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終章・そして、それは彼女に受け継がれ……。  9 【強制終了版】

 リースとエリシスが別れて三十三日後――。

 リースはドラゴンテイルの王都に入った。リースの目の下のクマは、より一層、酷くくっきりと黒く染まり、衣服も少し解れたりと女の子らしさが欠けた姿になっていた。

 また、エリシスと違い、出会ったモンスターを全て葬ってきたリースの小太刀は、本来の切れ味を失い、歪みを何度も修正して廃棄寸前まで使い込まれていた。ダガーの方は元々切れ味を落とした守備重視の仕上げになっているため、戦闘での使用頻度は低かったが、先端を突き立てて使う場面が多く、先端が押し潰されていた。

 それでも、武器が壊れ切る前に何とか目的の王都に入り、リースは使い手を捜すことを始めることが出来た。

 しかし、砂漠を越えてドラゴンテイルに入ってここまで、リースの目的の人物には出会えていない。ドラゴンテイルは八十年前と様変わりしていたのだ。

 王都で管理していたはずの武器が町でも売られるようになり、覗いた店では刀を置いていない。売り物は太刀へと変わり、信じられないことに騎士剣まで売っていた。

 あの切れ味を主体にしていたドラゴンテイルのアサシンの技が、過去の遺物へと変わろうとしていた。見掛ける者の携帯している武器は太刀か騎士剣。訪ねる道場は剛剣を主体にする流派に変わっていた。

 そして、これでは使い手を見つけられないと、この時代のテンゲンが治めるはずの王都にまで足を伸ばしたが、その王都でも太刀と剛剣が推奨されている状態だった。

「この国のアサシンの技を受け継いでる場所を知りませんか……?」

 リースは王都の道場の一つを訪ねて質問したが、答えは馬鹿にした笑い声だった。

『モンスター相手にアサシンが、どう立ち向かうのだ?』

『今は刀よりも太刀の時代だ』

 時代の流れなのか、以前のような秩序がなくなり、言葉遣いも少し乱暴になっていた。リースは頭を下げると、王都を再び走って回った。

 エリシスとユリシスと回った楽しい思い出の町は、仮面を付けたアサシンが姿を消し、太刀や騎士剣を腰にする者で溢れ返っていた。途中、目に付く道場を片っ端から訪ねるが、アサシンの技を伝えるところは一つもなかった。

 更に知った事実では、十年前にドラゴンテイルからテンゲンという名を受け継ぐ者が居なくなってしまい、今、王都にある城はドラゴンレッグを攻める作戦本部になっているということだった。

「アサシンが居なくなるなんて……」

 王都にある最後の道場の前で、リースはペタリと地面に腰を落とした。

「アサシンの技を習いたかったのか?」

「はい……」

「まあ、女の身ならそうだろうな」

「…………」

 道場の門下生はリースのショックを受けた姿を見て可哀そうに思うと、知っている情報を話し出す。

「確か最後のテンゲンの世話係をしていた爺さんが、王都の隅に住んでいたはずだよ」

「テンゲン……」

 リースは俯かせていた顔を上げる。

「ほとんど王都の外だけど、訪ねてみるかい?」

 リースが頷くと、門下生は南東の山を指差す。

「あの山の麓だ」

「ありがとうございます……」

 リースは足に力を込め、片手を地面に付けて立ち上がると、去り際に頭を下げて走り出した。

「何で、異国の女の子が失われたアサシンの技を求めるのか……」

 門下生は不思議に思いながらも道場に戻った。


 …


 リースは王都から南東の山の麓へと走る。王都から離れるにつれ、民家は段々と姿を消し、何もなくなった畦道だけが続くようになった。

 半日を掛けて走り続けると、そこには、からぶき屋根の家が建っているのが見えた。

「あれだ……」

 からぶき屋根の家に到着すると、リースは木製の小さな門を通り、玄関の引き戸を叩いた。

「すみません……」

 中から返事が聞こえると、リースよりも少し背の高い老人が姿を現わした。

「何か御用ですか?」

「あ、あの……」

 用件を伝えようと老人に目を向けた時、偶然、玄関から家の中が見える。老人を飛び越し、リースの目には、あるものが映った。

「刀……!」

「刀が、どうかしましたか?」

 リースは玄関脇の刀を見つけただけで嬉しくなって涙を零す。そして、そのまま両手で顔を覆うと、声を上げて泣き出した。

「こ、これ! 娘さん、どうしなさった?」

 老人は泣き出してしまったリースに、ただ戸惑うばかりだった。


 …


 老人は一般のドラゴンテイルの民が着る簡素な和服に身を包み、白髪の生えた髪を頭の後ろで縛り上げた、何処にでも居る老人のようだった。髭などを伸ばさない小ざっぱりとした顔には、歳相応の深い皺も刻まれている。

 リースを家の中に招き入れ、小さなちゃぶ台と座布団が二つあるだけの客間にリースを座らせると、老人は熱いお茶を出してくれた。

 やがて、リースが落ち着きを取り戻すと、老人からリースに話し掛けた。

「急に見ず知らずの娘さんが訪ねて来て驚きました」

「ごめんなさい……」

「刀に異様に反応していましたが、何かあるのですか?」

「この武器の使い手を捜してるの……」

 リースは双剣のレイピアを大事そうに握ると、ちゃぶ台の上にそっと置いた。

「この国の武器ではありませんね。そして、騎士剣などの丈夫で大きな剣とも違う」

「細身の剣……。レイピア……」

 老人は顎を撫でながら答えを返す。

「これの使い手ですか……。ノース・ドラゴンヘッドの騎士を訪ねた方が良いのでは? あの国なら、この剣を使っている騎士も居るでしょう」

「この国じゃないとダメ……」

「ふむ……」

 老人は深く刻まれた皺と一緒に口を歪める。

「モンスターが現われ、頑丈な武器が主流になった今、何故、失われつつあるアサシンの技が必要なのか? テンゲン様も、これが時代の流れと諦めて隠居なさったのに……」

 リースは視線を上げる。

「諦めた……? キリは……?」

「呼び捨ては良くありません。キリ様は、貴女より年上ですよ」

「そうか……。この時代のキリは……」

「この時代?」

「うん……」

「おかしな表現ですね?」

 老人の不思議がる顔を見ると、リースはリュックサックから自分のハンターの登録証を取り出し、老人に手渡す。

 それを見て老人は、更に疑問を深めることになる。

「九十三歳……? どうなっているのですかな? 儂には、貴女が二十歳にも満たない少女に見えるのですが?」

「実際は十三歳……」

「ふ~む……」

 登録証と見た目、更にリースから語られた実年齢に、老人は考え込んでしまった。

「全てを話してもいいけど、私の目的が果たせなければ知っても意味がない話になる……」

「色々と複雑な事情があるようですな」

 リースが頷くと、老人が話を続ける。

「先に質問から答えましょう。キリ様のことでしたね?」

「うん……」

「残念ながら、キリ様はドラゴンレッグで亡くなられました」

「そんな……」

 リースは信じられなかった。

「立派なくノ一っていうのなんでしょ……?」

「それだけ激しい戦いがドラゴンレッグでは行なわれているのです」

「…………」

 あの時と違うキリと分かっていても、リースはショックで俯いた。

「他に聞きたいことはありますかな?」

 老人に聞かされた話に打ちのめされても、リースは搾り出すように目的を口にする。

「使い手……。この国に刀の使い手は居ないの……?」

「僅かしか居ません」

「僅かしか居ない……? どうして……? モンスターが出て来ちゃったから……?」

「違います。テンゲンを継ぐはずの者がアサシンを捨ててしまったからです」

 リースは言葉の意味が分からなかった。

「アサシンを捨てた……?」

「この話は、モンスターの現われる二十年前に遡ります。歴代のテンゲンがアサシンの技を成長させていたのが、この国でした。しかし、四十年前のテンゲンの名を受け継ぐ者――テンゲンの息子が太刀を推奨し、王都でしか生産しなかった武器を国の何処でも生産しても良いと許してしまいました。その結果、太刀を推奨する者とアサシンの主要武器だった刀やクナイを推奨する者で争いが起きてしました。更に拍車を掛けたのが貿易の自由化です。刀よりも簡単な生産が可能な剣が入って来るようになってしまいました」

「太刀と剣……」

 老人は頷く。

「ドラゴンテイルの文化は大きく変わりました。そして、モンスターが現われてから、若者達は丈夫な太刀や騎士剣をこぞって使うようになってしまったのです」

「でも、アサシンの戦う技術は太刀や騎士剣にだって負けない……」

「その通りです。それがこの国の誇りでした」

 八十年前に訪れたドラゴンレッグは確かにそうだった。だから、この国を再び訪れた時の違いが信じられないでいた。

「何で、そんな大きな武器にばっかり……」

 悔しそうな言葉を発したリースに、老人は注意を入れる。

「一言言っておきますが、太刀や騎士剣が優れていないという考えは間違いです。あの武器にも特徴があり、それを使うための技術を磨く者を侮辱することは思わないでください」

「どっちの味方なの……?」

「ドラゴンテイルの味方です。儂は、アサシンの技術に誇りを持って研磨していた、この国が好きだった……。それだけです……」

 俯く老人が、リースには酷く悲しく見えた。

「ねぇ、太刀っていうのは、この国の武器でしょ……?」

「そうです」

「それがあるのは、何で……?」

「太刀はモンスターと戦うものでした」

「じゃあ、今、使われているのは間違いではないの……?」

 老人は首を振る。

「使い方を間違えているのです。大きく丈夫な武器のせいで、この国の若者は強くなったと勘違いしてしまったのです」

「勘違い……?」

「武器の切れ味を持ち味に、素早い動きで正確に急所へ当てる攻撃が特長だったのに、力任せに大きな傷を負わせる戦い方に変わってしまったのです」

「その戦い方って騎士なんじゃ……」

 老人は頷く。

「その通りです。本来、太刀には太刀の戦い方があるのです」

「じゃあ、太刀用のアサシンの技は……?」

「最初に話した通り、今や受け継ぐのは僅かな者だけです」

 そういう話だったと、リースは肩を落とす。

「アサシンの技術を受け継ぐ人達は戦っていないの……?」

「熟練していますが、皆、高年齢です」

「お年寄りの身で、モンスターと戦い続けるのは――」

「体力的に無理がありますね。刀より大型の太刀を使うにしても、筋力も衰えていますから」

「どうしよう……。もう、使い手を捜せない……」

 困り、焦るリースの反応に、老人は疑問を持つ。

「一体、アサシンの何を求めているのです?」

「武器の切れ味に頼る戦い方……」

「武器の切れ味?」

 ちゃぶ台の上の双剣のレイピアに、リースは目を移す。

「この剣……。ドラゴンレッグの獣を斬るために、凄い切れ味に仕上がっていて、自分を傷つけ兼ねない危ないものだから……」

「それで、正確に急所を狙うアサシンの使い手を……。この剣、拝見しても、よろしいですかな?」

 リースが頷くと老人はレイピアの一本に両手を掛け、一礼して鞘のロックを外した。瞬間、老人の目は鋭くなり、汗を流して直ぐに鞘を閉じた。

「何て剣だ……。鞘を開いただけで、威圧感で押し潰されそうになった……」

「それを使いこなせる人を捜しているの……」

「この剣を?」

「それがドラゴンレッグに居る獣を倒す武器だと思うから……」

 老人は、再び鞘を開く。

「この剣の威圧感の正体は、何なのですか?」

「切れ味って言ったよ……」

「切れ味だけなのですか?」

「うん……。その剣、地面に刺すと刺さって立たないで、地面を切って埋まっちゃうぐらいだから……」

「道理で……」

 老人はハッと何かに気付く。

「貴女は、この剣の価値を理解しているのですか?」

「うん……。切れ味も、戦い方も……」

「理解できる?」

(この少女は、この剣の怖さを理解している? ただ斬れる剣としてではなく、実際に使った時のことも? あの目の下のクマは、もしや――)

 老人はリースの目の下を指差す。

「その目は、どうしたのですか?」

「このクマ……? エリシスと別れたら急に眠れなくなって……」

「いつから?」

「三十日前ぐらいかな……?」

「……よく精神が壊れなかったものだ」

「え……?」

 老人は大きく息を吐く。

「使い手のアサシンは、何処にも居ません」

「じゃあ……」

「しかし、使い手はここに居ます」

 リースは首を傾げた。

「間違いなく、貴女です」

「私……?」

 リースは自分を指差した。

「アサシンの人じゃなくて……?」

「何をしてきたか分かりませんが、貴女は、その歳で大変なものを身につけています」

「どういうこと……?」

「その剣を扱うには、資格が要るということです」

(私に、その資格があるってことなのかな……?)

 出発前にエリシスが掛けてくれた言葉が過ぎったが、リースには自分自身に備わる技術が半信半疑だった。旅の最中に教わった技術は、アルスもイオルクから詳細を聞いてなく、今、生きている時代は、アルスの想定をしていなかったモンスターが存在する時代なのだ。

 どう反応していいか分からない中、老人はリースを見据える。

「貴女が迷惑でなければ、テンゲン様から教わった技を貴女に仕込んであげますよ」

「え……? 本当⁉」

「はい。本来は、若様に御伝えしたかったものです」

「そんな大事なもの……。私でいいの……?」

 老人は頷く。

「もう時間があまりないのです」

「時間……? それって――」

「はい、寿命が近づいているということです。――誰でもいいという訳ではありません。最後に受け継ぎたいという意志のある者に受け取って貰いたいのです」

「…………」

 リースは老人の言葉を大事に包むように右手を胸へ当てる。

「私に全てをください……」

 老人は、しっかりと頷いた。

「これから、よろしくお願いします」

「こちらこそ……」

「では――」

 リースは首を傾げる。

「――その眠れない原因から取り除きましょうか」

「取り除けるの……?」

「その剣を没収します」

「え……?」

「これは許しが出るまで触ってはいけません」

 老人は双剣のレイピアをちゃぶ台の上から取り上げた。

「な、何で⁉」

「この剣が眠れない原因です」

「嘘……」

「貴女は、この剣の恐ろしさを理解しているから、精神が不安定になって眠れなくなっているのです」

「まさか……」

「正直、それを理解していて、今まで精神が崩壊していないのが不思議で仕方ありません」

 リースはワタワタとレイピアに手を伸ばす。そうは言われても手放したくない。

「え~っと……。でも、それ、大事なもの……」

「今から修行の開始です。儂のことを師匠と呼ぶように」

「え……?」

「貴女の名前は?」

「リ、リース・B・ブラドナー……」

「分かりました。では、リース。直ぐにお風呂を沸かすから、その汚い形(なり)をどうにかしなさい」

「き、汚いかな……?」

 リースの意識がレイピアから自分の服に逸れた。

「お風呂は、いつから入っていないのですか?」

「えっと……」

 リースは指を折って数え出した。

「もういいです! 直ぐに行きなさい!」

 老人の指差す方向に、リースは走って行った。

「まったく若い娘なのに……」

 老人は居間に移動すると、床板を外して双剣のレイピアを床下に隠した。

「さて、風呂を沸かすとするか」

 こうして、老人とリースの奇妙な修行生活が始まった。

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