたし達の行動範囲を限定してしまいます。風属性は近距離――術者を中心に竜巻を発生させ、竜巻の中心が安全地帯になります。よって、姉さんとリースさんを巻き込む可能性があるので使用できません。最後の水属性は吹雪を発生させます。季節のあるエルフの隠れ里だから分かったことですが、蜥蜴は冷気に弱い生物であることを学んでいます。守備力の高いリザードマンを誘導していただければ、サンダーボルトと同じ攻撃範囲で吹雪を発生させて一網打尽に出来ます」

「誘導できる余裕があればいいけどね」

「はい、無理は言いません。最後に、二重詠唱の一つには必ずエクスプロージョンを組み込みますんで注意してください」

「「了解!」」

(『火、火』『火、雷』『火、水』のどれかの組み合わせか……。大規模魔法は相乗効果の要らない力押しなんだ)

 リースは頭の中でユリシスの魔法を想像すると、白兎を納刀した。

「モンスターを斬るなら、両手持ちが確実。小太刀に負担を掛けるけど、この魔法の威力なら温存できる」

 リースが無銘の黄雷石の小太刀を両手持ちで構えると、再びユリシスの詠唱が始まり、第二戦線の戦いが本格的に始まった。


 …


 エリシスの造り直された伝説の槍の柄は、元々棒術の連続攻撃も想定している。通常の槍よりもやや短めで、全体の長さはエリシスの身長より、やや長い程度である。

 そして、槍が長くて有利なのは、相手の射程の外から攻撃でき、素人でも先に攻撃できることだ。遠いところから叩き、突くことを可能にする。これが素人を戦える兵士に変える主な理由になる。

 では、エリシスのように短めの槍は、どういう意味があるのか? それは槍を使いながらも早い動きを求め、混戦の中でも旋回させることが出来る玄人使用のためだ。

 また、普通の槍にはない靭性を兼ね備える柄を活かすため、エリシスの体は、もう一つ進化をしている。それは自身の柔軟性である。靭性の高い柄で受け止める時の土台を作り、攻撃の時の円を描くための柔らかい動きのための体の柔らかさだ。全ては槍術と棒術の二つを活かした攻守を最大限に活かすために身につけた新しい技術。

 ユリシスを守りながら戦場を進む中、清流の槍は、相手が人間からモンスターに代わっても切れ味を衰えさせることなく切り裂き続け、エリシスの体を中心に旋回する。

「よっ!」

 エリシスの後ろから襲い掛かろうとしたワーウルフの額が槍の旋回で二つに割れる。

「槍の旋回領域に踏み込む時は、死を覚悟しなさいよ!」

 リースは『あんなにグルグルと旋回させて槍の前後を間違えないものか』と、向かって来るオーガの左腕をカウンターで斬り飛ばしながら思った。

 そして、本日、四回目のレベル5の魔法が起動し、前方に大きな空間が出来ると、リースとエリシスは相手にしているオーガとワーウルフを片付けて前進する。すると、遂に一番の難敵のリザードマンがリースの前に現われた。

 リースにとって、一番の問題は固い鱗。小太刀が黄雷石の材質に変わり、格段に耐久力と切れ味を上げても、この固い鱗が武器の寿命を縮めるのは間違いない。

「出来ることなら、白兎の切れ味は第三戦線まで維持しておきたい……」

 リースは無銘の小太刀を握り直し、リザードマンの振るった剣を左から右に受け流すと、懐に入り込んで左手を添える。甲高い音が響くと、リザードマンは口から黒い煙を吐き出して倒れた。

「アルスの得意だった無詠唱の圧縮魔法……。ユリシスみたいにレベル5の威力と形態変化まで出来なくとも、ゼロ距離で撃ち込めば十分に倒せる」

 リースは居並ぶモンスターに視線を向ける。

「早いだけのワーウルフと力だけのオーガは小太刀でカウンターに取る! リザードマンだけは魔法と併用して倒す!」

 一直線に相手の間合いに入り、間違い探しによる確率の高い予測のもとに敵を倒すリース。絶対領域の中で伝説の武器の槍の切れ味を頼りに、円を描いて倒すエリシス。直線と円が戦場で描かれる度にモンスターは倒れていった。そして、二人が安全に戦える場所を作り出すのが、要になるユリシス。多勢に無勢で囲まれるのを阻止し、大多数のモンスターを葬り去る魔法を使いこなす。

 三位一体で、リース、エリシス、ユリシスの動きはお互いがお互いを知って成り立つ。第一戦線で修行の成果を理解し、ここで三年間の間に築き上げた戦略に新たな戦略を上書きする。少女達は、戦場の中で最強の一角を間違いなく担っていた。


 …


 各国の兵士達の連携から離れた第二戦線の南では異様な光景が続き、強力な魔法による音が一定の間隔で響いていた。

 ユリシスはレベル5の詠唱魔法を休むことなく使用し続けていたのである。これは混戦では出来ない方法であり、味方が少ないから巻き込むことを気にせず使用できる方法でもある。

 ユリシスの開いてくれた道を走りながら、エリシスがユリシスに話し掛ける。

「あんたの魔法のお陰で、囲まれずに戦えるわ」

 ユリシスは呪文を詠唱し終え、先を進むリースの援護に圧縮したサンダーボールを撃ち出すと、エリシスに答える。

「パーティ的には人数不足なんですが、その分、味方を巻き込むことなく魔法が使えるのは強みです。――まあ、こうなるのは仕方がないことでもあるんですが」

「仕方がない?」

「わたし達のパーティは力のない女だけのパーティのくせに、超攻撃型なんです」

「『超』が付くの?」

「はい。防具らしい防具をつけてるのは、わたしぐらいです。姉さんもリースさんも金属系の防具は無しですよね?」

「そうね……」

「あちらで戦っている騎士達の中には、オーガの攻撃を受けられる重装備の守備型の方も居ますけど、わたし達は重くなる物を身に着けず、スピードに回しているんです。当然、スピードが上がれば、攻撃する回数も増えます。防御を捨てての攻撃、攻撃は最大の防御という言葉を貫いています」

「確かに……。何で、女のあたしらが男らしい戦い方を貫いてんのよ?」

「女ゆえですかね? 力がない者は、何処か尖らせないと戦えませんから」

「それも分かるわね。……そうでもしないと、ここでは戦えない!」

 エリシスは槍を両手持ちし、ユリシスの前に出ると腰を落として右足を蹴り、左足を軸に円を描く。エリシスの左足が下から上に移動し、円が螺旋に変わると近づいた三体のワーウルフの首を的確に通り、一瞬にして三体のワーウルフを死に至らしめた。

「またモンスターが集まり出したわ。行ける?」

「余力は十分に残してあります」

「頼んだわよ。次の詠唱後、リースの方に加勢に行く」

「任せてください」

 ユリシスが呪文の詠唱に入ると、エリシスは戦闘体勢に入る。積極的に前に出て、ユリシスには近づけさせないためだ。

「三年前のように、無様な敗走はないわよ!」

 エリシスは立ちはだかるオーガに、槍の先端を向けた。

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