常に溢れる水が流れるドラゴンアームの城――。
水で守られるような神秘的な城の中をエリシスは進んでいた。また、この城に伝説の武器の槍を見たいという者が訪れるのも久しぶりのことであった。
エリシスは地下に安置されている槍の前に辿り着くと、一瞬、言葉を失った。
「お、折れてる……」
その槍を目にして、エリシスは動けなくなった。
槍を簡単に説明すると、先端に槍頭と呼ばれる刃物のある部分、槍頭を装着する柄に続き、石突きが付けられる……のだが、伝説の武器は槍頭の直ぐ下の柄でポッキリと折れていた。
「それで、皆、帰っちゃったのか……」
エリシスは、ある意味納得する。それでもドラゴンアームの門外不出だった宝物。じっくりと見てみたい。側に近づいて、改めて眺める。
槍頭は短い両刃の刀剣。淡い青色をしているのは、青水石とオリハルコンの合金のためだろう。そして、更に特徴的であり、この槍を伝説の武器にするものが、刃の付け根に当たる部分に涙の形をして青い輝きを放っていた。
「綺麗……。戦いの道具じゃないみたい……」
エリシスは、国の宝を目にすることが出来て感激していた。エリシスの生きていた時代では、本来、一生目にすることがなかったものなだけに感激も一入だった。
そのエリシスに、ゆっくりと近づき声を掛ける者が居た。
「その槍をそういう目で見てくれる人間は久しぶりだ」
この国の人間の特徴の銀髪に薄っすらと色の付いた髪をした初老の男性。エリシスの淡い紫とは違い、光の加減で銀髪は淡い茶色に光る。神官のような服を着て、エリシスに声を掛けたのはドラゴンアームの王だった。
「棒術を使うのかね?」
王は、エリシスのリュックサックに結わえ付けてある棒を見て尋ねた。
「ええ、父さんが神殿の衛兵だったから」
「随分と古い格式を守る衛兵のようだな」
「そうよ。とっても古いの」
エリシスがニコリと笑うと、王も釣られて笑顔を湛えた。
「国の宝は折れていたのね?」
「海龍を倒した勇者がドラゴンレッグに旅立ち、平和を取り戻してドラゴンアームに戻った時、持ち帰った槍は折れていたと聞いている。そして、歴代の王達は、槍が折れたことを隠し、国の宝として守り続けたのだ」
「見栄なんて張って、どうするのよ?」
「当時は、この槍が希望だったのだ。海を荒らした海龍を倒して、ようやく平和が訪れた。しかし、また海龍が現われた時のことを人々は恐れた。だから、槍が折れたことを知れば希望を失ってしまうかもしれなかった」
「なるほどね」
「しかし、今は別の危機が世界を覆っている。新たな勇者を待たねばならない」
「勇者ねぇ……」
「そして、待っていても仕方がないと思い、真実を皆に知らせたというわけだよ」
「ふ~ん……」
エリシスは折れた槍を見ながら質問する。
「これ、直せないの? 柄なんて木でもいいんじゃない?」
「そうもいかんのだよ。槍の柄に刻まれている模様が見えるかね?」
「ええ。変な枝分かれしたヤツでしょ?」
「あれが宝石に繋がっているのだ。そして、その線が宝石と使い手を結び、力を発揮させるのだ」
「木の柄を付けただけだと、宝石の力を発揮できないってわけね」
「その通りだ」
「足りないのは、何なの?」
「柄の秘密だよ。あれの構造が全然分からんのだ」
エリシスは折れた槍を指差す。
「あの柄って複製できないの?」
「壊したら元に戻らない……。恐らくあの柄の中に月明銀に命令する文字が刻まれた何かが入っていて、それを柄の模様が槍頭に伝えていると思うのだが――」
「その造り方を伝えてなかったわけね」
「そうなのだ。だから、使い手には槍の修復方法を見つけた者という条件が含まれている」
「誰も欲しがらないはずだわ」
「……ブラドナーの鍛冶職人が居れば、直せたかもしれないのだがな」
エリシスは、王の言葉に声を強くする。
「何で、ブラドナーの名前が出てくるの?」
「知らんのか? イオルクという鍛冶職人の弟子にアルスという者が居た。この二人が残した特殊な武器がドラゴンテイルに二つある。一つはテンゲンに贈られ、一つはキリに贈られた。その武器は黄雷石と月明銀で自身の魔力を刀身で電気に変えたという。その職人なら月明銀を使いこなし、新たな柄を造り出せると思ったのだ」
「ちょっと待って……」
エリシスは背中のリュックサックに固定している棒を手に取る。
「ちょっと、これを伝説の武器の槍頭に付けさせて」
「構わんが……」
王は大臣を呼び、城のお抱えの鍛冶職人を呼んだ。
そして、鍛冶職人の手で、伝説の武器の槍頭から折れた柄が外された。
「調整前だから強引に捻り込ませて貰うわよ!」
鍛冶職人の握る伝説の武器の槍頭に、エリシスはアルスの造った棒を強引に突っ込んだ。瞬間、棒を握るエリシスの両手から頭の中に何かが繋がった。
「これって……? やっぱり!」
エリシスは握っている棒に力を込める。
「目覚めなさい!」
エリシスの言葉に反応するように宝石が光り、槍頭から清流が迸った。
「ま、まさか……!」
王は思わずエリシスに近づく。
「アルスの奴……。棒に月明銀を仕込んでいたわね……」
エリシスは棒を槍頭から抜き取り、クルリと回すと棒の先端に目を移す。棒の中心は僅かに色が違っていた。
「月明銀の芯が入っているんだわ」
「い、一体、その棒は……」
エリシスは、王に言い放つ。
「これはアルスの造った伝説の武器の柄になる棒よ! その伝説の武器は、あたしが頂くわ!」
エリシスの言葉に、その場の全員が押し黙った。
…
王の間――。
地下で見せた伝説の武器を操作した棒。王と大臣とエリシスが伝説の武器について話すことになった。当然、エリシスの持っている棒が話す議題だ。
早速、大臣がエリシスに話し掛ける。
「単刀直入に言わせて貰う。その棒を我々に提供してくれないか?」
「嫌よ」
「これは世界全体の話で、正しい使い手に渡さなければならないのだ」
エリシスは腕を組んで睨み返す。
「あたしが相応しくないって言いたそうね?」
「その通りだ。女の身で伝説の武器を扱えるわけがない」
「じゃあ、何で、使い手を募集しても誰も来ないのよ?」
「それは槍が不完全な状態だからだ。槍が元に戻れば使い手は現われる」
「それなら、その槍頭に用はないわ。あたしは、これを持って帰るだけよ」
「だから、それが一番大事なのだ!」
エリシスはガシガシと頭を掻く。
「馬鹿じゃないの? そんな都合のいい話があると思うの? あたしは、あんた達が出した『槍の修復方法を見つけた者』っていう条件を満たしたのよ」
「それは……」
エリシスは踵を返す。
「気に入らないわ。帰る」
「何っ⁉」
「八十年経った、この国は最悪だったわ。神秘の水で国を守る神官は清廉潔白でないといけなかったのに、目先のことに目が曇って嘘をついて、人のものを奪い取るくだらない人間に成り下がった。国の意思も誇りも失くした、ここになんか居たくもない! 父さん達は、こんな馬鹿な連中を守るために命を張ったんじゃないのよ!」
エリシスは鼻を鳴らすと歩き出した。
「待ってくれ」
エリシスに声を掛けたのは王だった。
「君の言う通りだ」
王の言葉に、大臣は憤慨しながら訴える。
「王様! この娘の言っていることを鵜呑みにしてはいけません! 強制的にでも棒を取り上げて、世界を守るべきです!」
「やめないか!」
王は大臣を叱責すると、苦々しく話し出した。
「我々の失態なのだ。伝説の武器を再生させる技術を失い、使い手も見つけられないのは」
「しかし、世界を守るために各国が兵を送っている中、我々は物資しか送れていないではないですか……」
「それの何がいけないのよ」
エリシスは振り返って腕を組む。
「この国は戦うための国じゃない。人々を導くための国。迷って、どうしようもなくて、神に縋って祈りをしに沢山の人が訪れる。神官達は青水石から流れ出る水で、人々を癒して希望を与える。この国は、そういう役目を持っている。物資しか送れない? 出来ることが出来ればいいじゃない。神官達は縋ってくる人々の心を癒してあげるだけで、この国の意味は十分にあるのよ」
王は、今では語られることの少なくなったドラゴンアームの国の理を口にするエリシスが不思議で仕方なかった。
「君は……。どうして、我々より、この国のあり方を知っているのだ?」
「大事なことを忘れていないからよ」
王は大臣を見る。
「この者こそ、相応しいと思わないか?」
大臣は咳払いをする。
「ま、まあ……。余所の国の人間に、我が国の宝を持たせるというのも癪ですし……」
エリシスはニッコリと微笑む。
「腕のいい鍛冶屋を用意して。槍を復活させるのに必要な鉱石は、ここにあるから」
エリシスはリュックサックをドカッと床に置くと、王に頭を下げる。
「あたしに、この国に伝わる槍術を教えてください。三年後、仲間と黒い獣を討ちます」
「……厳しい修行になるぞ?」
エリシスは頭を上げると、王にウィンクする。
「とりあえず、人の限界の一歩先に足を踏み入れるつもりよ」
獣の強さは分かっている。ただの一般人のままでは戦うことも出来ない。エリシスの修行は、ここから新たな武器と共に始まるのであった。