大剣だと思われていたのは、細身の剣であるレイピア。二本のレイピアの剣身の半分ずつを砲筒が覆い隠して、騙し絵のように一本の大剣に見立てていた。そして、覆い隠されていた剣身の半分は六十年以上にも及ぶ圧縮魔法の発射に磨かれ、虹のように輝いていた。
リースは握り締めた柄をゆっくり下ろす。刀であれば鍔にあたる部分も分解して落ち、リースの手にはレイピアの細い柄二本と大剣の柄になっていた月明銀の部品だけが残っていた。
そして、手からずり落ちるとレイピアは音も立てず、剣先から地面に埋まった。
「へ?」
リースの側にエリシス達が駆け寄り、地面を見る。
「これって……」
「切れ味が良過ぎて、地面を斬って埋まっちゃったのよ……」
ゾクリとリース達の背中を冷たい悪寒が走った。
「てっきり、大剣だと思っていたけど、正体は双剣のレイピアだったのね」
エリシスがゆっくりとレイピアを引き抜き、地面に横たえる。
「随分とシンプルな造りね?」
両刃のレイピアは装飾が一切ない。古代剣のように、ただ真っ直ぐな剣身と流曲線を描く切っ先は、刀よりも剣よりもシンプルに見える。
「柄に付いてる剣を止めるヤツ――刀だと鍔に当たるとこ。それすら付いてないわよ?」
変わりに三つ線が入っている。この線も大剣にした時に挟み込むための細工に過ぎず、これが唯一の装飾と言えるだろう。
その姿を見て、イフューは包まれていた布を漁る。中から出てきたのは、本来、大剣の鞘だったものが姿を変えたもの……。二本の横開きの細い鞘だった。
「これが、そのレイピアの鞘ではないのですか?」
リースとエリシスが一本ずつ受け取り、慎重に鞘にレイピアを置くとピッタリと納まった。
「このための鞘の付け替えだったのね」
エリシスは納得したが、直ぐに眉を顰める。
「こんなものを、アルスはリースに託したの?」
「こんなものって……」
「あんた、こんな常識外れの切れ味の剣なんて使えるの? 触れれば、自分を切り裂くわよ?」
地面にすら刺さらないというのは、そういうことを意味している。リースは鞘に納められている双剣を凝視したまま沈黙する。
そのリースに、イフューが話し掛ける。
「この剣の切れ味をアルスは知っています。アルスがリースにお願いしたかったのは、使い手を捜すことなのです」
「使い手……?」
(これは、私のための武器じゃないの? じゃあ、私に託されたものは、何なの?)
リースはショックを受けて動けなくなる。
「やはり、そういう反応をしてしまうのですね……」
リースは、ゆっくりとイフューに顔を向ける。
「アルスが、この剣をリースに託せなかった理由が分かりますか?」
「理由……?」
リースの頭には疑問しか浮かんでこない。
「これが伝説の武器を超える武器だからです。そして、それを持つということは、ドラゴンレッグに行って、獣と戦わなければいけないということです。ただのモンスター相手に身を守るのではなく、諸悪の根源と戦わなければいけないのです。リース達は、あの獣の恐ろしさを知っていますよね?」
感覚的には、ついさっきのこと。それを理解して、リースは顔を強張らせる。
「分かるけど……。さっき、未来を守るって言ったよ」
「それは自分自身を守ることです。モンスターの復活してしまった、この世界で自分を守って、自分の未来を守るということです。その剣を使いこなす使い手はリースではないはずです」
リースは強く口を結び、顔には悔しさが滲み出た。
一方、リースとイフューの話を聞いていたエリシスが、イフューに別の質問をする。
「使い手の心当たりはあるの?」
「『ドラゴンテイルのアサシンの戦い方を習得した者が、この武器を扱う者になるだろう』と、アルスは言っていました」
「あたしもドラゴンテイルのアサシンを知っているから分かるけど、急所を攻めるアサシンの戦いは適任でしょうね」
「はい」
「でも、そのアサシンの中に使い手が居なければ?」
「……え?」
「あたしは、その時はリースを推すわよ」
「エリシス……」
リースはエリシスに視線を移し、エリシスはリースの視線に気付きながらも、イフューに話し続ける。
「あんた達エルフは、魔法を主体に戦うから分からないだろうけど、あたしの記憶にあるアサシンの戦い方に、この剣を扱える戦い方はないのよね」
「そんな……。でも、アルスは確かに! エリシスも、アサシンなら最適と!」
「可能性の問題よ」
エリシスは一呼吸置いて、理由と予想を話し出す。
「頑丈な騎士剣を使うノース・ドラゴンヘッドの騎士は、戦う時に剣で受けるのが当たり前になる。これには、もう一つ理由があって、装備する鎧の重さで少なからず動きが遅くなるから、攻撃を受けざるを得ないため――避ける動作が少なくなるの。一方のドラゴンテイルのアサシンは、スピードで勝負する。素早い動きで切れ味鋭い武器を使って、一直線に相手の急所を切り裂く。だから、切れ味の鋭いレイピアの使い手がドラゴンテイルに居る可能性が高いのよ」
「今の話なら、十分に使い手になりえるのではないのですか?」
「なれるかもしれないわね。でも、なってくれるかしら?」
「どういうことですか?」
エリシスは腕を組む。
「アサシンの武器も必ず攻撃を受けるのよ」
「それが一体?」
「そのレイピアは攻撃を受けたら、相手の武器を切断して慣性を殺さないの。つまり、切断した武器が、そのまま自分に飛んでくる」
「そんな……」
「使ってくれるかしらね? 使うにしても、今までの常識を覆して新しい戦い方を身につけてくれるかしらね?」
「…………」
エリシスの予想に、イフューは何も言えなくなってしまった。
「あたしはドラゴンテイルに行っても、使い手は見つからないと思う」
エリシスはリースを見る。
「これはリースを擁護したわけじゃないからね。あたしはリースも扱えないと思ってる。だけど、扱える可能性を秘めているとも思ってる」
「可能性?」
「今思えば……なんだけど、本来、その剣の主はアルスだったんじゃない?」
「アルス?」
「アルスの爺さんは、造り上げる武器の切れ味を予想していたはずよ。だったら、その武器を扱える戦い方をアルスに教え込んでいたとしても不思議じゃないでしょ?」
ユリシスが納得する。
「そういう考え方もありますね」
「そして、そのアルスが戦い方を教え込んだのは、誰よ?」
全員の視線がリースに集まった。
「そう。そういう可能性があるということよ。リースの習得している技術は、ドラゴンテイルのアサシンの技術に近い。そして、アサシンの習得していないことをリースはしている」
「間違い探し……のこと?」
「そうよ。しかも、相手と自分を明確に想像しながら戦ってる。これって、自分の振るう武器から自分を守るためでもあると思わない?」
エリシスの話を聞くと、ケーシーは驚き呆れてしまう。
「イオルクは、一体、何処まで考えていたというの……」
「アルスの爺さんは、きっと、ここまで考えていたはずよ」
エリシスの話を聞いて、ユリシスも気になることが出来た。
「あの、アルスさんのお爺さんとクリス先生って親友でしたよね?」
「ええ、そうです」
「親友の先生も、伝授することに何か仕込んであるってことはないですか?」
「…………」
ケーシー達は黙ったままだが、思い当たることもあった。
「里に近づき過ぎた、初めて対峙したモンスターと戦えた……」
「え?」
「クリスの託した詠唱魔法の戦い方は、人間ではなくモンスターと戦える技術だった……」
エリシスは冷や汗を一筋流しながら話す。
「モンスターが出てくる前に死んだクリスさんが、どうしてモンスターと戦う方法を伝授してるのよ? こっちも明らかな細工をしてるわよ」
エリシスの予想に、ユリシスが声を漏らす。
「これって……」
「明らかに未来の人間に向けられているメッセージだわ」
「ですが、アルスさんからは、わたし達に戦うなというメッセージが残ってますよ?」
「そのメッセージを、そのまま受け取ることはないわよ」
「どうしてですか?」
ユリシスの疑問に、エリシスは堂々と胸を張って答える。
「アルスは、あたし達が自分の思い通りにならないことを知っているからよ」
「は?」
「あたしに棒を残して、ユリシスに杖を残した……。何でだと思う?」
「さあ?」
「アルスは、あたし達が戦いをやめないって、内心では分かっているのよ。それだけの仕打ちを、あたしはアルスに刻んできたつもりよ」
「…………」
エリシスを除く全員が額を押さえた。
「だから、アルスは嫌々ながらも武器を造ったのよ。そして、万が一にも、自分を守るような受け身的な考えをする可能性に賭けて、イフュー達にメッセージを残したのよ」
ユリシスは頭痛を覚えて眉をハの字にする。
「素晴らし過ぎる自己解釈に感動すら覚えるのですが、わたし達は、アルスさんにこれでもかというトラウマ的な何かを刻み付けていませんか?」
「刻み付けたじゃない」
((((言い切った……))))
エルフの四人は、今は亡きアルスに猛烈な同情の念を募らせていく。
「ウジウジ考えてたけど、決めたわ。ぶっ潰すわ!」
「そういう流れですよね……。クリス先生は初めからそのつもりのようだし、アルスさんを諦めさせたのは、わたし達のようだし……。姉さんに合わせるしかないですよね」
エリシスは、リースを見る。
「どうする?」
「私達らしく行く!」
エリシスはニヤリと笑う。
「決まったわ」
エルフの四人は呆れて何も言えない。
「ユリシスは、ここで魔法の修行よね?」
「はい」
「問題は、あたしとリースね」
エリシスは、改めてリースを見る。
「やるべきことは分かってる?」
「私なりに解釈した」
「言ってみて」
「アルスの言っていた戦う人になるしかないと思う。私達は旅を続けられる強さ――努力してる一般人で、真面目な盗賊より弱い位置に居る。だけど、戦うのがモンスターなら、戦うことを日常にしている人達の位置まで高めないといけないと思う」
「いい答えだわ。それにプラスαしなくちゃいけないのも分かる?」
「うん。新しい戦い方を覚えなくちゃいけないってことだよね?」
「そうよ。つまり、あたしとリースの道は、ここで分かれることになる」
「え? ……一緒にドラゴンテイルに行ってくれるんじゃないの?」
エリシスは首を振る。
「いけないわ。あたしはモンスターと戦える強さを故郷に戻って身につけないといけないから」
「そうか……。ドラゴンテイルで棒術は鍛えられないんだ……」
「そういうこと。ドラゴンチェストで別れることになるわ」
「うん……」
「いい? 一人になるけど、大丈夫?」
「うん」
「信じてるわ」
「うん!」
最後に力強い返事を返したリースに、エリシスは頷く。
「まず、ドラゴンテイルに着いたら使い手を捜す。これは絶対にしなさい。あたし達もアルス同様にリースが戦うことを望んでない。でも、強くなる。使い手の援護をあたし達がするの」
「分かった」
「そして、使い手が居なかったら、戦闘の熟練者になること。これが二つ目」
「分かった」
「師匠を見つけて戦う技術を身につけるのよ。あたし達が修めているのは基礎だけで、流派や奥義とか、そういうものが一切ない状態。今のままじゃ、あの獣に勝てないのは分かるわよね?」
「うん」
「プラスαの技術を身につける」
「頑張る!」
エリシスはリースの言葉に強く頷くと、全員に話し掛ける。
「明日、出発するわ。再会はドラゴンチェストのドラゴンレッグに続く砂漠の前の町に三年後!」
「はい」
「分かった」
あっと言う間に計画が決まってしまい、ケーシー達は、また何も言えなかった。
「何か凄い勢いで決まっちゃった……」
「アルスが手を焼くわけだよ」
「これが人間の強さなのでしょうか?」
「何か懐かしいものも感じましたけどね」
ケーシー達は、こういう勢いを持った人間達に救われたのを思い出す。
「応援するべきなのかな?」
「でも、死なせるようなことはさせたくない」
「一度、戦ってるから分かると思うけど……」
「動き出したエリシス達を誰も止められない」
リース達の新しい旅立ちと挑戦が始まろうとしていた。