リースとエリシスが別れて二十五日後――。
ドラゴンアームの王都に辿り着き、エリシスが一人旅で改めて痛感していたのが棒術の限界だった。父親から受け継いだ棒術は、ドラゴンアームの神聖な神殿を守る衛兵が身につける、本来、殺すことを目的とせずに相手を倒すもの。残念なことに、その想いは果たされず、盗賊を倒す際に命を奪ってしまう結果になってしまったこともあった。
そして、使い方によっては相手を殺してしまう威力のある棒術が、モンスター相手にはあまりに無力だった。知能の低いモンスターは戦いをやめるという概念がない。それ故に行動を停止させるには命を絶つのが最も有効な手段になる。
しかし、棒で出来るのは叩いて粉砕すること。筋肉の厚いオーガの命を奪うには有効的な武器とは言えない。固い鱗で守られているリザードマンに至っては、ほとんど意味がない。
試しに棒術をやめて得意の体術でサブミッションを掛けてみたが、逆に危ない目に合った。オーガに対しては力関係と人間を越える巨体のため関節が極められず、リザードマンに対しては鱗が引っ掛かってサブミッションを掛けることすら無理だった。ワーウルフは早過ぎて掛けている余裕もない。
「やっぱり、戦うなら武器が必要よねぇ……」
モンスター相手に体術で戦うのは無理があった。動物と違い、爪も牙もないから人間は武器を手にしているのだ。
「はぁ……」
ドラゴンアームに辿り着きはしたが、まともに戦ったのはリースと一緒に居た時だけだ。ほとんどを逃走してきた。
「モンスターの報奨金が馬鹿にならないから、最初の報奨金だけで旅賃は平気だったけど……」
ちなみに、お金を卸す際に実年齢九十六歳で騒ぎになったのは別の話だ。
「どうしようかしら?」
八十年前とは様変わりして、神秘的だったドラゴンアームの王都の街並みは、堅牢な外壁のせいで要塞のようだった。行く当てもないエリシスは、両親の墓参りをすることにした。
…
八十年後に来た墓地は、その間に死んだ人間も居たため、エリシスが居た時よりも広大なものに変わっていた。その様子に自分が過去の人間であることを自覚し、エリシスは両親の墓の前に立った。
「どういうわけか、九十六歳にもなってピンピンしているわ。ユリシスも元気にしてる」
花を添え、エリシスは風化した墓に話し続ける。
「父さん達の仇は、アルスが討ってくれた……。そして、死ぬはずだった、あたし達を助けて過去で別れてきた……」
風が俯くエリシスの髪を靡かせると涙も攫っていった。
「アイツさ……。あたし達の未来を守るために、一人で生きることを選んじゃった……。皆の前では強がってたけど、あたしが仇討ちに拘ったからアルスの人生をつまらないものにしたんじゃないかって思うと、自分を許せない……」
エリシスは涙を拭う。
「あたし、父さん達の仇討ちより、アルス達と一緒に居たかったって親不孝なことを思ったんだ……。だけど、それだけ楽しかったし、大事なものになっちゃってた……」
涙は止まらず頬を流れ続けた。
「親不孝で、ごめん……。でも、分かって欲しい……。ユリシスと二人きりなってから、初めて見つけた大事なものだったから……」
エリシスは拳を固く握る。
「出来ることなら、皆で暮らしてみたかった! 父さん達の仇討ちの旅を笑い話にして! ユリシスとリースと一緒に、アルスをからかって! アルスは、そんなあたし達に苦笑いを浮かべてくれているだけで良かった!」
止め処なく流れる涙を止めるため、エリシスは顔に右手を当てる。
「たった、それだけの望みだったのに……。もう、取り返しがつかない……」
暫く気持ちを整理したあと、エリシスは顔を上げる。
「これからやらなきゃいけないことは、分かってるつもり……」
エリシスは亡き父に問い掛ける。
「アルスの繋げてくれた未来のために、あたしは、どうすればいいと思う? どうやって、戦えばいいと思う?」
棒を突き出し、このままでは戦えないと、エリシスは墓を見詰め続ける。
――父の残した棒術だけで戦い続けるべきか?
――新たな武器を手にしなければいけないのか?
どっちを選ぶにしろ父の気持ちを聞きたかった。
「返事を返してくれないのは分かっていたけど……」
エリシスは俯いた。
そして、暫く俯いたままで居ると、背中をそっと押されたような気がした。
「……鉱石が崩れたのかしら?」
アルスの託した鉱石が詰まっているリュックサックの中では、何の音もしなかった。
エリシスは墓に視線を戻す。
「……父さん?」
頭の中には不意に両親の笑顔が浮かび、何か温かいものがエリシスの体を包んだ気がした。
「父さん? 母さんも?」
エリシスの脳裏に、両親と共に微笑むアルスの姿が浮かぶ。
「アルスも? いいの? あたし、動き出したら止まらないわよ? 父さんの棒術を捨てることになるかもしれないのよ?」
脳裏に浮かんだ大切な人達の目はエリシスを真っ直ぐに見据え、ただ信じているようだった。
エリシスは頷いてから言葉を漏らす。
「これは父さん達の後押しだよね……。アルスを信じてみる……」
思い出されるアルスの性格……。
アルスは無下に人の気持ちを捨てさせる人間ではない。逆に大事にすることを言い聞かせてくれた人間だった。
「そうよ……。アイツが何の考えもなしに鉱石を持たせるなんて有り得ないのよ……」
エリシスは顔を上げると、涙を振り払う。
「ありがとう! アルスの想いを考えてみる!」
エリシスは王都の町に向かって走り出した。きっと、そこに何かがあると直感が告げていた。
…
勝手知ったるドラゴンアームの王都の町――。
エリシスは街中を走り続け、棒術を教えていた道場があった場所を回る。しかし、何処も時代に合わせて縮小しているか、潰れているかのどっちかだった。
「じゃあ、新しく出来たものは?」
近くの武器屋に入り、品物を確認する。元々、殺さないことを信条としていたドラゴンアームで売っている武器は戦闘向きではないため、今の時代では売れ残るのがほとんどだった。それとは別にドラゴンチェストから輸入された戦闘向きの武器があったが、リースと確認して見て来たものばかりで、これと言って特徴のあるものはない。
「手掛かりになるようなものはないか……」
店の中で溜息を吐くエリシスを見て、店主が声を掛ける。
「珍しいな。棒を装備している人が居るなんて」
「ん? これ? あたし、この街の衛兵の子だったから」
「神殿警備の――あれ? でも、随分前から棒を武器にしている人は居なくなったはずだけど?」
(そっか……。モンスターが現われて、棒術も忘れ去られちゃったんだ……)
店主はエリシスの棒を見て呟く。
「神殿の衛兵が棒を使ってるのは、伝説の武器を模してとも伝えられていたな」
「……伝説の武器? それ、教えて!」
「はは、簡単なことだよ。伝説の武器が槍だったから、それに倣って、長い柄物の棒を使うようになったっていうだけだよ」
「槍……」
エリシスは自分の棒を見る。
考え込むエリシスに、店主が話し掛ける。
「槍に興味があるのかい?」
「少し興味が出てきたところよ」
「しかし、お嬢さんが使うには、ここの槍はごつ過ぎるな」
店に並ぶ槍は重い斧のような形態をしたハルバートと呼ばれるものが、ほとんどだった。
「これじゃ、無理ね」
「ここの槍以外か……」
「何?」
店主は顎に手を持っていく。
「城で伝説の武器の使い手を募集していたはずだけど……」
「本当⁉」
「また使えない槍かもしれんよ?」
「それでも見てみたい! 門外不出のドラゴンアームの宝じゃない!」
「そうだったっけ?」
「そうよ!」
「でも、不思議と最初だけ集まって、今は誰も訪れてないんだよな」
「……何で?」
「城に行った者は、がっかりして帰って来たよ」
「へ?」
エリシスは疑問符を浮かべるが、直ぐに気合いの入った顔になる。
「兎に角、行ってくるわ」
「使い手になるつもりかい?」
「興味本位よ」
「そうかい」
エリシスは城に向かって走り出した。
「元気な子だなぁ」
走り去るエリシスの後姿を見て、店主は久しぶりに活気のある人間を見た気がした。