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終章・そして、それは彼女に受け継がれ……。  8 【強制終了版】

 時間は戻り、今度はリースの足跡を追うことになる――。

 リースとエリシスが別れて直ぐ、リースの身に一つの変化が起きていた――不眠症である。いくら眠ろうと思っても、短い時間で何度も目が覚めてしまう。一日の睡眠時間は多くて二時間と少ないものになっていた。原因は分からない。


 ――初めての一人旅で、感情をコントロール出来なくなってしまったのか?


 そして、そんな状態が五日も続けば、目の下には、くっきりとクマが浮かびあがり、頭は朦朧とし、旅の予定も正確に立てられない。エリシスと別れて六日目の今日は、町に着く前に夜になってしまっていた。

「野宿か……」

 大きな木の下にリュックサックを降ろし、アルスから託されたレイピア二本をリースは抱きしめる。

「アルス……」

 体は疲れ、眠気も随時襲ってくる。しかし、体が震えて眠りを拒否し始める。

「何で……。眠ることさえ出来れば、一人で居ることを忘れられるのに……」


 ――こんな調子で、使い手など見つけられるのか?


 リースは不安を覚えると、更にレイピアを強く抱きしめる。

「使い手が盗賊みたいな性格をしていたら、どうしよう……」

 疲れているせいか、頭には悪いことしか浮かんでこない。この状態が嫌で眠りたいのに、体が眠ることを拒否する。

(もう、考えるのはやめよう……)

 リースは眠るのを諦め、日が昇るのをただ待つことにした。


 …


 それから何時間が経ったのか、それほど時間が経っていないのか、何も分からないまま日の出を待ち続けていたリースの耳に悲鳴が聞こえた。

「女の声……」

 ゆらりと立ち上がり、リュックサックを背負い直し、レイピア二本を背中に固定する。朦朧とする頭のせいで、何で動いているのかも分からず、無視できないという思いだけに足を動かす。

「どうして、女の子がこんなところに……!」

 襲ってくるオーガを前に尻餅を着いて後ずさりをしている女の子を確認すると、リースは右手を翳して呪文を詠唱する。

 ファイヤーボールがオーガの顔に炸裂すると、オーガはリースに標的を変えた。

「そう……。私のところに来い……」

 オーガは荒削りの棍棒を右手で振り回すと、リースはそれを屈んで避ける。そして、腰の左にある小太刀を引き抜き、戻し切れていないオーガの右腕に斬りつける。

「浅い……!」

 エリシスと一緒に戦っていた時にも付き纏った違和感……。人間なら大怪我を負わせられる太刀筋が、オーガ相手では刃が入らない。

 リースは、これでは勝てないと息を吐く。

(また、小さなところから攻めていくか……)

 リースが時間を掛けて倒す戦闘方法に変えようとした時、女の子が声をあげた。

「お姉ちゃん!」

(何で、こんな時に……!)

 折角、リースに向いていたオーガの視線が再び女の子に向いた。

 リースは小太刀を下ろし、再び自分に注意を向けさせるべく、空いている左手を翳してレベル1のファイヤーボールを連続で詠唱し続ける。

 しかし、ファイヤーボールの直撃を受けるオーガの足は、女の子に向かったまま止まらない。

「どうすれば……」

 注意を逸らそうと、リースは自分から攻撃を仕掛けるが、一定の深さ以上にオーガの筋肉に食い込まない。オーガは無視して確実に仕留められる女の子に向かっていく。

「止まれ……!」

 リースは自身で引いている危険域に踏み込んだ。小太刀の刃を食い込ませるため、刃の先端から腹へと小太刀を当てる位置が変わる。

「――ッ!」

 無視できないほど食い込んだ小太刀を振り払うように、オーガは棍棒を振り回す。

(この位置は拙い……!)

 リースが弾き飛ばされる。本来、体の小さいリースは無闇やたらに自分から攻める戦い方は絶対にしない。体格と力の未熟は、技術と武器の性能で補ってきたのだ。

 しかし、今回は状況が許さない。女の子から自分へと標的を変えさせるため、無駄と分かっても、リースは何度も仕掛ける。何とか自分に注意が向けば戦いようもあるが、オーガは弱い者から片付けることを変更する気はない。

「来ないで……。来ないでよ!」

 女の子は叫びながら後ずさると、リースは女の子の前まで走り、オーガと女の子の間に自分を置いた。

「逃げて……!」

「でも……」

 女の子は腰を抜かして立てず、リースはオーガを睨む。

(アルスなら、どうする……)

 後ろには小さな女の子。

(絶対に守り切る……)


 ――でも、どうすればいいのか?


 安全圏からの攻撃は浅くしか入らず、無理な踏み込みは回避をさせてくれない。

(危険だからやらなかったけど、アルスにも見せてないアレを使うしかない……。言えば止められたから使わなかった……)

 リースは小太刀を片手持ちから両手持ちに握り直すと、女の子が巻き込まれないように一歩前へ出る。

「そのまま動かないで……」

「……お姉ちゃん」

 リースは腰を落とし、しっかりと両足が地面の摩擦を受けているのを確認する。

「私が守ってみせる……」

 オーガの棍棒が振り上がるが、リースは動かない。

(まだ……。腕の振りが最高速度に達するタイミングを見逃すな……)

 集中力は最高点まで達し、間違い探しで蓄積した情報からオーガの振りの最高速になる瞬間を導き出す。

「ここ……!」

 振り下ろされる棍棒の軌道を予測し、最高速に達するオーガの右腕に自身の攻撃で最高の一撃を合わせる。右足で地面を蹴り足首へと回転が伝わり、左足を軸に足から腰に回転は繋がる。

 その全てが最高速に達する瞬間に力負けしないための両手持ち。足、腰、腕の力を上乗せして小太刀は振られる。刹那、真横を通る棍棒が弾け飛び、オーガの右手首がリースの小太刀によって切断された。

 オーガは、何故、切断されたのか分からず、疑問符を浮かべて、なくなった右手を見ている。か弱い少女の力だけで斬られるはずがないのだ。

「こうじゃない……」

 リースは少し歪んだ小太刀に目を落とす。

(アルスに見せなくて良かった……。あまりに危険だ……。それに、刀の振りに頑丈な騎士剣の振りを混ぜるのは間違い……。これでは切れ味に頼る戦いじゃない……)

 片手で足りないものを両手で補うのは間違いではない。しかし、切れ味のある小太刀で大事なのは体重移動で正確に斬ること。

(あんなに大きな動きは要らない……。足りない力は向こうから来る……。アルスの造った小太刀の切れ味を信じなければいけない……。私は刃を当てて、しっかり支えて小太刀の切れ味を最大限に引き出すだけでいい……)

 大きく息を吐き、全身を捻る振りをやめ、自然体で小太刀を両手で握る。

「…………」

 リースの集中力が最高点に達している今、言葉は必要ない。オーガの動作は全て見える。さっきの一振りは、予想した動作の軌道に一寸のずれもなかった。

 リースが動く。足運びは、正確に小太刀を当てる移動のための歩方。

 傷つけられ、怒りに狩られて襲って来るオーガに対し、リースが踏み込むと小太刀に体重が掛かり、オーガの体に刃が触れる。リースは力を入れつつも、柔らかく確実に刃を引く。

 速度の最高点で行なわれる精密動作により、女の子の前ではオーガが動く度に、オーガの体が削られていく。

 そして、リースが女の子に振り向いた時、両腕を失い胸に小さな裂傷を付けたオーガは前のめりに音を立てて倒れた。

「大丈夫……?」

 女の子はコクコクと頷いた。

「よかった……」

 見るからに弱々しい少女が、どうしてモンスターを撃退できたのか、女の子には分からなかった。最後は、簡単にオーガを倒してしまったように見えた。

 しかし、リースを改めて見た女の子は、それが間違いだと分かる。夜の闇の中でも分かる目の下のクマ。額に流れる汗。女の子は、幼くてもリースが精神をすり減らして戦ったのが分かった。決して、楽に得た勝利ではなかったのだ。

「早く家に帰りな……」

 リースの言葉に女の子は立ち上がろうとするが、足が震えて動けなかった。それを見て、リースは小太刀を振って血を飛ばすと、歪みを直して小太刀を鞘に納める。

 そして、そっと差し出す出されるリースの手に、女の子はリースも震えているのに気が付いた。

「お姉ちゃん……、怖かったの?」

「うん、怖かった……。私の未熟で未来を摘み取るかもしれないと思うと怖かった……」

「お姉ちゃん……」

 女の子はリースの手を借りて、ゆっくりと立ち上がった。

「町の外に出ちゃ行けないって言われてたけど、我慢できなくて外に出たら迷子になっちゃったの……」

 リースは溜息を吐くと、コツンと女の子の頭を叩いた。

「こんな遅くまで……。言うことは聞かないとダメ……。だけど、怖い思いにもあったから、これだけ……」

「ごめんなさい……」

 リースは『いつの間にか、お姉さんの立場になったのだな』と微笑む。あのパーティではいつも一番年下だった。

「町は近くなの……?」

「うん」

「送る……」

「あ、ありがとう……」

 女の子は道の先を指差す。

「向こう」

 道案内をする女の子に、リースは続いて歩き出した。

 すると、女の子が振り返る。

「ねぇ、どうして言葉に元気がないの?」

「大声を出すと寝不足が頭に響いて……」

「そうなんだ」

 女の子に案内された町で、リースは一泊することになる。そして、このことが何かの切っ掛けに不眠症が治るかと思ったが、リースの不眠症は治らなかった。

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