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終章・そして、それは彼女に受け継がれ……。 10 【強制終了版】

 少し体を重く感じながら、リースは目を覚ました。

 辺りを見回すが、与えられた部屋の中は真っ暗なままだった。

「また眠れなかったのか……」

 部屋の襖を開けて台所にある水瓶まで行くと、水瓶から湯飲みで水を一杯掬って飲む。

「ふぅ……」

 台所の窓の外では月が輝いていた。

「よく眠れたようですね」

 掛けられた声にリースが振り向くと、老人が微笑んでいた。

「少しだけしか眠れなかったみたい」

「まだ眠る気ですか?」

 リースは首を傾げる。

「二日間眠りっぱなしでしたよ」

「二日? ……二日⁉」

「はい」

 リースは水瓶を覗いて自分のクマを確認すると、クマがなくなった見慣れた顔が映っていた。

「眠れたんだ……」

「昼夜逆転してしまいましたが、少し話をしませんか? お腹も減ったでしょう?」

「うん」

 老人はリースを居間に案内し、囲炉裏に味噌汁の入った鍋を吊るすと夕飯の残りのご飯を鍋に入れ、簡単なオジヤを作り始める。やがて、オジヤが出来上がると器に適度に盛り付け、リースに差し出した。

 リースは、それを箸と一緒に受け取り『いただきます』と口にして、一口だけ運んだ。

「味噌の味……。懐かしい……」

「外国でも味噌を使っていたのですか?」

「うん……。アルスがお爺ちゃんに教えて貰って、旅の間は味付けに困ったら味噌を最後にぶち込んでた」

「どう感想を返せばいいのか……」

「味噌は何にでも合う万能調味料だって、アルスは言ってた」

(この子は、どんな生活をしてきたのか……)

 老人には非常に興味をそそられるところだった。

「気分は、どうですか?」

「体を動かさなかったせいか、少し重い……。でも、頭の中はスッキリしてる」

「眠ったせいでしょうね」

「お爺さんは、どうして剣が原因だと分かったの?」

「儂のことは師匠と呼びなさいと言ったのに……」

 リースは箸を止めて、眉間に皺を寄せる。

「師匠は嫌かな?」

「どうしてです?」

「何か教わっている時だけ特別で差別してるみたい。私にとっては、どんな時でも尊敬できる人で居て欲しい」

「それで、お爺さんですか?」

「名前で呼んでもいいよ」

「名前はアサシンになった時に捨ててしまいました。……お爺さん、でいいでしょう」

「ありがとう」

 訪ねてきた時と違い、温和な雰囲気を漂わすリースを老人は不思議そうに見る。

「貴女は変わったところに拘りますね?」

「そうかもしれない……。私を助けてくれた人は、普通で居ることの大切さを教えてくれたから」

「普通……ですか?」

「うん。普段当たり前にしていることが、如何に大切で大事かを教えてくれた。いつも同じことを繰り返しているのに同じ日なんて一つもなくて、その当たり前に来る明日が、とても大事なんだって」

「とても良い方だったようですね」

 リースが微笑んで頷くと、老人はゴホンと咳払いをする。

「色々と話していたいですが、話を切り替えますよ?」

「うん」

「まず、リースが眠れた原因から話しましょう。リースは、かなり高い次元で戦いをしているように思います。剣の特性を理解し、それを使い誤まればどうなるかを理解している。だから、恐怖を感じてしまったのです。そして、その恐怖こそが眠れない原因です。旅の最中、使わなくても使うかもしれない場面があったはずです。モンスターは、少女の貴女が容易に倒せる相手ではありません。その原因を強制的に取り上げたことにより、手元にないことを理解させました」

「だから、眠れたんだ……」

「はい。そして、恐怖を理解していたのに精神を保っていられた原因は、今のところ不明です。本来、そんな恐怖が、常時、襲い続けていたら、錯乱していてもおかしくないはずです」

「多分、怖さも理解しているけど、その剣がアルスの造った大事なものだって分かっていたからだと思う」

 老人はリースを見詰め返す。

「アルス……。何度か出てきた名前ですね?」

「私の父であり、兄であり、初めての想い人……」

「どういう関係だったのですか?」

「長くなるよ? 信じられないかもしれない」

「それでも聞かせてください」

 リースは小さく頷くと、静かに語り出した。

「八十三年前……になるのかな? 私が十歳の時……。ノース・ドラゴンヘッドの移民の街が盗賊団に襲われて全滅させられた。移民の街で、ただ一人生き残った私は、それを切っ掛けにアルスと出会った。アルスは殺された街の皆を埋葬してくれて、その後、私の養父になってくれた。その時、アルスは十五歳」

「それで父であり、兄なのですか」

 リースは頷くと続ける。

「私は盗賊団に復讐を誓い、街の皆の仇を討つと心に決めていた。世界中を旅して回るアルスを利用して、盗賊団を見つけるつもりだった。だけど、アルスがそれじゃいけないって、私の心を救ってくれた。日常の中に沢山の楽しいことがあるって教えてくれた。でも、この世界には危ないこともあるからって、戦う力も与えてくれた。そして、旅を続けて、アルスと居ることが楽しくて嬉しいって分かり始めた。途中で仲間になったエリシスとユリシスの双子の姉妹も、お姉さんになってくれた。家族も知り合いも、皆、失ってしまった私に、とても大事な日常が出来た」

 老人は、普通であることが大事だと言っていたリースの言葉を理解した。目の前の少女は大事な日常を一度壊され、それを再び手に入れたからこそ、普段過ごしている日々の大切さを理解しているのだと。そして、その根幹に居るのがアルスという人物と二人の姉なのだと思った。

「だけど、私達は欲張ってしまった。私とエリシスとユリシスは、同じ盗賊団に家族を殺された傷を持っていたから、それを拭い去るためにサウス・ドラゴンヘッドを訪れてしまった。盗賊団を倒すハンターの仕事を請けて、これが終わったら普通の女の子として、皆でアルスの育った家で暮らそうって誓った矢先、逆に盗賊団に殺されそうになった。その結果、アルスは使っちゃいけない力を使って、心に大きな傷を負って盗賊団を全滅させた。……そして、それが引き金になり、盗賊団を利用してサウス・ドラゴンヘッドを支配しようとしていた黒い獣を呼び寄せてしまった」

「まさか、戦ったのですか⁉」

 リースは頷いた。

「獣の力は圧倒的で、私達に勝機はなかった。だけど、全員が死を覚悟した時、アルスが管理者の魔法を使って、私達の時を止めて守ってくれた」

「管理者の魔法? 聞いたこともない……」

「この世界に何度か姿を現わしている存在で、獣は管理者の代弁者だって言ってた」

「あの獣は、そんな前から儂らの世界に関わっていたのですか?」

「もっともっと前から……。キラービーストの言い伝えや目撃情報は、何百年も前からあるから……」

 老人は信じられない話に難しい顔になる。

「貴女は、何と戦っていたのですか?」

「分からない……。でも、八十年後に目覚めた時、アルスがあの戦いの後で獣を追い払い、一時的に世界を守ったのを知った。そして、モンスターを蘇らせ、『ドラゴンレッグに伝説の武器を造って持って来い』って言葉を残したんだって……」

「では、あの獣は伝説の武器を求めているのですか?」

「サウス・ドラゴンヘッドを襲ったのは、人間に伝説の武器を造らせるため」

「何故、そんな歴史の焼き回しのようなことを……」

 リースは首を振る。

「分からない。だけど、ドラゴンレッグで獣を倒さないとモンスターは居なくならないし、何も変わらない」

「その後、貴女は獣を倒せる武器を持って、使い手を捜しにドラゴンテイルへ来た……」

「そう」

 老人は疑問に対して、右手の人差し指を立てる。

「一つ聞いていいですか? 貴女の持っていた武器は?」

「姿を変えて初めからアルスが持っていたもの……」

「姿?」

「一番初めに世界の異変を感じたのは、アルスのお爺ちゃんとその親友のクリスさん。二人は、何かのために武器と魔法を残すことにした。そして、アルスのお爺ちゃんはアルスと一緒に武器を造り上げ、メイスの中に封印してアルスが所持していた。私の眠っている間、不完全だった武器をアルスが完成させて、未来に目覚めた私に託したの」

「そんな経緯が……」

「これが私の全て」

「不思議な気分ですな。私よりも、年上になってしまった貴女が居て、その貴女を育てた人が居る。更に、そのお爺さんまで関わっていると聞くと、自分の年齢が高いのか低いのか分からなくなってしまいます」

 リースは小さく笑う。

「よく分かる。お爺さんは、私が眠っている間に生まれた人で、赤ちゃんの時があって、少年の時代があって、大人になった。だから、お爺さんの自分よりも小さな時が、自分が寝ていた間に起きたと思うと、とっても不思議」

「そうなのです」

「でも、確実に言えるのは、私が年を積み重ねていないこと。私は十三歳の子供のままってこと」

 リースがクスリと笑うと、老人は頭に手を当て困った素振りを示した。

「さあ、残りのオジヤも食べてしまってください」

「はい」

 リースは、久々に美味しいご飯をお腹に入れた気がした。

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