目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
終章・そして、それは彼女に受け継がれ……。  1 【強制終了版】(オリハルコンの武器完成版の図)

 世界は、何もないまま六十三年の月日を積み重ねた。

 時の流れは少年だったアルスを老人に変え、アルスが穏やかな死を迎えた二年後、突然動き出した。世界中に古のモンスターが復活したのだ。ワーウルフ(人狼)、リザードマン(蜥蜴男)、オーガ(鬼)と呼ばれる人の形を模したモンスターである……。

 町はモンスターから守る外壁で囲まれ、ハンターの仕事は盗賊退治からモンスター退治へと生業を変えた。モンスターに対抗するため武器も変化を始め、魔法の使い方も、より戦闘向きなものへと変わっていった。


 過去の歴史に残る黒い獣の予言が囁かれ始める……。

 そして、変革を迎えた世界で、更に十五年の月日が流れた……。


 …


 エルフの隠れ里――。

 突然、戻った時間。一瞬前と違う風景。さっきまで感じていたはずの抱きしめられていた感触がないこと。何もかもが変わっている。

 少女達は死を覚悟していたはずだった。

「生き…てる……?」

「違う……。何も……起きていないんです」

「戦いは? アルスは?」

 大きな大樹の下で目覚めたのは、リース、エリシス、ユリシス。状況が理解できずに混乱するばかりだった。

「幻覚でも見てるの?」

「魔法ではありません」

「ここ……、エルフの隠れ里だよ?」

 三人が辺りを見回していると、数人のエルフが気付き始めた。

 そして、リース達のもとにゆっくりと四人のエルフが近づいて来ると、エリシスが四人のエルフに気付く。

「イフュー……。エスとケーシーとコリーナも……」

「じゃあ、本当にここはエルフの隠れ里なんですか?」

「何が一体……。どうなって……」

 リース達が別れた時と変わらない姿のエルフ達。リース達には瞬間移動でもしたような感覚だった。

 イフューが四人を代表して話し掛ける。

「数日の間に目覚めると思っていました。クリスの掛けた魔法は、八十年で効力が切れましたから」

「目覚める?」

 エリシスは混乱したまま聞き返した。

「はい。目覚めで合っています」

「そんなことより、戦いは? 何で、ここに? アルスは?」

 エリシスの立て続けの質問に、イフューは静かに答える。

「戦いは終わっています。ここはエルフの隠れ里で……、アルスは、もう居ません」

「……どういうことよ?」

「皆さんの時間は、あの戦いの中で八十年の間、止まっていたのです」

「え?」

 思い返せば、直ぐに蘇るものがある。アルスが何かを唱えていた。

 エリシスはペタンと、その場に座り込んだ。

「は、八十年、時が流れてた……?」

「姉さん……」

 ユリシスがエリシスの肩に手を添えて、しゃがみ込み、その一方で、リースは足を震わせながらも、先を質問する。

「あ、あの戦いで……。あの戦いで、何があったの?」

 イフューは辛そうな顔を浮かべると、話し始めた。

「アルスはバーサーカーの呪いを発動させて件の獣を撃退しました。しかし、その時、大きな選択を迫られた。そのまま使えば、リース達をバーサーカーの呪いで殺してしまう。何もしなければ、全員獣に殺されてしまう。そこで、苦渋の決断をして、リース達に管理者の魔法を掛け、何者の攻撃も受け付けない時の中に封印したのです」

 イフューの言葉がゆっくりと沁み込むように理解させると、リースの目から涙が溢れた。

「アルス……」

 リースは絶叫して崩れ落ちた。愛しい人は、もう何処にも居ない。あの不安を取り除いてくれた手も、優しい言葉を掛けてくれた声も、何もかも存在しない。

「アルス! アルス! アルス! アルス! ……返事をしてよ!」

 リースの声に、エリシスとユリシスは唇を噛み締める。

「あの馬鹿……! 一緒に死んでやることもさせてくれないなんて……!」

「また一人だけで……」

 獣が現われる前に交わした約束――皆で過ごすはずだった未来には、もう辿り着けない。

 リース達は声を出して泣き続けた。泣いても泣いても泣いても、気は晴れない。それでも、この行為はやめられなかった。

 エルフの少女達は何も出来ないのを悔やみながら、ただリース達が泣き止むのを待ち続けた。


 …


 目を赤くし、スンスンと鼻を鳴らしながら、ようやくリース達は涙を止めた。

 リースが呟くように質問をする。

「アルスは……。アルスは、ちゃんと自分の人生を生きたの?」

 コリーナが頷く。

「はい。奥さんも貰って、天寿を全うしました」

「そう……」

「…………」

 暫しの沈黙。

「「「奥さん?」」」

「ミストという方を――」

 ブチッ! と、何かがキレる音がすると、リース達が復活した。

「あの女~っ! アルスを掠め取りやがった!」

「やっぱり、胸の大きい女の人が好きだったんですね!」

「アルスの馬鹿~っ!」

「あ、あの……」

 コリーナは説明の途中で、本当に困りまくる。

「おかしいと思ってたのよ! 女に興味ないような顔してたのは演技だったのよ!」

「きっと、あの大きな胸で純情なアルスさんを垂らし込んだに違いありません!」

「私が結婚するって決めてたのに! ユリシスがアルスはアブノーマルな恋愛しか出来ないって言ってたのに!」

「「「裏切り者~っ!」」」

(この三人、あることないことを……。アルスもミストも草葉の陰で涙目です……)

 コリーナが、がっくりと肩を落とすと、その肩をエスが苦笑いを浮かべて叩いていた。

 エリシスは、どっかりと胡坐を書き直してケーシーに質問する。

「あの馬鹿は、あたしらが何も出来ないことをいいことに、ミストとニャンニャンしてたわけ?」

「いえ、決してそのようなことは……」

「ハァ⁉ じゃあ、何で、ミストなんかとくっ付くのよ?」

「それを詳しく話したいのですが……」

「八割ボケて二割に突っ込みが入る展開じゃないと許さないわよ」

「絶対に、そんな愉快な展開にはなりません……」

 ユリシスがエリシスを止める。

「困ってるじゃないですか。やめてください」

「だって、『普通の女の子に戻って、一緒に暮らそう』とかって口説かれたばっかなのよ?」

「決して口説いてません……。素敵に頭で変換しないでください……」

「じゃあ、アイツは悪くないってわけ?」

「はい。悪いのは寝取ったミストさんです」

「そっか」

「「「「違います!」」」」

 エルフの四人から堪らず突っ込みが入った。

「さっきまでの涙は、何だったんですか!」

「アルスとミストは真っ当な人生を歩んだよ!」

「そんな色欲に塗れた話ではありません!」

「そして、ボケと突っ込みの展開にもなりません!」

 エリシスとユリシスは、一歩分後ろに飛び退く。

「そ、そう?」

「ちょ、調子に乗り過ぎました」

 イフューはリースを指差す。

「リースを見習ってください!」

「「あはは……」」

 しかし、そのイフューの指差す先で、リースはブツブツと呟いていた。

「アルスの馬鹿……アルスの馬鹿……アルスの馬鹿……アルスの馬鹿……」

「見習えないじゃない……」

 こっちはこっちで、別の意味で重症だった。

 イフューから盛大な溜息が漏れる。

「アルスがミストを選んだ理由が分かる気がする……」

 暴走する双子、変に捻くれたリースにより、場は混沌としていた。


 …


 ゴホンと咳払いをして、ケーシーからリース達に事の顛末が語られた。

 獣との戦い、それによって引き起こされたサウス・ドラゴンヘッドの崩壊から再生、その過程で育まれたアルスとミストの関係……。

「ここまでが皆さんが眠りに着いた、直ぐあとの大きな出来事です」

「また面倒ごとに巻き込まれてたのか」

「トラブルを呼び込む性質は相変わらずですね」

「でも、巻き込まれてたのはアルスだけじゃない」

 少し苛立ちを含んだ声で、リースは訂正した。

「私もアルスもエリシスもユリシスも……、皆が被害者だよ」

「そうね」

「そして、その獣が諸悪の根源に居るんだよ」

「問題は、どうするかね? これに関わるか?」

 話を先に進めようとするリース達に、ケーシーが話し掛ける。

「アルスは、リース達にこれ以上関わらせたくないと言っていました」

 その言葉に話を止め、エリシスは軽く片手をあげる。

「まあ、直ぐには決めかねるところよね……。あたしらの記憶では、昨日で戦いが終わっていたはずなのよ。終わったと思っていたものを急に蒸し返されて戦いに巻き込まれて、時間を止められたわけだし――」

「整理できませんよね?」

「ええ、戦いが途中で切れて、いつの間にか終わっていて、それを再開するっていう妙な気分なのよ」

 ケーシーは顎に手を持っていき、悩みながら首を傾げる。

「一体、何処から語ればいいのでしょうか? アルスのところだけを話すと、それだけなのですが、管理者やアルスのお爺さんのイオルク。そして、クリスを含めて話すと、凄く大きな話になるのです」

 エリシスは乱暴に頭を掻く。

「あったま痛くなってきた……。ただでさえ、八十年後の世界っていうのに頭が追いついてないのに……。ちなみに掻い摘んで説明なんて出来るの?」

「貴女達の意志によって、話す内容は変わります」

「どうしようかしら?」

 エリシスはユリシスに視線を向けるが、ユリシスは無言で首を振るだけだった。

 しかし、残されたリースは目に強い力を灯していた。前からそうだったが、こういう最後の決断で迷った時は、リースが必ず自分の答えを押し出す。幼いが自分の意思をしっかりと持ち、何か強い力で引っ張るのである。

 リースは、はっきりとケーシーに答えを返した。

「私は、全部聞く」

「リース……」

「サウス・ドラゴンヘッドのアルスの努力は、私達の未来に向けられたものだった。それだけで、話を聞く理由には十分」

「そうですか……」

 ケーシーは、エリシスとユリシスに視線を送る。

「確かにリースの言う通りかもしれないわね。守られたあたし達が、アルスに甘えっぱなしって言うのは不真面目過ぎるわ」

「聞いた上で、結論を出します。よろしいでしょうか?」

 ケーシーは頷く。

「分かりました。では、イオルクの話から始めます。……アルスのお爺さんのイオルク・ブラドナー――彼は、ノース・ドラゴンヘッドの城のお姫様に仕えていた騎士でした。そして、ある日、お姫様の暗殺があり、それを阻止した際に持っていた武器が切断されます。また、この時に例の獣を見たとも言っていました」

「そんな昔から……」

「はい、暗躍していたようです。そして、それが切っ掛けになり、対抗できる武器を手に入れるため鍛冶屋へと転向するのです」

「そこからは、私が話します」

 コリーナがケーシーと話を変わる。

「その暗殺の件で、イオルクは王様を踏み台にして暗殺者を捕らえに行ってしまい、十年間の国外追放になります。そして、ドラゴンチェストに入り、人間に捕まった私を助けてくれたのがイオルクです」

「その話は、アルスから聞いたよ」

「きっと、アルスを信頼していたから、イオルクはアルスに話したのだと思います。そして、アルスもあなた達を……。――エルフの隠れ里とイオルクに縁が出来たのは省きますね?」

 リース達は頷く。

「イオルクがエルフの隠れ里を訪れた時、エルフからイオルクに託したものがあります。これは重要なことなので、アルスもあなた達に伝えていないはずです」

 コリーナは、一呼吸開ける。

「伝えたのは特殊金属の錬成法とオリハルコンの見つけ方です」

「オリハルコンって……、伝説の武器に混ざってるっていう?」

「そうです。人間の世界では見つけ方が失われていますが、エルフには口伝で伝わっているのです。そして、アルスの持っていたメイスに封印されていた武器こそ、オリハルコン製の武器なのです」

「あれが……」

 リース達の頭の中には、いつもアルスの腰に下がっていたメイスが浮かんでいた。

「そのオリハルコンの武器が造られるのはイオルクの晩年です。そして、この里での情報から、イオルクは特殊鉱石である緑風石、黄雷石、白剛石、青水石、赤火石、オリハルコンを探すことを旅の目的とします。ドラゴンウィングで緑風石、ドラゴンテイルで黄雷石を手に入れ、ドラゴンチェストに入ります」

 そこでコリーナは、ケーシー、エス、イフューを見る。

「続きをお願いします」

 ケーシーとエスがイフューに視線を送り頷くと、イフューは続きを話し始める。

「特殊鉱石探しと鍛冶屋の修行の旅を続ける際、イオルクはドラゴンウィングで、クリスと出会っています。アルスから聞いている通り、私のためにクリスはイオルクとドラゴンチェストのヒルゲの町を目指しました。その後、ヒルゲを倒し、エルフの私達姉妹を救い、奴隷のイレズミを除去して奴隷を解放し、町を復興させました」

「待ってください!」

「はい?」

 ユリシスは初めて聞く話に、イフューの話を止めた。

「イレズミの除去とは、何ですか?」

「奴隷には印となるイレズミを入れられるので、それを剥ぐ技術をクリスは習得していたのです」

 ユリシスは自分の胸からお腹を擦る。

「この技術だったんだ……。アルスさんが私に施してくれたのは……」

「アルスは、ユリシスに傷が残ることを心配していました」

「ちゃんと治りましたけど?」

「心配性なのは変わらないのです」

 少しだけ場の空気が和むと、イフューは話を続ける。

「そして、もう一つの重要な出来事があります。アルスも私達も知らなかったことでしたが、未来に不安を感じたクリスが教えてくれました。この町のヒルゲという男は、魔族の魔力を結晶化した石を持っていたのです。これは加工され、伝説の武器に組み込まれるものです。その石をヒルゲが魔族の女性から引き抜くのを見てしまった人が、ヒルゲの残酷さに耐え切れず、魔族の女性に頼まれて贋物と摩り替え隠していました。それをイオルクは託されたのです」

「魔族の魔力を結晶化させた石……」

 リースの言葉に、イフューが付け加える。

「その石がイオルクとクリスの不安を決定的なものとし、ドラゴンチェストに滞在する間に、ノース・ドラゴンヘッドの暗殺に使われた魔法が管理者の魔法ではないかと疑いを持たせたのです。そして、ここから『管理者』『伝説の武器』という鍵になる言葉が出てきます」

「それって、さっきの説明で獣が捨て台詞で言った……」

「『管理者の代行として伝説の武器を造らせる』という行動に結びつきます。ヒルゲも獣と繋がりがあったに違いありません」

 エリシスはツインテールの片方を梳きながら呆れる。

「まだアルスが出てきてないのに、そんなに昔から因縁があるの?」

「あなた達が、アルスと会った約四十年前の出来事です」

「あの獣って、何年生きてんのよ……」

 イフューは尤もだと頷く。

「続けます。この時、イオルク達は白剛石も手に入れ、ドラゴンアームに入ります」

「あ、目を治したんでしょ?」

「はい」

「あたし、その話、好きよ」

「ど、どうも……」

 イフューは少し照れている。

「続きを話しても?」

「ああ、ごめんね。続けて」

 少し気を落ち着かせて、イフューは進める。

「その後、ドラゴンアームで青水石を手に入れ、船でドラゴンウィングへ。エルフの隠れ里で旅は終わり、道が分かれます。クリスはこの里に残り、魔法の研究。イオルクは伝説の武器に対抗する武器の作製をすることになります」

 イオルクの旅に、ユリシスは気付くものがあった。

「この旅の進め方って、ドラゴンチェストまでは、わたし達のコースと同じですね?」

「まあ、アルスが爺さんのコースをなぞってたんだし、当然なんじゃない?」

「あと、もう一つ聞きたいことがあるのですが――」

 ユリシスはイフューに目を向ける。

「――伝説の武器に対抗できる武器は、いつ出来るのでしょう? 特殊鉱石を集めている理由も分かりませんし……」

「少し説明が抜けていました。伝説の武器の材料のオリハルコンを錬成するには特殊鉱石を使って鍛冶道具を造る必要があるのです。その秘法をエルフは口伝で伝えています。また、オリハルコンに関しては集めるだけで、数十年単位の時間が掛かるのです」

「それで……」

「しかし、本来は魔法の使えなかった人間が開発した技術なのですけどね」

「わたし達は、そんな話を聞いたことはないです」

「里の老人の話では、その技術を使った者達を古代人という言葉で表わしています」

「古代人?」

「はい。――あ、そうそう。イオルクは、その技術がちゃんとドラゴンウィングの国の図書館に保管してあったと言ってましたから、完全に忘れ去られていたわけではないみたいです」

「ドラゴンウィング? 赤火石のあるノース・ドラゴンヘッドではないのですか?」

「多分、里を出て直ぐに確かめられる国が、伝説の武器の一つを有しているドラゴンウィングだからです。え~っと……、ちなみに忍び込んだとか言ってました」

 リース達がこけた。

「あの爺さん! 昔っから、そんなことばっかりしてるんじゃない!」

「細かいのを挙げたら、きっとキリがありませんよ」

「聞きたくない……。話に締りがなくなるから……」

「そ、そうですね。でも、このあと一つ避けられないのが……」

 イフューは顔を引き攣らせている。

「了解……。覚悟して聞くわ」

「その後、イオルクは、ノースドラゴンヘッドに戻る途中で砂漠に入るのですが、そこで魔族に会ってしまうのです」

「あの爺さんは、次から次へと……!」

「その魔族というのが、偶然にも託された魔力の結晶化した石の持ち主で、それを返したらしいです」

「他はないでしょうね?」

「…………」

 沈黙したイフューをエリシスが睨む。

「何したのよ?」

「魔族と……その……アレをしたとか……」

「本っ物のっ! 馬っ鹿っ野郎じゃないのよ!」

「何てものに手を出すんですか……」

「ここに居ない人間にセクハラされた気分……」

 最後のリースの言葉が、全員の意見を尊重したものだった。

「で、続きは? アルスの爺さんの馬鹿は、どうしたのよ?」

「ノース・ドラゴンヘッドで赤火石とオリハルコンを集め続けて、老人になった頃、アルスを養子にすることになります。その四年後、アルスとオリハルコン製の武器を造り、鍛冶技術の全てを伝授しました」

「凄い疲れた……」

 リース達はイオルクの話を聞いて、ぐったりとしている。

「そこからは省いていいわよ。アルスがリースを養子にして、あたし達を仲間にして、世界を回って、サウス・ドラゴンヘッドで魔法を掛けられるまでは知ってるし、アルスがミストと夫婦になったのは分かったから」

「分かりました。私もダメージが大きかったので、ここからエス姉さんに代わります」

 エスは苦笑いを浮かべながら話を代わる。

「その後のアルスのことを話すね。アルスは、ミストとイオルクの家で一生を過ごすことになるの。小さな畑で二人分の野菜を作って、鍛冶仕事で生計を立ててた」

 リースは少し悔しそうに呟く。

「本来、そこには私達が居るはずなのに……」

「それはアルスもミストも分かってたよ」

「ミストも?」

「アルスは、リース達のために武器を造り続けていたから」

「私達?」

 エスは頷く。

「ミストはアルスの心の中にリース達が住み着いているのを知っていて、一緒になったんだよ」

「どうして……」

「まあ、言い難いけど、サウス・ドラゴンヘッドの共同作業が二人の心の距離を埋めちゃったんだよ。そして、そういうアルスに惹かれたみたい」

「アルス……。私達には、一切、ときめかなかったのに……」

「やっぱり、胸か?」

「洗脳とか?」

「多分、性格じゃない」

 エスは本音を漏らした。

「ミストの性格か……」

「あのハンター試験のことを思い出すと、私達と大差がないような……」

「納得できないみたいだね。じゃあ、告白されたからじゃない?」

 リース達は首を傾げる。

「何それ?」

「アルスって、頼まれたら断われないような性格してると思わない?」

「有り得る……」

「じゃあ、早い者勝ちってことじゃないですか……」

「出遅れたのか……」

「後の祭とも言うけどね」

 リース達にズーンと黒い影が落ちた。

 しかし、それ以前にリース達がアルスを恋愛の対象と見ているかが怪しいところでもある。

「まあ、兎に角。アルスとミストは穏やかに幸せな一生を送ったよ」

「何で、言い切れるんですか?」

「だって、私達がアルスを看取ったんだもん」

「「「え?」」」

 リース達は不思議な言い回しに驚きの声をあげたあと、リースが代表して質問を続ける。

「どういうこと?」

「アルスが亡くなる二ヶ月前に、イオルクとクリスが夢枕に立って『アルスを頼む……』って」

「エスのところに?」

「里のエルフ全員に」

「信じられない……」

「そこで、里の外の危険を知っている私達が、アルスのところまで旅したの」

「大丈夫だったの?」

「今、ここに居るでしょ。それにクリスから戦闘技術を叩き込まれてたから」

「先生から?」

 エスはユリシスを見る。

「エルフの伝承は口伝が基本。ユリシスに伝える技術を私達が受け継いでる」

「先生の技術……。約束を覚えていてくれたんだ……」

 『今度、来た時に、オレの知識を全部やるよ』と、クリスはユリシスに告げていた。

 ユリシスは、もう居ないクリスを想う。

「あの、先生の最期は……」

 ユリシスの視線にイフューが答えた。

「私の隣で、里を見て微笑みながら静かに……」

「そうですか……」

「いつも一緒に居た……。どんなに歳を取っても変わらず好きだった……」

「愛しい人が側に居たのは羨ましい限りです」

「ええ、クリスに何度でも、ありがとうを言いたい」

 ユリシスは微笑み、クリスと一緒に居てくれたイフューに心の底から感謝した。

「割り込んで、すみませんでした。続きをお願いします」

 エスが頷く。


 ◆


 エス達四人がノース・ドラゴンヘッドの最東の山にあるアルスの家に着いた時、アルスは二階のベッドで横になっていた。

 アルスは扉を叩く音で目を覚まし、二階から一階に降りて驚いた。

「エルフの皆……」

「すっかり、お爺さんですね?」

 コリーナの言葉に、深い皺を刻んだアルスは微笑んだ。

「上がってください」

 アルスは一階の居間にエルフ達を招き入れ、お茶を淹れるためにポットを火の魔法で温める。

 その後ろ姿に、ケーシーが声を掛けた。

「まだ日が高いのに寝ていたのですか?」

「……うん」

「何処か体を悪くしたのですか?」

「いや、寿命だと思うよ……。最近、力が抜けていく感覚があるんだ」

「それで休まれて……」

「そうじゃなくて――」

 ケーシー達が疑問符を浮かべる。

「――死んだ時、邪魔になるからベッドで寝てるのがいいかなって」

「何を考えているのですか!」

 アルスは、ただ笑っている。

「寿命を感じていたなら、里に来てください! 私達がちゃんと看取ります!」

「ここを離れられないよ。死ぬのは、ミストとお爺ちゃんの近くって決めてたから」

「私達が来なかったら、どうするつもりだったのですか!」

「リース達に白骨化した僕をお墓に埋めて貰うつもりだった」

「この人は……。リース達に何をさせるつもりだったのですか……」

 ケーシーは呆れて溜息を吐く。

「でも、一人で死ぬっていうのは、そういう覚悟もいるんだよ」

 アルスはティーポットに茶葉を入れ、ポットからお湯を注ぐ。人数分のカップにお茶を淹れると、それぞれの前にカップを置いた。

「ここは、いいところでしょう?」

 アルスの言葉にエスが返事を返す。

「何処か温かくて、里に居るみたい……」

「最低限の小さな生活だけがあったんだ。台所のミトンはミストの手作りで、一緒にパイを焼いたりもしたよ。お爺ちゃんとは男っぽい大量生産系の鍋料理ばっかりだったから、いつも新しい発見だらけだった。時々、一手間掛けて料理が大成功するだけで楽しいんだ」

「分かります」

 イフューは自分の思い出を思い出して、胸に手を置く。

「クリスのために作った料理に、いつもと違うスパイスを少し加える。それに気付いて話が膨らむ。その、ちょっとしたところが幸せなのです」

「さすが旦那を持った人の言葉は違うね」

 エスは悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

「イフューさん以外は結婚してないの?」

「そこまで発展してないかな? 友達で居るのも楽しいし」

「そうだった……。この人達、年取らないから自由なんだ」

 アルスの反応にエルフ達は笑う。

 そして、コリーナが冗談を抜きにして本題を伝える。

「アルス。私達がここに来たのは、夢にイオルクとクリスが出てきたからなのです。アルスに時間がないって……」

 アルスは申し訳なさそうに呟く。

「お爺ちゃん達に心配掛けさせちゃったな。でも、自分の死が近いのは感じていたんです」

「また大事な人が亡くなるのを見なくてはいけないのですね……」

「すみません」

「謝らなくていいのですよ」

 アルスは静かに頷き、お茶を一口啜る。

「来て貰って助かりました。最後の仕事をお願い出来る」

「最後の仕事?」

「リース達の武器は完成しているんです。ただ、運ぶ手段がなかったので、時の魔法が解けた後に、取りに来て貰うしかなかった。それを運んで貰えませんか?」

 ケーシーは意外な顔をする。

「正直、アルスはリース達の武器を造らないと思いました」

「それで世界を守ってくれなんてことは言いません。でも、自分達を守る力は必要だと思いました。モンスターが復活するなら、今の武器じゃ太刀打ち出来ない。エリシスとユリシスは自らの武器も紛失していますし」

 アルスはケーシー達を真っ直ぐに見据え、お願いした。

「それをリース達に届けて欲しい……」


 ◆


 エスはアルスが亡くなる前の会話を思い出しながら、アルスに託されたものをリース達の前に置いた。

「アルスが亡くなったあと、イオルクとミストのお墓の間にアルスのお墓を建てて埋葬したの。そして、リース達に託されたのが目の前の布に包まれた武器。アルスの死の二年後、モンスターが復活し、それから十五年の間、世界中からドラゴンレッグに戦士や魔法使いを送り続けている。サウス・ドラゴンヘッドで残された獣の言葉に従い、モンスターを止めるために獣を討つべく、戦いが続いてる」

 エルフの四人は、リース達を見る。

「この武器はリース達をモンスターから守るもの」

「だけど、アルスは、リース達が武器を取らないで、この里で静かに過ごすことを一番に望んでいます」

「アルスはリース達の戦いを望んでいません」

「それを取って、何をするかをちゃんと考えて」

 リース達は目の前の包みを見ながら考え込んでいる。

 そして、暫くすると三人は顔を見合って頷き、迷いなく手を伸ばした。

「わたしは、クリス先生の知識と技術と一緒に受け取ります」

「あたしも受け取るわ」

「私も」

「何故ですか?」

 イフューの言葉に、リースが返した。

「これは未来まで繋げた大事なものだから!」

 エリシスも頷く。

「その先を繋ぐのは、あたし達じゃなければいけないのよ!」

 ユリシスも頷く。

「未来は、今を生きるわたし達で守って見せます!」

 エルフの四人は複雑な笑顔を浮かべると、ケーシーとエスが言葉を漏らす。

「やっぱり、アルスの気持ちは裏切られましたね……」

「でも、こうなるのが分かっていたのもアルスなんだよね……」

 布が取られ、武器が姿を現わす。

 エリシスとユリシスが目にしたのは予想通りのものだった。旅の途中でアルスが見せてくれた設計段階だった武器。

 コリーナが武器の説明を告げる。

「エリシスの棒は白剛石で出来ています。強度と硬度は折り紙つきです。それにアルスなりの細工を加えて、弾力が加わっています」

「さすがアルス……」

「ユリシスの杖は月明銀で出来ています。刻まれた文字に触れて魔法を唱えることで、形態変化の補助が行なわれます」

「詠唱魔法用のものですね?」

「はい。同時に修行用の形態変化を阻害する機能も付いていますよ」

「やっぱり、付けたんですか……」

「そして、リースのものなのですが――」

 全員が言葉を失くしている。

 メイスは姿を変えて、以前と比べ物にならないぐらいのボロボロの月明銀の鞘に挿げ替わっていた。

「何これ……」

 リースの言葉に、イフューが答える。

「何故、リースさんに大剣が託されたのか、私達にも分からないのです。鞘もいつ壊れるとも知れないものになっていますし……」

 リースはボロボロの鞘に納められている大剣を握る。

「アルスからの言伝で、鞘を外して魔法を撃てと」

 鞘を慎重に外すと更に酷い状態だった。大剣の中央にある砲筒が罅割れ、所々欠けて朽ちる寸前だった。

「そ、そんなのに魔法なんて掛けたら、ぶっ壊れちゃうんじゃないの?」

 エリシスの言葉を聞いてリースは暫く呆けていたが、目に力を宿し、空に向けて柄を握り締める。

「アルスを信じる!」

 柄に魔力を込め、雷の魔法を圧縮すると、砲筒はバリバリと音を立てながら、月明銀の金属を細かく撒き散らす。

「やっぱり、耐えられないわよ!」

 全員がリースから距離を取ったあと、リースが魔法を撃ち出して砲筒は役目を終えて砕け散った。甲高い音を立て、幾つもの金属の破片が地面に跳ね返る。

「…………」

 リースは余分なものが削ぎ落とされて露になったものに言葉を失う。リースの手に握られていたのは、二本のレイピアだった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?