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終章・そして、それは彼女に受け継がれ……。 16 【強制終了版】

 第一戦線を余力を残して切り抜け、各国の作ったキャンプに身を寄せる頃、辺りはすっかり夜になっていた。屈強な男達ばかりの中に現われた三人の少女に、キャンプの入り口を守る兵士は驚きの声をあげた。

「よく辿り着けたな」

「あの程度ならね」

 余裕を持って答えたエリシスの格好は武道着、リースは黒装束、ユリシスはローブ。ここを訪れる者のほとんどが鎧や金属製の防具を身に着けている中で軽装な姿は、入り口を守る兵士に色々と疑問を抱かせた。

(こんな装備で抜けて来たのか?)

 入り口を守る兵士の疑問は尤もかもしれない。この中で魔法使いと思われるのは一人だけ。そうなると、自然と他の二人は戦士になる。普通、パーティに魔法使いが居る場合、その魔法使いを守るため、頑丈な鎧を着けた盾になる者が居るのが常識だ。

(本当に、どうやって抜けたんだ?)

 分からないことだらけだったが、入り口を守る兵士はキャンプの方に手を向ける。

「兎に角、お疲れさん。女性用のテントは人数が少ないから好きに使ってくれ」

「へ~……。あたし達以外にも辿り着いたのが居るんだ」

「全員魔法使いだがな。ノース・ドラゴンヘッドの騎士に守られて、魔法で攻撃するタイプと回復魔法を使って傷を治すタイプだ」

「なるほど。後者は、ここの医療班か」

「そうなるな」

 エリシスに代わり、ユリシスが前に出る。

「回復魔法を使える魔法使いは足りているのですか?」

「幾ら居ても足りないよ」

「明日は第二戦線を越えるつもりですから、いつまでも居られませんが、今日の分の魔法が使えなくなるまでは、お手伝いします」

「いいのか? こんな遅くに辿り着いたのに」

「構いません」

「私も行くよ」

 リースがユリシスの隣に立った。

「君も魔法を使えるのか?」

「こんな格好をしてるけど、結構、使えるよ」

「じゃあ、頼むよ」

「うん」

 エリシスはコリコリと額を掻く。

「置いて行かれても困るから、物を持ったりの手伝いをするわ」

「君達、疲れていないのか?」

「まあ、最初は頭に血が上っていたから容赦しなかったけど、全力で相手をするレベルじゃなかったしね」

「そ、そうか」

 入り口を守る兵士が医療班の居る場所を教えると、リース達はキャンプの奥へと姿を消して行った。

「ここに辿り着くのも大変なはずなのに、随分と余裕があったな……」

 八十年前に獣を目にして、それを想定して鍛え続けたリース達は、見ている敵の姿が違っていた。第一戦線はお互いの力を確認し、自分達が強い一般人から戦いを専門にする人間へと変わったことを証明したに過ぎないのだった。


 …


 魔法が使えなくなるまで回復魔法を使い続け、リース達はようやく女性用のテントに入って腰を下ろした。

 そして、キャンプに用意されていた水を一杯飲むと、全員が息をついた。

「食事は、どうしようか?」

「今からでは、迷惑が掛かりそうです」

「勿体ないけど、保存食を少し食べようか?」

 リース達はリュックサックの中から干し肉を取り出すと齧り始める。

「明日は、モンスターの大群を相手にするのか」

「エリシスの武器は、モンスターにも有効なの?」

「あの槍? 今日、甲冑も貫いたし、来る時、何体か仕留めてるし、問題ないと思うわ」

「そっか……。私は、どうしようか迷ってる」

「どうして?」

「小太刀で十分に戦えるんだけど、アルスに貰った小太刀とダガーはモンスターを相手にしたら寿命が来ちゃったから……。第三戦線に入る前までは、今持っている小太刀をなるべく温存しておきたいとも思ってるんだ」

 リースの先の言葉に、エリシスは肩眉を歪める。

「小太刀とダガーに寿命が来た? あんた、ドラゴンテイルに着くまでに、モンスターと戦ってたんじゃないでしょうね?」

「全部倒したよ」

 エリシスのグーが、リースに炸裂した。

「なんて無茶をしたのよ!」

「ごめん……」

「そんなに怒らなくても……」

「三年前の状態で、モンスターに敵うはずないのよ! 別れる前に、リースとやっと倒したのに、リースは一人で全部倒しながらドラゴンテイルまで行ったのよ!」

「それは無茶ですね……」

「……少し頭がおかしくなってたから」

「変な言い訳しない!」

「頭がおかしくなってたのは本当だよ……」

 リースはレイピアを引っ張ってくる。

「これを見て、何とも思わない?」

 エリシスとユリシスは首を傾げる。

「やっぱり、皆で居ると意識が逸れるんだ」

「これが何なの?」

「私は、このレイピアのせいで頭がおかしくなって眠れなくなっちゃったんだ」

「嘘?」

「本当。自分を傷つける危ない切れ味を持っているから、それを頭が無意識で意識して恐怖で眠れなくなっちゃった……。そんな状態だったから、後退するってことが頭から抜け落ちてた……」

 エリシスは溜息を吐きながら、腕を組む。

「あんた、そんなんなってたの?」

「うん」

「あたしは刃物に対する認識がリースより弱いから、おかしくならなかったのかもしれないわね」

「それもあるのかな? エリシスと居た時は平気だったから」

「どういうこと?」

 ユリシスが予想を口にする。

「多分、何も感じなかった姉さんをリースさんが普通だと思っていたために、レイピアから来るプレッシャーみたいなものを逸らしていたんじゃないですか?」

「なるほど。一人になった後のリースは、自分の感覚しか共有できるものがないから、否応なしにレイピアが危ないと認識しちゃったわけか」

 リースはレイピアを指しながら、エリシスとユリシスに問い掛ける。

「でも、今なら分かるんじゃない?」

 ユリシスは暫く見詰めたあと、首を振る。

「わたしは分かりません」

 一方のエリシスは少し難しい顔になる。

「あたしは……分かるわね。リースほどじゃないにしろ、急所を狙うことを覚えたし、槍で相手を貫く感触を知っちゃったから」

 リースは頷くと、話を続ける。

「そしてね、もう一つの原因があるの。アルスの大事にしてたものだからって、大事に抱きしめてたから……」

 エリシスとユリシスの中では、リースがレイピアを抱きしめているのが容易に想像できた。

 しかし、話の流れからすれば危険際割りないものと認識させる武器。いつ噛むかも知れない狂犬を抱いているようなものだ。

「おかしくもなるわね。そんな危ないものを抱いてれば」

「今は、どうなんですか?」

 リースはレイピアを優しく握って胸に持ってくる。

「怖いのが半分」

「もう半分は?」

「頼もしさ……。お爺さんの教えてくれた技術は、このレイピアじゃないと発揮できないっていう頼もしさ」

「頼もしさですか?」

 今一、ユリシスには分からなかった。

「そういえばさ。そのレイピアについて、少し気になってたことがあるんだけど、聞いていい?」

「いいよ」

「レイピアの剣身って半分虹みたいになってるでしょ? あれって、何の意味があるの?」

「ああ、それは――」

『うるさいわね!』

 リース達の会話に、同じテントで寝ていた魔法使いの女性が怒鳴り声を上げた。

『一体、何時だと思ってんのよ! いい加減に寝なさいよ!』

 魔法使いの女性は毛布に包まるとリース達に背を向けた。

「寝ようか……」

「はい……」

「うん……」

 リース達は会話をやめ、その日は、そのまま眠りに付いた。

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