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終章・そして、それは彼女に受け継がれ……。 15 【強制終了版】

 二日後――。

 砂漠を抜けた荒野では、戦線突破を目指す各国の兵士や戦士がドラゴンレッグの兵士と戦いを繰り広げていた。どのようなタイミングで戦闘に加わるべきなのか、リース達が少し戸惑っていると、脇に転がる死んだドラゴンレッグの兵士に目が行った。全身を覆う甲冑は、ノース・ドラゴンヘッドの騎士と変わらない立派なものだった。

「鎧の一つも身につけていないのは、少し場違いな気もするわね」

「だけど、わたし達の戦うスタイルを変えるつもりはありません」

「そうね。じゃあ、そろそろ――リース?」

 リースが倒れているドラゴンレッグの兵士を見て固まっている。

「どうしたの?」

「この人……。知ってる……」

「え?」

「この人、アルスと二人で旅していた時、最初にハンターの営業所に突き出した人だ……」

「アルスと一緒って……」

「あれから八十年経っているんですよ?」

 エリシスとユリシスは見間違えと思ったが、リースには忘れられない顔だった。

「この人の顔は忘れてない……。だって、私が初めて殺そうとしてしまった人だから……」

「ど、どういうことよ?」

 エリシスもリースの言葉に混乱している。

 ユリシスはリースの言葉が真実だったらの仮定で、目の前にある事実を口にする。

「ハ、ハンターの営業所が、捕まえた犯罪者をドラゴンレッグに送っていたのでは?」

「そんなことあるわけないじゃない。じゃあ、あたし達や他のハンターはドラゴンレッグの兵士を捕まえてたって言うの?」

「でも、捕まえた犯罪者が何処に行くかなんて、誰も知らないじゃないですか」

 エリシスとユリシスの話を遮るように、リースが叫ぶ。

「こんなの間違ってる!」

 リースは自分の気持ちを裏切られたような気分になっていた。

「アルスは、罪を犯した人を裁いてくれる誰かが居るって言ってた! だから、盗賊を生かして捕まえたら、私が手を汚さなくていいって! 私の代わりに大人の人が裁いてくれるって!」

「リース……」

「私は誰かに守って貰っていたと思ってた! その知らない誰かに感謝してた! なのに、こんなのって、おかしい!」

 リースは憤慨する。自分の心を真っ黒に染めようとしていたリースをアルスが諭してくれ、大人に守られていることを理解してリースは踏み留まった。それに感謝していた。

 あの時、心を守って貰ったから、旅の中で憎い敵を殺すだけではない考え方が出来るようになり、人の命の重さを知って、奪わなくて良かったと思えるようになった。

 だけど、ハンターの営業所に連行して、罪を認識してやり直す機会も与えられずに、ドラゴンレッグの兵士として死んでいるのは納得できない。

 それはハンターの営業所を信じて犯罪者を捕まえていたエリシスとユリシスも同じだった。

「確かに許せることじゃないわね」

「でも、何で、今頃――」

「待って」

 エリシスは頭に浮かんだ最悪を口にする。

「コイツらがここに居るのって、その時、直ぐに兵士として再利用したらバレるからじゃないの?」

「そうでしょうけど……」

「八十年も経てば、同じ戦場で顔を合わすわけないわよね? 老人になって現役なわけないんだから」

「……八十年?」

「アルスがあたし達に掛けた魔法って、この最悪なシステムの一端を担ってた魔法なんじゃないの?」

 ユリシスはエリシスの予想を考えると、厳しい顔で肯定する。

「間違いないと思います。ドラゴンレッグの兵士の数が尽きない理由は、それだと思います。わたし達が捕らえた犯罪者をドラゴンレッグに送って、時を止めて八十年後に再利用しているに違いありません」

「再利用ってことは、コイツらを洗脳する必要があるわよね?」

 リースは視線を落としたまま呟く。

「そういう洗脳する魔法を知ってる。ミストがハンター試験の時に自分に暗示を掛けたって……」

「それの強力版ってことか」

 エリシスが戦場を睨む。

「とりあえず、一人を生け捕りにするわよ」

「分かりました」

「……っ!」

 リースは戦場に走ると腰の後ろから右手で黄雷石の小太刀を抜き、一瞬でドラゴンレッグの兵士の鎧の隙間から手首と足首の腱を切り裂いた。

「あの子……」

「行きましょう!」

 エリシスとユリシスがリースのところに走る。

 リースは黄雷石の小太刀を腰の後ろに納め、反撃できずに倒れたドラゴンレッグの兵士のフルフェイスの兜を外す。その下にあった男の顔は生気のない虚ろな表情だった。

「意識がない……」

 リースは男の頬を左右に叩くが、男の状態は変わらなかった。

「洗脳なんてレベルじゃない……。こんなのただの操り人形だよ……」

 追いついて後ろから見ていたエリシスとユリシスも、リースの言葉に気分が悪くなる。

 一呼吸空けて、エリシスは胸の前でバチンッと手を合わせた。

「管理者ってのに感謝するわ」

「エリシス?」

「一番嫌だったのは人間同士で殺し合うことだった。だけど、その嫌なことを受け持ってくれたんだから……」

 エリシスは槍から鞘を外してリュックサックのポケットに突っ込むと、槍を旋回させて構える。

「全力で躊躇いもなく、ぶっ潰せる!」

「そうですね。こんな人の尊厳を弄ぶやり方、許せません!」

「管理者もやっつけないといけないみたい!」

 少女達は戦場を睨む。

「行くわよ!」

 目的地は最短距離の南東を突っ切った先。先に走り出したのはエリシスだった。エリシスは妹達を守るため、いつも先陣を切るようにしていた。

 敵味方が入り乱れる戦場で、エリシスはドラゴンレッグの兵士達の真ん中に躍り出ると、槍で円を描く。鎧の隙間を縫って、横へ縦へ斜めへ……。

 円の軌道が変わると、その軌跡はやがて球を描くように見え出した。

 エリシスの周りに空間が出来ると、今度はリースが走り出す。リースは腰の後ろから両手に一本ずつ黄雷石の小太刀を抜き取ると、もう一歩踏み込んだ。エリシスの円の動きに対して、リースの動きは直線的だ。敵の急所に最短距離で刃を向かわせる。喉、脇、腱を切り裂き、確実に一回の行動で動きを止める。

(一気に行きたいけど、味方が多過ぎますね)

 リースとエリシスの後ろを走っていたユリシスはレベル5の魔法を自ら禁止し、月明銀の杖を両手で握る。そして、二重詠唱を使い、エアボールで風の道を作り、ファイヤーウォールの火炎を隙間を通すように導いた。

 進むべき道が一気に開かれると、リースが叫ぶ。

「コイツら、大したことないよ!」

 エリシスは清流の槍の槍頭から水を噴出させると、刃に付着した血糊を弾き飛ばす。

「そうね! 無理して全部倒すこともなさそうだわ!」

「さっきの要領で、わたしが道を開きます! 姉さんとリースさんは援護を!」

「「了解!」」

 エリシスがユリシスの前に立ち、槍を横に一振りする。

「この範囲から出ないで!」

「分かりました」

 ユリシスがエリシスに守られながら呪文を詠唱すると、一方のリースは露払いを開始する。高い集中力を保ちながら、ゆっくりと歩き、ドラゴンレッグの兵士の攻撃にカウンターを合わせる。武器の扱う速さの違いで、ドラゴンレッグの兵士より後に動いているにも関わらず、リースの攻撃の方が先に相手の急所に届く。その行動は、まるでリースの振るう小太刀にドラゴンレッグの兵士が向かって行っているように見えるほどだった。

 ユリシスを守りながら、エリシスが呟く。

「改めて見るけど、恐ろしい技術ね」

 向かって来るドラゴンレッグの兵士を両手持ちの槍で鎧ごと貫いたあと、エリシスは後退する。

 そして、ユリシスの呪文詠唱が完了し、再び火炎が道を開いた。

「久しぶりなのに、コンビネーションにズレはありませんね」

「当然よ。……さて、肩慣らしはいいでしょ?」

「はい」

「リース! 今日中に抜けるから、少しテンポアップで行くわよ!」

「分かった」

 エリシスの掛け声にリースから返事が返ると、ユリシスが一歩前に出る。

「味方が減ったら、魔法のレベルを上げて一気に進みます!」

「了解、しっかり守ってあげるわよ」

 獣を想定して鍛え抜いた時間は本物だった。力と体格で勝るドラゴンレッグの兵士をリース達は圧倒していた。女であることを理解して高めたのは技術。リースとエリシスは武器を扱う技術。ユリシスは魔法を扱う技術。そして、力で対応できないものを武器の性能が補った。

 リースは、黄雷石という特殊な鉱石で出来た小太刀。

 エリシスは、オリハルコンと青水石の合金で出来た槍。

 ユリシスは、エルフとクリス直伝の魔法という武器。

 歩いて二日掛かる道のりの第一戦線を、リース達は予定通り一日で切り抜けた。

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