四人旅だった仲間は一気に半分に減り、リースとエリシスだけになってしまった。しかし、いつもの賑やかさはないにしても、話せる相手が居るだけマシなのかもしれない。まだ心を支えられる存在が居るのだから……。
リースとエリシスはアルスの居なくなってしまった寂しさを感じながらも、なるべく普段通りを装い、辺りの風景に目を向ける。八十年の時が流れても、記憶している道の風景にあまり変化はなく、不思議な気分だった。
しかし、下山して最初の町を見掛けて大きな変化が起きたのが分かった。八十年前にはなかった強固な外壁が町を囲んでいた。
「まだモンスターってのに会ってないけど、あの造りは尋常じゃないわね」
「今までの武器で大丈夫なのかな?」
結わえ付けて背中に背負っている二本のレイピアに、リースは目を向ける。
「それは最終決戦まで使えないわよ。小太刀とダガーで何とかしなさい」
「分かってるよ」
「そうだ、町に寄ってく?」
リースは首を振る。
「じゃあ、次の町まで進みましょうか?」
「うん」
暫く無言で歩み続け、再びエリシスが話し掛ける。
「リース。この世界って、知らないことだらけで怖いと思わない?」
リースは首を振る。
「まだ分かってない。エルフの隠れ里は、何も変わっていなかったから」
「徐々に分かるわよ。顔を覚えていた店員も知らない人間に代わって、人間の知り合いは、皆、居なくなってる。あたし達を知ってる人間が一人も居ないのよ? あたしは怖いわ」
「怖い? ……そうだね。ノース・ドラゴンヘッドの領主様にブラドナー家の皆……。サウス・ドラゴンヘッドのミストとトルスティさん……。ドラゴンウィングのグリースにドラゴンテイルのテンゲンさんとキリ……。もう、誰にも会えない」
「ええ……」
「そして、アルスとも……」
「この未来に、あたし達は生きていけるかな?」
生き残った未来。だけど、そこには知って居る人が、ほとんど残っていない。それは、とても寂しくて辛いことだった。
「エルフの皆は、ずっと、こういう思いを抱えて生きていたのかもしれないね。長生きだから、必ず誰かの死を見たり聞いたりしなくちゃいけない。アルスのお爺ちゃん、クリスさん、アルスの死を胸に刻み込んできた」
「そうね」
リースは強い眼差しでエリシスを見る。
「それでも生きていけるのは、きっと側にまだ大切な人達が居るからだよ。私にはエリシスとユリシスが居てくれた。一人だったら耐えられなかった。そして、これからもエリシス達は居てくれるんだよね?」
「当然」
「だったら、大丈夫。エリシスの側にはユリシスと私が居る」
エリシスは、ちょっと先の未来を想像する。隣には、いつもの二人が居る。
「……確かに大丈夫だわ」
「アルスが居ないのが一番寂しくて悲しいけど、私達が生きる未来は守られた。エリシス風に言うなら、私達の最後のハッピーエンドは変わらない……かな?」
「言うようになったわね」
エリシスはリースの頭を撫でる。
「だけど、その通りなのよ。アルスがあの時に死なないことを選んで、あたし達を未来に生かしてくれたんだから、その最後がハッピーエンドで終わらないのは、全員が納得しないのよ」
「うん」
「そのために障害になってるのが居るんなら――」
「ぶっ飛ばす!」
エリシスはニヤリと笑う。
「その通り! それがあたし達らしさよ!」
そこにタイミング良くなのか悪くなのか、モンスターのオーガが木製のメイスを持って現われた。身の丈は大人の一・五倍を超え、体に覆われた筋肉の厚さと、くすんだ肌。凶暴性に満ちた瞳と角は、否応なしにリースとエリシスを威嚇する。
リースは左手で小太刀、右手でダガーを抜き、エリシスは白剛石の棒を構えた。
「恐怖で動けなくなっても仕方ないのに、いい感じで緊張感が働いてるわ」
「きっと、あの獣を見た後だからだよ」
「腰に布が巻き付いてるのも良かったわ。ブラブラされてたら、集中できないからね」
「下ネタ言う余裕は見せないでよ……。こっちの集中力が落ちるから……」
エリシスは軽く笑うと仕掛けた。
的が大きい分、攻撃は当て放題だ。オーガの馬鹿の大振りを余裕を持って躱すと、膝小僧、肘、肩、額と体の固い部分へ順に棒を当てて、エリシスは距離を取る。棒に跳ね返る手応えは、人間なら何処かが損傷しているものだ。
しかし、オーガは倒れずに咆哮する。
「基本的な連続攻撃が効いてない? 木製から金属製に変わって、与えるダメージは大きくなってるはずなんだけど……」
「きっと、骨が太くて強固なんだよ。皹を入れるか砕くには――」
「もっと強い力が要るってわけね!」
迫り来るオーガの攻撃を二手に分かれて躱すと、オーガはエリシスを追ってメイスを振り回し、エリシスの後ろに木が立っているところで横薙ぎにメイスを振るった。
(人間のサイズと間違えて、回避する距離感を間違えた! 下がれない!)
白剛石の棒を盾に、エリシスはオーガのメイスを受ける。木製の棒だったら折れていた。そして、それだけの勢いを少女の腕では受け切れない。
(この感触……!)
エリシスは地面を蹴ると、自ら宙に浮いて吹き飛ばされ、途中、空中でバランスを立て直すと綺麗に着地する。
「……そういうことか」
エリシスは棒に備わる靭性が衝撃を何割か吸収し、それでいて折れない特性を理解した。
「防御力も上がるってわけね」
エリシスがリースに視線を送ると、リースは頷く。
「動きは見させて貰った、行けるよ!」
腕に痺れが残るエリシスはオーガの注意を引きつける役に変更する。棒を派手に振り回して警戒させ、オーガの視線がエリシスだけに注視されると、リースは走り出した。
狙いはオーガの左脇腹。駆け抜けると同時に、リースは右手のダガーを振るう。
「っ!」
しかし、厚い筋肉のせいでダガーが食い込まない。振り抜けずに途中で戻し斬ると、リースは砂煙を上げて勢いを止め、直ぐに反転して次の攻撃に備える。
「エリシス! 急所まで届かない!」
刃を持ってしても浅い傷しか入れられないことに、エリシスは舌を打つ。
「時間を掛けて倒すわよ! 防御7:攻撃3! モンスターの情報を収集する!」
「分かった!」
リースとエリシスのモンスターとの初戦闘は長時間に上ることになった。
…
大きな木に寄り掛かり、リースとエリシスは息を弾ませていた。そして、二人の目の前には無数の傷を体に付けたオーガが、首を斬られて絶命していた。
「モンスターとはいえ、可哀そうな殺し方をしちゃったわね……」
「でも、一撃じゃ仕留められなかったから仕方ないよ」
それは、リースとエリシスが時間を掛けて少しずつ攻撃を当てるように戦った結果だった。大きな目標ではなく小さな目標――指や筋肉の付いてない手首や足首を狙い、動きが遅くなったところで腿や腹を狙うようにし、オーガが完全に動けなくなったところで、首の頚動脈を斬ったのだ。
「ちょっと拙いわね……」
リースはエリシスに顔を向ける。
「棒術で戦うとなると、大技を必ず一発入れることになるわ」
「大技使うと、隙が大きいってこと?」
「それもあるけど、通常の攻撃の意味が薄くなるのよ。連携できる攻撃のバリエーションが減るし、毎回、大技使ってたら、こっちの身が持たないわ」
「そうだね……。通常の攻撃でも戦えないと意味がないんだ」
「モンスターとの戦闘が、こんなに疲れるなんて思わなかった……」
リースはエリシスの背中を凝視する。
「その荷物のせいなんじゃないの?」
「ん?」
エリシスは異様に重い背中のリュックサックを思い出した。
「コイツのせいか……」
イラつきながら拳を握るが、直ぐに溜息を吐く。
「……でも、一概にこれだけのせいじゃないわ」
勝ちはしたものの、この戦いで得た情報は自分達に不足なものを沢山理解させた。
「とりあえず、先に進みましょう」
「そうだね」
「会話の出来る人間と情報交換しないと」
「うん。あと、武器屋にも寄ろうよ」
「武器屋? どうして? 買い換えるの?」
「そうじゃなくて、今の時代の武器の傾向を見るの。モンスターとの戦いで、参考になるかもしれないでしょ?」
「なるほどね。じゃあ、先を急ぐわよ」
「うん」
リースとエリシスは久々に巨鳥を呼び出してモンスターを回収して貰うと、足早に先へ進んだ。