エルフの隠れ里で別れ、それぞれが手に入れたい力を求めて三年――。
場所は、ドラゴンチェストのドラゴンレッグへ向かう前の町。遠い過去でイオルクとクリスが復興させ、リース、エリシス、ユリシスの約束の場所……。
ドラゴンヘッドとドラゴンテイルの兵士が滞在し、ドラゴンレッグを監視する役目を果たしている最前線の町には、世界を守るために各国から屈強な戦士も多く訪れている。以前は小さかったハンターの営業所も拡張され、ランクの高いハンターが雇われることも珍しくない。
そのハンターの営業所に待ち人を待つ少女が一人。銀髪に混ざる淡い紫、トレードマークのポニーテール、半袖のエルフの民族衣装風のローブ、長手袋風の篭手はクリスがイオルクに造って貰ったのを参考に、エルフのケーシーが餞別に造ってくれたものだ。
ユリシスはカウンターの席で、リースとエリシスを待ち続けていた。
「時間も、しっかり決めておけば良かったですね」
そろそろ時間は、お昼過ぎになる。『何かを食べに行こうか』と考えていると、声を掛けられた。
「久しぶりね。一番乗りはユリシスか」
「姉さん」
ユリシスと同じ銀髪に混ざる淡い紫、トレードマークのツインテール。武道着だけは、少しデザインが変わった。
そして、一番変わったものは背中のリュックサックに鞘を付けて結わえ付けられていた。
「やっぱり、離れていても全く同じ成長ね」
「身長は頭打ちでしょうね」
お互い右手をあげると、ハイタッチせずにスルーし、そのまま相手の左胸を掴んだ。
「悲しいわね……。ここの成長も丸っきり同じとは……」
「もう少し手応えが欲しいんですけどね……」
ハンターの営業所では、一瞬、『双子の美人姉妹の再会か?』という雰囲気が漂ったが、ただの変態姉妹の再会に置き換わった。何か、がっかりする空気が流れた。
「何でよ?」
「何を期待してたんでしょう?」
多分、熱い抱擁とかを期待していた周りのハンターのことなど無視して、エリシスが話し出す。
「随分、派手な服ね?」
「そうですか? 袖がないのは初めてで戸惑いましたけど」
「その長手袋がセクシーよ」
「ありがとうございます」
ユリシスは照れ笑いを浮かべた。
「ちゃんと強くなった?」
「期待していてください」
エリシスは頼もしい言葉にニカッと笑うと、ユリシスの隣の椅子に腰掛けた。
「姉さんは、武器を替えたんですか?」
「そうよ、槍にね。棒でモンスターをぶっ叩くのしんどいから。……とはいえ、最終的に有効な武器はリースの武器だけだと思うけどね」
「使い手は見つかりましたかね?」
「どうだか……」
ユリシスは組んでいた手の中に視線を落とす。
「正直、少し不安になります。里を出て戦ったモンスターの強さが、盗賊の比ではありませんでした」
「でも、一人でここまで辿り着いたんでしょ?」
「はい」
「じゃあ、十分に強くなってるじゃない」
「そこは自信がありますけど――あ、そうです」
「何?」
「姉さんが来るまでに、ここでドラゴンレッグの情報を聞いていたんです」
「へ~……。聞いておきたいわね」
「今から、お話しします」
「それもいいけど、お腹空かない? 外の定食屋でも何処でもいいから、ご飯食べながら話さない?」
「はい」
ユリシスはリュックサックを背負い、杖を手に取る。
「行きましょう」
エリシスとユリシスは、場所を定食屋へと移した。
…
定食屋――。
Aランチを二人分頼み、料理が運ばれてくると『いただきます』と二人は食べ始める。
「で、さっきの話の続きは?」
「はい。ドラゴンレッグの様子ですが、どうも変な展開になっているようです」
「変?」
「三段階に戦線が分かれているらしく、一番初めの戦線がドラゴンレッグの兵士らしいです」
「何で、ドラゴンレッグの兵士なのよ? アイツら、同じ人間じゃない」
「はい。昔から他国と戦をしていましたが、どうも獣の指示だったようですね」
「つまり、この世界に戦いが耐えなかったのは、あの獣のせいだったわけ?」
エリシスは溜息を吐きながら食事を進める。
「そして、次の戦線がモンスターです」
「まあ、そう宣言してたんだし、居るだろうとは思ってたけど」
「最後がドラゴンチェストとモンスターの連合軍です」
「……は? ドラゴンレッグでは、人間とモンスターが仲良しこよしなの?」
「理由は分かりませんが、そのようです。まあ、どちらも獣の指示で動いているようなので、なくはないとも思うんですが」
「わけ分かんないわね……」
「本当に」
エリシスは片手をあげる。
「それで、戦線って広いの?」
「はい。さっきの順番で一~三で番号を振ると、第一戦線突破までが歩いて二日の距離、第二戦線突破までが歩いて五日の距離、第三戦線突破までが歩いて八日の距離だそうです。戦線を突破して、歩いて一日分の距離の何処かにキャンプを設けているらしいです」
「つまり、二日ずつ進んで戦線を突破して休憩できると? う~ん……」
「どうしました?」
「砂漠は兎も角、戦線を二日掛けて越えるのは、どう思う? 寝ていられないのよ?」
「そうなると、走って一日で抜けるべきですか?」
「それがいいと思うわね。それぐらいの体力はつけたつもりだし。問題は魔法使いのあんたよね?」
ユリシスは自信を持って頷く。
「安心してください。クリス先生の課題に、しっかりと体力強化の項目もありました」
「これを見越してたってこと?」
「はい。先生はイオルクさんと戦って、騎士と共に戦うのに魔法使いの体力不足を実感したみたいです。だから、魔法使いであっても、共に戦いたいなら体力をつけることを重要視していました」
「そんなことがあったんだ」
「実際、動きながら呪文を唱えるのは、走りながら話すのに近いですからね」
「よく分かるわ。疲れると、話すより呼吸がしたいって、誰も話さなくなるもんね」
「そんな感じです。だから、一日動き続けられる体力はつけたつもりです」
「心配ごとが一つ消えたわね」
「それでも、強力な魔法の詠唱には無防備になります。そこは姉さん達をしっかり頼らせてもらいます」
「うん、しっかり守ってあげる」
エリシスとユリシスは笑い合う。
「全部の戦線を越えるためには、これを三回繰り返すのか……」
「町の情報ではそうなります。詳しい情報は戦線を越えながらの収集になると思います」
「了解したわ」
「そして、もう一つ。第三戦線を突破しても、何があるか分かりません」
「何で?」
「第三戦線を突破できていないからです」
「そういうこと……」
「それにあの国は、本当によく分からないんです。他国に仕掛けているから船があるはずなのに、ドラゴンレッグの周囲には船を止められる海岸はなく、崖か浅瀬で通れません」
「それで陸路だけなのか……」
「その陸路にしても、十年近く兵士や戦士を送り込んでいるのに戦線の敵が全滅しないで、次から次へと、兵士とモンスターが供給され続けられる理由が分かりません」
「まるで害虫でも湧いているみたいね」
「そうなんです」
エリシスはコップの水を飲んで一息つくと、また話し出す。
「で、あんたのプランは?」
「とりあえず、第二戦線までは、わたしを中心に進められればと思います」
「あんた、中心?」
「戦力を温存したいからです。歩いて二日も掛かる道のりを武器主体で進むのは、体力的にも武器の寿命的にも負担を掛けます。広範囲に及ぼす魔法を習得しましたから、それを発動して、一掃しながら進むのが一番負担を掛けずに効率的かと思います」
「なるほど」
「それに最後の戦いで、わたしは役に立てないので、出し惜しみをする必要はありません」
「役に立たない?」
「八十年前の戦いで、獣の毛はアルスさんの魔法を弾きました。最後の戦いで、わたしは獣を傷つける方法がないんです」
「それは……、あたしもかもしれないわね。あたしの槍が獣の体に届くかどうか……。リースの小太刀が獣の毛を通らなかったんだし……」
「でも、あの武器なら――」
「確実でしょうね。結局、使い手を無傷で獣のところまで運ぶのが目的になるのかしらね?」
「そういう展開になりそうです。そのためには、まず第三戦線を越えなければ」
「そうね」
ユリシスの情報提供が終わり、その後、二人は静かに食事を進めた。
…
ハンターの営業所――。
カウンターに荷物を置いて、エリシスとユリシスは椅子に座ってリースを待ち続けていた。
「リース……。忘れちゃったのかな?」
「姉さんじゃないから、それはないと思います」
エリシスのグーが、ユリシスに炸裂した。
「どういう意味よ!」
「あはは……」
ユリシスは笑って誤魔化す。
「とはいえ、リースさんが現われないようでしたら、どうしますか?」
「面倒臭いけど、ドラゴンテイルまで足を運ぶしかないでしょうね」
「それしかありませんか」
「切り札を預けっぱなしじゃね……」
エリシスとユリシスが『どうしたもんか』と溜息を吐いた時、ハンターの営業所に一人の少女が入ってきた。今では、中々お目に掛かれないアサシンの黒装束。少し違うのは腕のところまでの変形黒装束にブーツを履いていること。絹の手甲の上に続く細くて白い腕は、戦士のものとはほど遠いものだった。しかし、彼女が戦士なのは間違いない。腰の後ろには小太刀が二本、左右の腰の横にはレイピアが一本ずつ下がっている。
少女は長い金髪の髪を靡かせ、エリシスとユリシスに声を掛けた。
「遅くなって、ごめんね」
聞き覚えのある声に、エリシスとユリシスは振り返る。大人の女性と変わらない身長、顔つきも幼さが消え始め、清楚な雰囲気が漂っている。
「……リースなの?」
エリシスはカウンターの席から立ち上がり、自分よりも背の高くなった少女がリースだと信じられなかった。
「こんな格好をしてるけど、合ってるよ」
ユリシスも椅子から立ち上がり、リースを少し見上げる。
そして、エリシスとユリシスはリースの胸を掴んだ。
「成長したわね」
「わたし達より」
リースのグーが、エリシスとユリシスに炸裂した。
「何で、再会を一瞬にしてぶち壊すの!」
「妹の成長を確認するのは姉の役目だと……」
「胸の膨らみ方に少し疑問が……」
「邪魔だから、サラシを巻いてるだけだよ!」
エリシスはユリシスの肩に右手を回し、頬に左手を当てる。
「聞いた? 裏切りよ? 邪魔になるぐらい成長したみたいよ?」
「ええ、ミストさんの仲間入りをしたようです」
「二人だって大きくなったでしょ!」
「さっき、お互いの胸を掴んで悲しみを共有したばっかりよ……」
「双子だから成長も同じで……」
「二人して、何やってんの⁉」
リースから溜息が漏れる。再会して直ぐに突っ込みを入れさせられるとは思わなかった。
「冗談よ。――それにしても、随分、大きくなったわね? あたし達より、背が高いじゃない」
「もう、十六だもん」
「信じられないわね」
ユリシスがリースの姿を見て話し掛ける。
「その姿を見ると、使い手はリースさんですか?」
リースは左右の腰に一本ずつ差したレイピアに手を当てる。
「うん。ドラゴンテイルにアサシンの使い手は居なかったから」
「やはり、頼んでも無駄でしたか」
リースは首を振る。
「太刀が一般武器に代わって、アサシンの存在自体が少なくなっていたの。現役のアサシンは高年齢化もしていたし」
「さすがに爺さんを戦場に連れ出すわけにはいかないわね」
「うん。だから、私が戦い方を習得してきた」
「大丈夫なの?」
「うん……。アルスの教えてくれたことは、やっぱり、この剣を扱うためのものだったから」
「へ~」
エリシスは、ある意味予想通りだと納得する。
「それで二人は、いつ出発するつもりなの?」
「気が早いですね?」
「うん。今の状態を維持できるのは、一日のほとんどを修行に充ててたお陰だから、同じことを出来ないと力が衰えていくから」
「同感ね」
エリシスは、ユリシスを見る。
「明日にも出発したいんだけど、いい?」
「構いません」
「じゃあ、今日は食料なんかを買い込んで戦いに備えましょう。それが終わったら、宿で一泊する。明日、出発するわよ」
「うん」
「分かりました」
「夜、久々に模擬戦をしましょう」
「私、凄く強くなったよ」
「あたしだって」
「少し仲間外れな気分ですね」
久々の再会……。新たな力を身につけて、誰もが自信を持っているようだった。
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最終戦の装備について
エリシス…
伝説の武器の一つ、清流の槍。
武道着。
グローブ。
アルスのイヤリング。
ユリシス…
月明銀の杖。
エルフの民族ローブ。
長手袋風の篭手。
アルスのイヤリング。
リース…
黄雷石の小太刀(白兎)、黄雷石の小太刀(無銘)、オリハルコンのレイピア×2。
アサシンの変形黒装束(袖なし、ブーツ)。
絹の手甲。
アルスのペンダント。
以外は、替えの服や砂漠越えの装備、食料などをリュックサックに詰め込んでいる。
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