翌日――。
ケーシー達四人のエルフとユリシスの見守る中、リースとエリシスはエルフの隠れ里を出発することになる。
そして、昨日渡した武器以外にもアルスに託されていたものをケーシーは手渡す。
「新しいリュックサックです。以前のものは八十年の時の中でボロボロになってしまいました」
「風化しちゃったわけね」
「中身には替えの服と食料が入ってます」
「いや、それだけじゃないでしょ……」
エリシスのリュックサックはパンパンに膨らみ、ずっしりと重い。
「よく分からないのですが、鉱石が入っているらしいですよ」
「ハァ⁉ 何で⁉」
「分かりません」
「嫌がらせじゃないでしょうね?」
エリシスはリュックサックを背負い直す。
「あと、こちらを」
コリーナの手の中にはアクセサリーが三つ。耳の側面を挟むタイプのイヤリングが二つと、ペンダントが一つ。イヤリングは青と緑の宝石が輝き、ペンダントには赤い宝石が輝いている。
「随分、高そうなアクセサリーですね?」
「これ、本物の宝石なんじゃないの?」
「何これ?」
コリーナが溜息を吐く。
「アルスに造らせたでしょう?」
「「「は?」」」
「忘れてしまったのですか?」
「そうじゃなくて……」
リース達はコリーナの手の中のアクセサリーを凝視している。
「何で、こんなに気合いの入ったものに変わってるの?」
「あの時は、ガラスだったし……」
「細工も凄いような……」
エリシスは呆れてしまう。
「アルスって、本当に律儀よね。八十年も前の約束を守るんだから」
「わたし達は、大事にされていたってことですよ」
「それにしたって、本物の宝石よ? 金属も貴金属じゃないの?」
「有り得ますね……」
「高価過ぎて、手が出せないね」
戸惑うリース達に、コリーナは笑っている。
「嫁入り前の娘に送る、お父さんからのプレゼントですよ」
「そういう扱いか……」
エリシスは青い宝石のついたイヤリングを取り、ユリシスは緑の宝石のついたイヤリングを取る。残ったリースがペンダントを取った。
そして、それを早速、身に着ける。
「リースさんのペンダントは、服の中に入れた方がいいですよ。盗賊に目を付けられるかもしれませんから」
ユリシスがリースのペンダントを服の中に入れる。
「ありがとう」
「一人になるのは初めてですよね。大丈夫ですか?」
「大丈夫だと思う。エリシスとユリシスこそ、大丈夫なの?」
「わたし達? どうしてですか?」
「双子って、時々一緒に寝ないと体調が悪くなるんでしょ?」
ユリシスは項垂れる。
「嘘ですよ……。そんなの……」
「そうなの?」
リースはエリシスを見る。
「何処で仕入れた噂よ?」
「エリシスが言ったんだよ!」
「覚えてないわ。別の誰かに聞いたんじゃない?」
「姉さん、わたしが覚えてます……」
「そう? じゃあ、からかったのよ」
「エリシス、それに対する謝罪はないの?」
「どうして? 今まで騙されて楽しい時間を過ごしたじゃない」
「エリシスとユリシスが離れ離れになるから心配したよ!」
「リース……」
エリシスはリースの肩に手を置く。
「な、何?」
「いい……。アルスの代わりになれるわよ」
リースのグーが、エリシスに炸裂した。
「私、エリシスと一緒に旅していいの⁉」
リースの問い掛けに、ユリシスは苦笑いを浮かべる。
「アルスさんの居ない今、姉さんの暴走を抑える抑止勢力が居ないんですよねぇ……」
ユリシスの言葉に、ケーシー達は言い知れない不安に襲われていた。
「まあ、ダラダラと別れを惜しんでいるのも飽きたし、そろそろ行くわ」
エリシスはリースの肩に手を回す。
「ドラゴンチェストの途中までは、退屈しないで済みそうだわ」
「無性に里を出たくなくなった!」
「ほら、行くわよ」
エリシスはリースを引き摺りながら、手を振って里を後にした。
それを見て、ケーシーは、がっくりと項垂れる。
「エルフの里から魔物を解き放ってしまった気がする……」
「身内なのに否定できない……」
ユリシスは複雑そうな顔で、リースとエリシスの出発を見送った。
…
エルフの隠れ里に残ったユリシスは、リースとエリシスが見えなくなると口を強く結んだ。約束した師であるクリスは居ないが、その想いと技術は四人のエルフに受け継がれている。
「わたしは、これから何をすればいいんでしょうか?」
未熟な自分が習得する魔法の技術とは何なのか? エリシスは三年後に向け、早速、修行に入ろうと気合いを入れる。
エスが顎に手を当てる。
「クリスの技術って、少し特殊なんだよね」
「覚悟してます」
「そう? じゃあ、早速だけど、肺活量を上げるところから始めようか。ここ、空気が薄いから丁度いいし」
「肺活量……ですか?」
「うん。クリスの理想は、近接戦闘が出来る魔法使いだから、走りながら呪文を唱えられないと話しにならないんだ。だから、走りながら五曲ぐらい歌えるぐらいになってね」
「……え?」
イフューが笑顔を浮かべる。
「ドS的指導でいきます」
「じょ、冗談ですよね?」
「クリスからユリシスはドMだから平気だと聞いています」
「それ、姉さん経由で伝わった嘘です!」
不適な笑いを浮かべるエルフの四人。クリスの洗脳は完璧だった。アルスがイオルクに影響を受けたように、エルフの四人がクリスの影響を受けているのは必然だった。
数分後、ユリシスの悲鳴が霧の掛かった山に木霊した。
…
下山中のエリシスが空を仰ぐ。
「嫌ねぇ。別れたばかりなのに、もうユリシスの声が聞こえた気がしたわ。あたしも寂しいのかしらね」
「気のせいじゃない……。今のはユリシスの悲鳴だった……」
アルスがここに居れば、何らかの突っ込みが入ったに違いない。しかし、現在、突っ込みは不在のため、この話題はここで途切れた。
また、エリシスの余計な一言で、ユリシスが悲鳴を上げることになったことなど、知る由もなかった。